第40話 全部見せて
「素直っ……すなおっ!!!」
霞む視界の向こうで、要が叫ぶ。
身体を引きずるようにして、俺の方へ手を伸ばしていた。
「っ……うつ、ぎ……!」
逆巻の声が耳の届く。
よかった。二人とも、まだ生きてる。
強烈な痛みと薄れゆく意識の中、俺は微かに安堵した。
「あ~もう動かないでよ二人とも。コントロールがずれるだろ? 君達にけっこう神経使ってるんだからさぁ」
湊さんがやれやれと言いたげにため息を吐き、二人の方へと手のひらを向けた。
要も逆巻も、糸が切れた人形みたいに動きを止め、沈黙する。
次の瞬間。
ドガッ!
肩に衝撃が走る。
俺はそのまま仰向けに倒れ込んだ。
「ぐっ!」
倒れ込んだ次の瞬間には、革靴が右肩を踏みつける。
霞む視界で見上げると、目が合う。
湊さんは穏やかな笑みを浮かべて、俺を見下ろしていた。
「残念、こんなに早く終わっちゃうなんてなぁ。最初の二人よりも手応えがなかったよ。つまんないなぁ……あぁそうだ。せっかくだからさ。今からここで、解体パーティでもしようか?」
ギラリと光るナイフを手に、湊さんは俺の前へしゃがみ込んだ。
「素直くんって痛いの好き? 今までの子はさ、みんな嫌いだったみたいなんだ。だからちゃんと痛覚を抜いてから心臓を抜き取ってあげたよ。優しいでしょ僕? ……でも、素直くんにはそういう配慮、してあげる気が無くなっちゃった」
トントン。
鋭利な刃先が、俺の胸元をつつく。
俺はそれを、ぼんやりと眺めた。
「安心してよ。死んだ子達の心臓は、僕らエデンの研究に使わせてもらう。ただの凡人の心臓でも、エデンでは貴重な資源だからね。無駄にはしないよ」
ナイフの切っ先が、胸元をなぞる。
「ねえ素直くん。僕は君の心臓が欲しいんだ。君と過ごした時間はね、その目的を果たすために積み重ねただけのものなんだ。何を勘違いしてるのか知らないけどさ、それ以上の意味なんか、ないんだよ?」
子どもに言い聞かせるように、湊さんは言う。
だから俺は、それに答えた。
「……ってください」
「なに? やっと命乞いの言葉? いいよ。もし友達になりたいって言葉を撤回するなら、楽に殺して──」
「俺と……友達になってください」
「……は?」
湊さんの目が、信じられないものを見るように開く。チャンスだと思った。
俺は力を振り絞り、両手で湊さんを突き飛ばした。
「っ!」
バランスを崩した湊さんの手からナイフが飛んでいく。
俺はそのまま湊さんを押し倒し、のしかかった。
「っ! なんでまだそんな力が……っ!?」
湊さんの目が俺の腹を見る。
さっきまで血を流していた傷口は、跡形もなく消えていた。
「その治癒のスピード……能力循環かっクソっ!」
暴れようとした湊さんの両手を地面へ押さえつけ、壊す感覚を両手へと一気に集約させる。
次の瞬間。
湊さんの腕から、すっと力が抜けた。
余裕の笑みが完全に消える。
焦ったようにこちらを睨む瞳をまっすぐ見下ろし、俺は再び言った。
「湊さん、俺と友達になってください」
「なるわけないだろっ……離せよクソっ!」
湊さんが俺の下で暴れる。それをどうにか押さえつけた。
「湊さん! 俺の話を聞いてくださいっ!」
「聞くわけないだろこのっ……離せっ!」
湊さんが激しく身をよじる。
ダメだ。力がブレるっ……思うようにコントロールできない!
押さえ込んでいたはずの腕が、少しずつ持ち上がっていく。
「っ……!」
気付いた時には、俺の背中が地面へ叩きつけられていた。
「ぐっ!」
肩を押さえつけられ、湊さんが落ちていたナイフを手にする。
まずい。
そう思ったその時には、ナイフが俺の身体へ振り下ろされるのが見えた。
「っ!」
とっさに腕を掴んで止める。壊す力を手のひらに込めた。
だけど、感覚が戻らない。
こんなことなら、要に力のコントロールの仕方を教わっておけばよかった!
腕力の差は圧倒的だ。刃先が、顔のスレスレまで近づいてきていた。
「手を離しなよ、素直くん」
「……いや、だっ」
至近距離で視線がぶつかる。
湊さんの口元が、ふ、と緩んだ。
それと同時にナイフが高く振り上がった。
振り上げられたナイフにつられ、俺の手も離れてしまう。
次の瞬間、そのナイフが振り下ろされた。
ざくり。
俺の右肩に、ナイフが深く突き立てられた。
「あっ……ぐぅっ!」
「あははっごめんごめん刺さっちゃったぁ~」
ぐりぐりと傷を抉るようにナイフが動く。
傷口から血が溢れ出し、強烈な痛みが走った。
「い゛っ……う゛うぅ~……っ!」
逃げようと身を捩る。だけど、のしかかった湊さんの身体はびくともしない。
ナイフを握る湊さんの手を必死に掴む。
それでも刃は止まらず、俺は痛みに耐えきれず、踵で地面を掻いた。
「素直くん、いい加減諦めなよ。無駄な抵抗ばっかりして……もう勝敗はついてるでしょ?」
ナイフが引き抜かれ、再び振り下ろされる。
今度は二の腕に突き刺さり、勢いよく血が飛び散った。
「ぐっ……あああぁっ!」
痛みに喚く俺を、湊さんは目を薄く開き、楽しそうに見下ろしていた。
「痛い? 痛いでしょ? 余計なこと言わず、大人しく殺されていれば、こんな痛い目に合わずに済んだのにね? あははっ無駄なことしたねぇ〜?」
「……無駄じゃ、ない」
左手でぐいとネクタイを引く。
鼻先が触れそうな距離まで、湊さんを引き寄せた。
驚いたように開かれた目を至近距離で見つめて、俺は言った。
「湊さん。俺はこんなの……こんなの全然、大丈夫です。だって……湊さんのほうが、ずっと痛そうな顔してるから」
「……は? 僕が?」
ナイフを握る手から、微かに力が抜ける。
湊さんの表情には、強い困惑の色が浮かんでいた。
ネクタイから手を離し、湊さんの頬を撫でる。
俺の血で、湊さんの顔が赤く汚れた。切れ長の目が、その手のひらを見た。
やっぱりそうだ。この人はずっと、何かに苦しんでる。
俺は知りたい。湊さんがいったい何にそんなに苦しんでいるのか。何を抱えているのかを。
「湊さん。貴方の全部……俺に見せてください」
頬をそっと引き寄せ、俺は湊さんの唇へと、キスをした。
バキ。
触れた唇の間から、心の壁が壊れる音がした。




