第4話 襲撃者
「……心臓」
その単語に、ドクンと鼓動が強く脈打つ。
「じゃあやっぱそうじゃん! しかもそいつ、中高生ばっかり狙ってるんでしょ? あたしらも気をつけないとじゃん! 怖~!」
「……物騒だな。俺達も気をつけないとね。素直、これからは出来るだけ一人にならないよう。俺と行動しよう」
「いや、それ、いつもと変わらないだろ」
中高生を狙った連続殺人事件。しかも心臓を抜き取るなんて、犯人は猟奇趣味かサイコパスか何かに違いない。
まさかそんな事件が起きてたなんて。全然知らなかった。
やっぱニュースくらいはチェックしとかないとだな。
「というわけで素直。今日素直んち泊まっていい?」
「はぁ? なんでそうなんだよ」
「だって素直一人暮らしじゃん。危ないよ。なんかあったら、俺がちゃんと守ってあげるからさ」
ね? と首を傾げ、女子が騒ぎ立てそうな甘い笑顔を俺に向けてくる。
要とは付き合いが長いけど、家に泊まりたいと言われたのは初めてだ。
高一の春から一人暮らしを始めて1年。要はほぼ毎日のように俺の家に遊びに来ている。
飯を作ってくれたり、買い物を手伝ってくれたり、世話になっている面も結構ある。
そのおかげで一人で暮らしてるけど、全然寂しくなかった。
だけど夜になったら、必ずこいつは家に帰ってた。
要の家は厳格な家庭だから、そういうの許されないんだと思ってたんだけど。
「お前、どうせ俺んちで好きなだけゲームしたいだけだろ」
「あはは、バレた?」
「まあいいよ。家帰ってもどうせ暇だし」
「やったぁ! じゃあ帰りコンビニ行こうよ。お菓子とかジュースとか色々買い込んでさ。今日は徹夜でゲーム大会しよう!」
「しねぇよ。明日も学校あんだろ」
「え?? じゃあ夜更かしは?」
「まあ、1時くらいまでなら」
「へへっじゃあ楽しみにしてるね」
「ごめん素直! 高槻先生に呼び出されたっ!」
「え?」
放課後、要が申し訳無さそうに手を合わせて謝る。
俺はそれを拍子抜けしたように聞いた。
「ほんとにごめん。すぐ終わらせるからさ……教室で待っといてくれる?」
要はそう言うけど、高槻先生は熱が入ると無駄に話が長い。
まあ、良い先生ではあるんだけど。
学年トップな要のことだ。どうせ今後の進路についての説得だろう。
これはそう早くは終わりそうにない。
「いやいいよ。俺、先帰っとくから」
「え? 危ないよ素直。一人で帰るなんて」
「お前なぁ、俺をいくつだと思ってんだよ? 今日泊まりに来るんだろ? スーパー寄って晩飯の準備買っとくよ」
「でもっ……」
要は引き止めたそうだったけど、諦めたように頷いた。
「何かあったら、すぐに俺に連絡してよ?」
「わかったわかった。んじゃ、またあとでな」
スーパーで夕食の材料と、ついでに要の好きなお菓子とジュースを買っておく。
要は肉じゃがが好きだから、今晩は肉じゃがだ。
一人で帰るのなんて久しぶりだな。
常に要と行動してるから、変な感じだ。
レジ袋を自転車のかごへ入れて、自転車にまたがる。
ペダルを漕ぎ出してすぐ、ガコンガコンとおかしな進み方。
嫌な予感がして、タイヤを確認する。
「げ、」
前輪が見事なまでにパンクしていた。
今は要もいないし、自分で修理なんて当然できない。
スーパーから自宅アパートまではそう遠くない。仕方なく自転車を押して帰ることにした。
要、もう学校出てるかな。追いついて来ねぇかな。
そしたらタイヤのパンク、直してもらえるかも。
ふと浮かんだ考えを、頭を振って改める。
何でもかんでも要を当てにすんの、よくないな。
自分の頼りグセにほとほと嫌気がさしながら、家を目指して自転車を押していると──。
「あれ?」
やけに暗い。人気も無い。
周囲を見渡す。
ここは大通りで夕方。なのに、人も車も、やっぱり何も通ってなかった。
スーパーを出た時にスマホは確認した。確か時刻は17時を少し過ぎたくらい。しかも今は5月だ。
改めて空を見上げる。真夜中みたいに真っ暗だった。おかしい。
「……なんだよ、これ」
「ごめんね。ボクのせいなんだ」
「っ!」
ビルとビルの隙間から、男が出てきた。
コツ、コツ。
二十メートル先、誰もいない大通りに、革靴の音がいやに響く。
すらりとした長身の、黒いスーツを着た男。
猫背な上に前髪が顔の大半を覆い隠していて、表情はよく見えない。
「ボク、人が多いとこ、苦手でさ……キミは平気な人?」
異様な感じがする。
ぞわぞわと身体中の毛が逆立って、「逃げろ」と警告している。
なのに、足が、動かない。
男が歩いてくる。俺のところへと、確実に──。
ドクン、ドクン。
鼓動が強く、全身を震わせる。
まるで恐怖に全身を縛られたみたいに、身動きが取れない。
動け、動かなきゃ。
早く──逃げないと。
男は足をピタリと止め、耳を澄ますように手をそっと耳に添えた。
「ああ……いい音だね、それ。やっぱり、ボクの見込みは間違ってなかったみたい」
「な……なに、が」
恐怖で引きつった喉から、やっと声が漏れる。
「心臓の音だよ。キミのさ……とっても綺麗だ」
心臓。
その一言で昼間の会話を思い出し、俺は確信する。
ガシャンと自転車が倒れる音が響く。
俺は男に背を向け、一目散に駆け出した。
やばい……やばい!
逃げなきゃ! とにかく逃げなきゃっ!
「無駄だよ」
静かな声が後ろから聞こえて、次の瞬間──。
ドゴォ!
凄まじい音を立て、俺の行く手を遮るように何かが突き刺さった。
その衝撃で尻もちをつく。目の前に「止まれ」の文字が現れる。
そこに突き刺さっていたのは──道路標識だった。
「あ……あ、」
ありえない事態に、足ががくがくと震える。
目を見開いて振り返る。男はこちらに歩いて来ていた。
まるでその辺の雑草にそうするみたいに、道路標識の支柱を掴んで引き抜いた。
「あ~あ、外しちゃったかぁ。でもよかった。『無事だった』みたいだね」
ガンッ!
地に叩きつけられた標識が鈍い音を立てる。
男は標識を引きずりながら、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
腰が抜けたみたいだ。足も震えて、立てない。
どうしよう。このままじゃ、俺──。
『何かあったら、すぐに俺に連絡してよ?』
ふと脳裏によぎった言葉。
ポケットを探り、スマホを取り出す。
「要っ……かなめっ!」
震える指先で要の連絡先を呼び出す。
しかし何故だろう。圏外になっていて、全く繋がらなかった。
「ああ、それ、えーと……スマートフォンだっけ? 無駄だよ。外界との繋がりは、完全に遮断してる。ここは『ボクのセカイ』だから」
「……すけて。助けてください。俺、誰にも言いませんから……だからっ!」
懇願するように叫ぶ。すると、ぴたりと男の足が止まった。
「誰にも言わない、か」
男は俺を見つめながら自分の頬をぽりぽりと掻き、はぁとため息をついた。
「別にさ。身体を綺麗に残しておく必要、無いんだよなぁ。ボク、少しキミに気を遣いすぎてたかも。ほら、きっとアレなんだよボク。繊細ってやつ。なんかさぁ、可哀想だなぁと思っちゃって……でもさ。関係ないよね。どうせ『結果』は同じなんだから」
「……え、」
「つまりさ。そのやかましい口を的にしちゃっても──いいってこと」
男が手にした道路標識を構える。そして、やり投げのように投擲した。
道路標識が風を切る。凄まじい速度で、俺目掛けて飛んでくる。逃げられない。
「っ!」
頭を守ってぎゅっと目をつむり、その場に蹲るしかなかった。
もうダメだ。そう思った時──。
ベキィ!
目と鼻の先で、音が弾ける。
顔を上げる。まず見えたのは、俺の左手。
俺はなぜか──手のひらを前に突き出していた。
手のひらに届く寸前、道路標識は真っ二つに割れ、そして散っていった。
男が微かに息を飲む気配。
「……あれ、なんで、俺」
男が一瞬固まって、ニタァと口元を歪ませる。
「ああ、そうか。キミだったんだ。ずっと探してたよ……よかった。やっぱりキミは、『特別』だったんだ」
「特別?」
「キミの心臓──頂戴」
ダンと男が地を強く踏む。
数メートル先にいたはずの男が、目の前に迫った。
「っ!」
ガードする余裕すらない。男が拳を振り上げる。
次の瞬間──。
メキィッ!
拳が、顔面にめり込む。
そのまま身体が勢いよく吹っ飛んだ。
でも、それを食らったのは俺じゃない。
男と俺の間に割って入った横顔を見上げる。信じられなくて、俺は目を見開いた。
「がはっ!」
吹き飛ばされた男が、まともに背中を壁にぶつける。
いや、ぶつけるというより、めり込んだ。
コンクリートの壁に、衝撃波のように大穴が空く。
「あんた──俺の素直に何してんの?」
聞いたこと無いくらい冷たくて低い声で俺の幼馴染──要は言った。




