第39話 命取り
◆
「湊さん。俺と、友達になってください」
湊さんの少しだけ開いた目を見つめながら、俺はもう一度、はっきりと告げた。
「キミ……頭大丈夫?」
理解できないという顔で、湊さんは呟く。俺は気にせず続けた。
「俺にとって、湊さんはずっと憧れの人だった。手の届かない見上げる存在だって、そう決めつけてたんだ……でも、今の話を聞いて、そうじゃないってわかった。だから俺は……湊さんと友達になりたい」
「は、」
湊さんの口から息が漏れる。
それは呆れたような、戸惑うような吐息だった。
「……ずいぶん傲慢な考えだね。僕と君が同じ位置にいるって、そう言いたいの?」
「それは分からない。でも、湊さんのこと、ちょっとだけわかったような、そんな気がする」
「分かるわけないだろ!!」
湊さんが叫ぶ。その顔は、今まで見せたどんな表情よりも強い感情が滲んでいた。
俺は湊さんをじっと見つめる。
すると湊さんはうつむき、苛立ったように頭を掻きむしった。
「分かるわけないだろ、君なんかに……いい加減なことを言うなよ。ふざけるな……ふざけんな、ほんと」
壁に手を突き、俺はなんとか立ち上がる。そして湊さんを見下ろして言った。
「湊さん。俺と、友達になってくれますか」
しゃがんだままの湊さんが目を開き、俺を睨んだ。
「正気か? なるわけないだろ」
「じゃあ湊さんと戦って、俺が勝ったら友達になってくれますか」
「っ……!」
要が息を呑む気配がした。
俺を見上げる湊さんの口から、乾いた笑いが漏れる。
「君さぁ……本当に馬鹿なの?」
「答えてください、湊さん」
「ははっ……わかった。わかったよ。じゃあやろうか。結果なんて、やる前から分かりきってるけどね?」
どうにか了承を得た俺は、要へと歩み寄る。
頭をそっと抱えて、顔を覗き込む。
要は不安と心配と困惑の入り混じったような顔で、俺を見ていた。
「すな、お……」
「要。俺の力、返してもらうな」
頬に手を添えて、キスをする。要の目が、大きく見開かれた。
薄く開いた唇へ舌を差し込んで、舌を絡ませる。
身体の倦怠感が引いていき、力がみなぎってくる。
渡した分を取り返すように、俺は貪欲に要の口内をまさぐった。
じゅう。
要の舌ごと唾液を吸い上げて飲み込み、唇を離す。
俺を見つめていた薄茶色の瞳がゆっくりと閉じ、要の身体から力が抜ける。
「……おやすみ。また後でな」
そう囁くと、要のまぶたが完全に閉じた。
力の抜けた身体をそっと横たえ、立ち上がる。
振り返ると、湊さんが腕を組んで壁に背を預け、不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「もういいの?」
「はい。始めましょう」
ざあ。
風が強く吹いて、雑草を撫でる。
俺と湊さんは少し距離を開け、対峙した。
対峙してみるとよく分かる。湊さんは只者じゃない。
纏っているオーラが禍々しい。少しでも身体を動かせば殺されてしまいそうな。そんな雰囲気だ。
「素直くん。武器とか要らないの? よかったら僕の貸そうか? ……たくさんあるんだ」
湊さんがジャケットを開く。すると。
バラバラ。
ジャケットの中から無数のナイフが落ちる。
湊さんの足元が、一瞬にして銀色で埋め尽くされてしまった。
「使うなら好きなだけ取っていいよ。僕は、この一本だけで充分だから」
湊さんは足元からナイフを一本だけ取る。磨かれた刃先が、月の光を怪しく反射した。
ぞくりと背骨を恐怖が伝う。
「……俺は、大丈夫です」
「あははっそっか。武器なんか必要ないか。だって素直くんの力って──『壊す力』だもんね?」
「っ! なんで知って」
「さっき言っただろ? エデンは君の能力を把握してるんだ。そうでなければ、わざわざ探したりしないよ」
「……だとしても、俺は負けない」
自分でも陳腐な言葉だと思った。湊さんもそう思ったようだ。
口元に拳を添えて、くつくつとおかしそうに喉を鳴らした。
「素直くんは本当に面白いね。こうやって君と話してるのも楽しいけど、僕にも『タイムリミット』があるからね……じゃあ──行くよ」
声とともに湊さんが駆け出す。俺は身構えた。
道也に初めて襲われた時を思い出す。
道路標識だって壊せたんだ。
俺の能力があれば──あのナイフは壊せる!
「っ!?」
一瞬、ほんの一瞬だ。
瞬きをする間もなく──目の前に湊さんの姿が現れた。
ありえないこんなの。どれだけ足が速くたって──これが、能力者。
驚きで固まっていると、湊さんが持っているナイフを振り上げる。
「っ!」
一拍遅れて俺は左手を突き出した。
湊さんは振り下ろしかけたナイフを止め、身を翻してそれを避けた。
「いい反応っ!」
湊さんは上機嫌に言って、距離を取るように飛んだ。
バクバクと心臓が鳴り、手が震える。
もし今、手を突き出さなかったら、俺は──。
「素直くんやるじゃん。素人にしては動けてる方だよ。えらいえらい」
「…………」
額に緊張の汗が伝う。
湊さんの能力が分からない。
俺には壊す力があるとはいえ、迂闊に突っ込めない。
もし下手な動きをすれば、俺は呆気なく湊さんにやられる。
今の俺に出来ることは──カウンターくらいだ。
「湊さん。遠慮せず掛かってきてください」
「うんっじゃあ遠慮なく」
無邪気な声とともに湊さんが再び迫る。
俺は全神経を研ぎ澄まし、湊さんの動きに集中した。
ナイフは一本だけ。つまり、あのナイフを壊せば──!
気づけば目の前まで踏み込まれ、再びナイフが閃く。
その刃先の軌道を読み、左手を突き出した。
やれ、怖がるな──俺っ!
ぎゅっと目をつむり、ナイフの刃先を手で握り込む。
すると。
バキッ!
音を立ててナイフの刃が壊れる。湊さんが驚いたように目を開いた。
「やった!」
思わず声を上げる。
一瞬の安堵とともに顔を見る。
にやりと。
湊さんは口元を歪ませ、俺を見ていた。
「ほんとに愚かだね素直くん。僕が馬鹿正直にたった一本で挑むわけ──無いだろ?」
湊さんの手がジャケットの内側へ滑る。
まさかと思った時には、銀色が閃いた。
ドンッ!
湊さんが、体当たりするように突っ込んできた。
衝撃に目を見開く。
ぽた。
ぽた、ぽた。
俺と湊さんの身体の間から、液体が滴り落ちる。
「あははっ」と、心底愉快そうな声が、耳元で響いた。
「ダメだよ素直くん? そんなに油断してちゃ。文字通り……命取りになっちゃうんだから」
言葉とともに、ぐぐっ、と下腹部に圧が掛かる。
熱い、怖い──痛、い。
湊さんの身体が離れる。
下腹部の圧が消え去り、代わりにがくんと膝の力が抜ける。
「あっ……っ……っ」
俺はその場にうずくまり、反射的に腹を押さえた。
体内の熱が溢れ出すように、じわじわと手のひらが濡れていく。
止まらない。
痛みが遅れてやってきて、身体がガクガクと震えだす。
「すなおっ!!!!」
遠くの方で、要の叫び声が聞こえた。
本作は【火・木・土】更新予定です。
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