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第4話 襲撃者

コツ、コツ。


二十メートル先、誰もいない大通りに、革靴の音がいやに響く。


すらりとした長身の、黒いスーツを着た男。


猫背な上に前髪が顔の大半を覆い隠していて、表情はよく見えない。



「ボク、人が多いとこ、苦手でさ……キミは平気な人?」



異様な感じがする。


ぞわぞわと身体中の毛が逆立って、「逃げろ」と警告している。


なのに、足が、動かない。



男が歩いてくる。俺のところへと、確実に──。



ドクン、ドクン。


鼓動が強く、全身を震わせる。


まるで恐怖に全身を縛られたみたいに、身動きが取れない。



動け、動かなきゃ。


早く──逃げないと。




男は足をピタリと止め、耳を澄ますように手をそっと耳に添えた。



「ああ……いい音だね、それ。やっぱり、ボクの見込みは間違ってなかったみたい」



「な……なに、が」



恐怖で引きつった喉から、やっと声が漏れる。



「心臓の音だよ。キミのさ……とっても綺麗だ」



心臓。


その一言で昼間の会話を思い出し、俺は確信する。



ガシャンと自転車が倒れる音が響く。


俺は男に背を向け、一目散に駆け出した。



やばい……やばい!


逃げなきゃ! とにかく逃げなきゃっ!



「無駄だよ」



静かな声が後ろから聞こえて、次の瞬間──。



ドゴォ!



凄まじい音を立て、俺の行く手を遮るように何かが突き刺さった。


その衝撃で尻もちをつく。目の前に「止まれ」の文字が現れる。



そこに突き刺さっていたのは──道路標識だった。



「あ……あ、」



ありえない事態に、足ががくがくと震える。


目を見開いて振り返る。男はこちらに歩いて来ていた。



まるでその辺の雑草にそうするみたいに、道路標識の支柱を掴んで引き抜いた。



「あ~あ、外しちゃったかぁ。でもよかった。『無事だった』みたいだね」



ガンッ!



地に叩きつけられた標識が鈍い音を立てる。



男は標識を引きずりながら、ゆっくりとこちらに歩いてきた。



腰が抜けたみたいだ。足も震えて、立てない。



どうしよう。このままじゃ、俺──。



『何かあったら、すぐに俺に連絡してよ?』



ふと脳裏によぎった言葉。


ポケットを探り、スマホを取り出す。



「要っ……かなめっ!」



震える指先で要の連絡先を呼び出す。


しかし何故だろう。圏外になっていて、全く繋がらなかった。



「ああ、それ、えーと……スマートフォンだっけ? 無駄だよ。外界との繋がりは、完全に遮断してる。ここは『ボクのセカイ』だから」



「……すけて。助けてください。俺、誰にも言いませんから……だからっ!」



懇願するように叫ぶ。すると、ぴたりと男の足が止まった。



「誰にも言わない、か」



男は俺を見つめながら自分の頬をぽりぽりと掻き、はぁとため息をついた。



「別にさ。身体を綺麗に残しておく必要、無いんだよなぁ。ボク、少しキミに気を遣いすぎてたかも。ほら、きっとアレなんだよボク。繊細ってやつ。なんかさぁ、可哀想だなぁと思っちゃって……でもさ。関係ないよね。どうせ『結果』は同じなんだから」



「……え、」



「つまりさ。そのやかましい口を的にしちゃっても──いいってこと」



男が手にした道路標識を構える。そして、やり投げのように投擲した。


道路標識が風を切る。凄まじい速度で、俺目掛けて飛んでくる。逃げられない。



「っ!」



頭を守ってぎゅっと目をつむり、その場に蹲るしかなかった。



もうダメだ。そう思った時──。



ベキィ!



目と鼻の先で、音が弾ける。



顔を上げる。まず見えたのは、俺の左手。



俺はなぜか──手のひらを前に突き出していた。



手のひらに届く寸前、道路標識は真っ二つに割れ、そして散っていった。



男が微かに息を飲む気配。



「……あれ、なんで、俺」



男が一瞬固まって、ニタァと口元を歪ませる。



「ああ、そうか。キミだったんだ。ずっと探してたよ……よかった。やっぱりキミは、『特別』だったんだ」



「特別?」



「キミの心臓──頂戴」



ダンと男が地を強く踏む。


数メートル先にいたはずの男が、目の前に迫った。



「っ!」



ガードする余裕すらない。男が拳を振り上げる。


次の瞬間──。



メキィッ!



拳が、顔面にめり込む。


そのまま身体が勢いよく吹っ飛んだ。



でも、それを食らったのは俺じゃない。



男と俺の間に割って入った横顔を見上げる。信じられなくて、俺は目を見開いた。



「がはっ!」



吹き飛ばされた男が、まともに背中を壁にぶつける。


いや、ぶつけるというより、めり込んだ。



コンクリートの壁に、衝撃波のように大穴が空く。



「あんた──俺の素直に何してんの?」



聞いたこと無いくらい冷たくて低い声で俺の幼馴染──要は言った。

本作は【火・木・土】更新予定です。


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