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第39話 命取り


「湊さん。俺と、友達になってください」


湊さんの少しだけ開いた目を見つめながら、俺はもう一度、はっきりと告げた。


「キミ……頭大丈夫?」


理解できないという顔で、湊さんは呟く。俺は気にせず続けた。


「俺にとって、湊さんはずっと憧れの人だった。手の届かない見上げる存在だって、そう決めつけてたんだ……でも、今の話を聞いて、そうじゃないってわかった。だから俺は……湊さんと友達になりたい」


「は、」


湊さんの口から息が漏れる。

それは呆れたような、戸惑うような吐息だった。


「……ずいぶん傲慢な考えだね。僕と君が同じ位置にいるって、そう言いたいの?」


「それは分からない。でも、湊さんのこと、ちょっとだけわかったような、そんな気がする」


「分かるわけないだろ!!」


湊さんが叫ぶ。その顔は、今まで見せたどんな表情よりも強い感情が滲んでいた。

俺は湊さんをじっと見つめる。

すると湊さんはうつむき、苛立ったように頭を掻きむしった。


「分かるわけないだろ、君なんかに……いい加減なことを言うなよ。ふざけるな……ふざけんな、ほんと」


壁に手を突き、俺はなんとか立ち上がる。そして湊さんを見下ろして言った。


「湊さん。俺と、友達になってくれますか」


しゃがんだままの湊さんが目を開き、俺を睨んだ。


「正気か? なるわけないだろ」


「じゃあ湊さんと戦って、俺が勝ったら友達になってくれますか」


「っ……!」


要が息を呑む気配がした。

俺を見上げる湊さんの口から、乾いた笑いが漏れる。


「君さぁ……本当に馬鹿なの?」


「答えてください、湊さん」


「ははっ……わかった。わかったよ。じゃあやろうか。結果なんて、やる前から分かりきってるけどね?」


どうにか了承を得た俺は、要へと歩み寄る。

頭をそっと抱えて、顔を覗き込む。

要は不安と心配と困惑の入り混じったような顔で、俺を見ていた。


「すな、お……」


「要。俺の力、返してもらうな」


頬に手を添えて、キスをする。要の目が、大きく見開かれた。

薄く開いた唇へ舌を差し込んで、舌を絡ませる。


身体の倦怠感が引いていき、力がみなぎってくる。

渡した分を取り返すように、俺は貪欲に要の口内をまさぐった。


じゅう。

要の舌ごと唾液を吸い上げて飲み込み、唇を離す。


俺を見つめていた薄茶色の瞳がゆっくりと閉じ、要の身体から力が抜ける。


「……おやすみ。また後でな」


そう囁くと、要のまぶたが完全に閉じた。

力の抜けた身体をそっと横たえ、立ち上がる。


振り返ると、湊さんが腕を組んで壁に背を預け、不敵な笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「もういいの?」


「はい。始めましょう」



ざあ。


風が強く吹いて、雑草を撫でる。

俺と湊さんは少し距離を開け、対峙した。


対峙してみるとよく分かる。湊さんは只者じゃない。

纏っているオーラが禍々しい。少しでも身体を動かせば殺されてしまいそうな。そんな雰囲気だ。


「素直くん。武器とか要らないの? よかったら僕の貸そうか? ……たくさんあるんだ」


湊さんがジャケットを開く。すると。


バラバラ。


ジャケットの中から無数のナイフが落ちる。

湊さんの足元が、一瞬にして銀色で埋め尽くされてしまった。


「使うなら好きなだけ取っていいよ。僕は、この一本だけで充分だから」


湊さんは足元からナイフを一本だけ取る。磨かれた刃先が、月の光を怪しく反射した。

ぞくりと背骨を恐怖が伝う。


「……俺は、大丈夫です」


「あははっそっか。武器なんか必要ないか。だって素直くんの力って──『壊す力』だもんね?」


「っ! なんで知って」


「さっき言っただろ? エデンは君の能力を把握してるんだ。そうでなければ、わざわざ探したりしないよ」


「……だとしても、俺は負けない」


自分でも陳腐な言葉だと思った。湊さんもそう思ったようだ。

口元に拳を添えて、くつくつとおかしそうに喉を鳴らした。


「素直くんは本当に面白いね。こうやって君と話してるのも楽しいけど、僕にも『タイムリミット』があるからね……じゃあ──行くよ」


声とともに湊さんが駆け出す。俺は身構えた。

道也に初めて襲われた時を思い出す。


道路標識だって壊せたんだ。

俺の能力があれば──あのナイフは壊せる!


「っ!?」


一瞬、ほんの一瞬だ。

瞬きをする間もなく──目の前に湊さんの姿が現れた。


ありえないこんなの。どれだけ足が速くたって──これが、能力者。


驚きで固まっていると、湊さんが持っているナイフを振り上げる。


「っ!」


一拍遅れて俺は左手を突き出した。

湊さんは振り下ろしかけたナイフを止め、身を翻してそれを避けた。


「いい反応っ!」


湊さんは上機嫌に言って、距離を取るように飛んだ。

バクバクと心臓が鳴り、手が震える。


もし今、手を突き出さなかったら、俺は──。


「素直くんやるじゃん。素人にしては動けてる方だよ。えらいえらい」


「…………」


額に緊張の汗が伝う。

湊さんの能力が分からない。


俺には壊す力があるとはいえ、迂闊に突っ込めない。

もし下手な動きをすれば、俺は呆気なく湊さんにやられる。


今の俺に出来ることは──カウンターくらいだ。


「湊さん。遠慮せず掛かってきてください」


「うんっじゃあ遠慮なく」


無邪気な声とともに湊さんが再び迫る。

俺は全神経を研ぎ澄まし、湊さんの動きに集中した。


ナイフは一本だけ。つまり、あのナイフを壊せば──!


気づけば目の前まで踏み込まれ、再びナイフが閃く。

その刃先の軌道を読み、左手を突き出した。


やれ、怖がるな──俺っ!


ぎゅっと目をつむり、ナイフの刃先を手で握り込む。

すると。


バキッ!


音を立ててナイフの刃が壊れる。湊さんが驚いたように目を開いた。


「やった!」


思わず声を上げる。

一瞬の安堵とともに顔を見る。


にやりと。

湊さんは口元を歪ませ、俺を見ていた。


「ほんとに愚かだね素直くん。僕が馬鹿正直にたった一本で挑むわけ──無いだろ?」


湊さんの手がジャケットの内側へ滑る。

まさかと思った時には、銀色が閃いた。


ドンッ!


湊さんが、体当たりするように突っ込んできた。

衝撃に目を見開く。


ぽた。

ぽた、ぽた。


俺と湊さんの身体の間から、液体が滴り落ちる。

「あははっ」と、心底愉快そうな声が、耳元で響いた。


「ダメだよ素直くん? そんなに油断してちゃ。文字通り……命取りになっちゃうんだから」


言葉とともに、ぐぐっ、と下腹部に圧が掛かる。

熱い、怖い──痛、い。


湊さんの身体が離れる。

下腹部の圧が消え去り、代わりにがくんと膝の力が抜ける。


「あっ……っ……っ」


俺はその場にうずくまり、反射的に腹を押さえた。

体内の熱が溢れ出すように、じわじわと手のひらが濡れていく。

止まらない。

痛みが遅れてやってきて、身体がガクガクと震えだす。


「すなおっ!!!!」


遠くの方で、要の叫び声が聞こえた。


本作は【火・木・土】更新予定です。


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