第45話 久々の登校
翌日、月曜日。
俺達は校門の前に立っていた。実に三週間ぶりの登校だ。
ドキドキしているとそっと手を握られる。見ると、要が柔らかい笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。
「行こっか」
「……おう」
手を繋いだまま、学校へと足を踏み入れる。そして教室まで向かった。
教室の扉の前に立つ。要の手を握りしめたまま、扉に手を掛け、がらりと開けた。
クラスの視線が、一気に集まる。
「お……おはよう」
ぎこちなく笑みを浮かべて言うと、ぱらぱらと挨拶が返ってきて、何事もなかったかのように、友達との雑談へと戻っていった。
ほっと胸を撫で下ろし、隣の要を見る。
要も嬉しそうな顔で俺を見下ろし、手を離した。
「じゃ、俺も自分の教室行くね。また次の休み時間に」
「うん、またあとでな」
要に軽く手を振り、教室に入ろうとしたその時──。
「ちこくちこく~!!! そこどかんかーーいっ!」
廊下を駆ける騒がしい声が近づいてくる。
びくりとして道を開けると、派手な金髪が二人の間を通り抜ける。それを見て、思わず声を上げた。
「逆巻!?」
呼ぶと、暴走列車のようなヤンキーがキキキッと靴の底でブレーキを掛けて止まる。そして俺達を振り返った。
「んあ? なんや空木か」
「空木か……じゃねーよ! お前なんでここにいるんだよ! 大阪に帰ったんじゃなかったのか!? それに……その制服」
相変わらずかなり着崩した制服姿。だけど、はじめて会った時に着ていたものと違う。
ネクタイからスラックスまで、俺達と全く同じだった。
「ああそうや。言うてへんかったっけ? 俺、この学校に転校してきたんや」
逆巻が鼻を鳴らし、えっへんと胸を張る。
「「はぁっ!?」」
俺と要は同時に声を上げた。
「て、転校してきたって……なんで?」
「ん? なんやお前らとおったらおもろそうやし、おんなじがっこー通ったろうかと思ってな」
「それだけの理由で来たのかよ……行動力エグすぎだろお前」
キーンコーンカーンコーン。
予鈴が廊下に響く。逆巻が「やばっ!?」と声を上げた。
「ほな俺は行くわっ! 1-2におるから遊びに来てやっ! また後でな~!」
逆巻は再びジェット機のようにかけていった。
とりのこされた俺と要は、ぽかんとしながらその背中を見送り、顔を合わせる。
「要、今の聞いた?」
「うん」
「まさかすぎねーか?」
「まさかすぎるね」
「おーい。お前らきょーしつの前で何やってんだ? さっさと入れ~っ」
ぽこん。と頭に軽い衝撃がやってくる。
振り返ると、ノートを手にした赤いジャージを着た生徒──じゃない。高槻先生が立っていた。
「高槻先生……」
「んえ!? 空木!? おまえ学校来たのか!? うわああああよかったぁ~!!! せんせーめっちゃ心配したぞぉ~!?!?!?」
「おわっ!?」
高槻先生は抱えていたノートを床にバサバサと撒き散らしながら、抱きついて頬ずりしてきた。
「ちょっせんせっくるし……っ!」
「おおおおおおうつぎぃ~!!! うれしい! せんせーめっちゃうれしいぞぉ~!!! 先生はお前の顔が見たくて見たくて──」
「高槻先生。授業、始まりますよ」
呆れたような声に振り返ると、要がため息をつきながらノートを抱えていた。
高槻先生はようやく俺から離れる。
「おう神宮寺、拾ってくれたのかっ! サンキューな!」
「じゃあ僕はこれで……素直、後でね」
要は俺をちらりと見て、自分の教室へと向かった。
その背中を見送って、再び高槻先生に目を向ける。
俺に負けず劣らずのくりくりした大きな瞳、寝癖のついた黒髪。背丈もほぼ俺と同じで、ぽやぽやした印象のゆるい表情。
赤いジャージを身に纏った姿は、どう見ても運動部の男子高校生。いや……中学生? どこからどう見ても、成人しているようには到底見えない。
この人、実は逆年齢詐称してるんじゃないか?
そんな疑いの目で見ていると、高槻先生はこちらを見て、にかりと歯を見せて笑った。
「空木、無理してないか?」
「え、あっ……はい……」
「何があったかは聞かないけどさ、しんどくなったらいつでも言えよ? せんせーが車で家まで送ってやるからなっ」
「先生……免許持ってるんですか?」
「あたぼーよ! 先生なめんなよ!? その代わり、ついでにお前んちでゲームやって帰るけどなっ!」
「それが目的でしょ?」
「あはは~バレたかぁっ!」
高槻先生は無邪気な笑みを浮かべ、頭をかく。
俺はなんだか救われた気持ちになっていた。
「なあ空木、後で昼休みコンビニ行こうぜ。アイス奢ってやるよ」
「まじっすか。じゃあ要も……あともう一人、1年もいるんですけど、いいですか」
「げっ3人分!? 今月ピンチなんだけどぉ……」
「いーです。俺が奢ります。なんか、元気出たんで」
「さっすが空木~! でもでもっ絶対他の奴らには内緒なっ! 他のせんせーたちに怒られちゃうから!」
人差し指を口元に押し当て、「しー」と言う高槻先生を見て、ぷ、と吹き出す。
いつもそうだ。高槻先生は俺のことを気にかけてくれる。
きっと俺がひとり暮らしだからってのもあるのだろう。
でも、いつも押し付けがましくなくて、こっちも遠慮なく軽口を叩ける。
きっと先生がそういう風な接し方をしてくれてるからだ。
「分かってますって。ほら、教室入りますよ」
「サンキュー! よっしゃあ~授業始めるぞー!」
無邪気で、ちょっと抜けてて、でも生徒想いで、みんなから愛される人。
俺はそんな高槻先生を信頼していたし、好きだった。
それなのに、俺がまさかそんな先生のことを、自らの手で壊すことになるなんて。
その時の俺は、まだ何も知らなかった。
本作は【火・木・土】更新予定です。
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