第3話 不穏の気配
「あれ?」
放課後、自転車に乗ろうとして違和感に気付く。
一旦降りて、サドルの周辺を弄ってみる。
バキッ。
サドル調整の為の留め具が、根元から折れてしまった。
当然サドルは一番下まですとんと落ちて、空回りする。
下手に弄るんじゃなかった。思わず口からため息が漏れた。
完全に折れてしまってる。
いくら要でも、これは直せないだろう。
「どうしたの? 素直」
「わるい、要。先帰ってて」
「もしかして、また壊れた?」
「うん。これ……根本からいっちゃってるわ」
どれどれと要が俺の自転車を見る。そして言った。
「このくらいなら直せるよ。ちょっと待ってて」
「は?」
直せる? 有り得ないだろ。折れてるんだぞ?
要は何故か自信満々だ。
半信半疑で眺めていると、要は折れてしまったレバーをくっついていた場所に押し付ける。
そしてそこを手のひらで隠し、何やら操作した。
「はい。これで大丈夫」
「…………」
にこりと笑いかける要の手元にあるレバーは、何事も無かったかのように直っていた。
いくらなんでも分かる。これはありえない事だ。
完全に折れてるんだから、溶接でもしなきゃ直せるわけがない。
なのに今、こいつは直しやがった。
どう考えてもありえないだろ。こんなの。
「前から思ってたんだけどさ」
「ん?」
「要って、超能力かなんかか?」
要は驚いたように目を丸くする。そしてその後、ぷっと吹き出した。
「あははははっ」
「な、なんだよ」
「俺が超能力者? 素直それっ……面白すぎっ。それを言うなら、素直のほうがよっぽどでしょ。こんなに色んな物壊してばっかの人、他に知らないよ?」
「それはまあ……確かに」
要の言う通りだ。俺の方がよっぽどおかしい。
でも、要の修理スキルの高さだって、異常だ。
それとも、俺が考えすぎなだけなのか?
要は笑いすぎて目尻に滲んだ涙を指先で拭う。
「あ~笑ったぁ。自転車直ったことだし、帰ろ?」
「……おう」
一日に二回も物が壊れた。こんなの初めてだ。
最近、物を壊す頻度が上がってきてる気がする。
要の心配をしてる場合じゃないかもしれない。
というか、このままじゃ今までの奴らと同じように、要も──。
「なに?」
じっと見つめていたからだろう。要が目を丸くして首を傾げる。
「……なんでもない。帰ろ」
今後についての不安を覚えながら自転車に跨がろうとした。その時──。
「お~いじんぐうじ~」
声に振り返る。
学校指定の赤いジャージ。寝癖のついた髪と大きな瞳。俺と同じくらいの背丈。
俺のクラスの担任──高槻先生が、息を切らして立っていた。
「高槻先生」
「よかったぁ~ギリ間に合ったぁ~。神宮寺、お前ちょっと職員室に来い」
「は? 今ですか?」
「そ、進路相談の紙、お前白紙で出しただろ。担任の先生がおかんむりだったぞ?」
高槻先生は、鬼の角みたいに指先を頭の横に立てた。
「でも、今から素直と──」
「いーよ。行ってこいって」
そう言ってやると、要は戸惑ったように高槻先生を見る。
「できるだけ早めに終わらせてやるっ! 先生を信じろっ!」
高槻先生は八重歯を見せ、親指を立てた。
「……素直、ほんとごめん。すぐ終わらせるからさ……待っといてくれる?」
要はそう言うけど、高槻先生は熱が入ると無駄に話が長い。
まあ、良い先生ではあるんだけど。
「いやいいよ。俺、先帰っとくから」
「え? 危ないよ素直。一人で帰るなんて」
「お前なぁ、俺をいくつだと思ってんだよ? 今日泊まりに来るんだろ? スーパー寄って晩飯の準備買っとく」
「でもっ……」
要は引き止めたそうだったけど、諦めたように頷いた。
「何かあったら、すぐに俺に連絡してよ?」
「わかったわかった。んじゃ、またあとでな」
スーパーで夕食の材料と、ついでに要の好きなお菓子とジュースを買っておく。
要は肉じゃがが好きだから、今晩は肉じゃがだ。
一人で帰るのなんて久しぶりだな。
常に要と行動してるから、変な感じだ。
レジ袋を自転車のかごへ入れて、自転車にまたがる。
ペダルを漕ぎ出してすぐ、ガコンガコンとおかしな進み方。
嫌な予感がして、タイヤを確認する。
「げ、」
前輪が見事なまでにパンクしていた。
今は要もいないし、自分で修理なんて当然できない。
スーパーから自宅アパートまではそう遠くない。仕方なく自転車を押して帰ることにした。
要、もう学校出てるかな。追いついて来ねぇかな。
そしたらタイヤのパンク、直してもらえるかも。
ふと浮かんだ考えを、頭を振って改める。
何でもかんでも要を当てにすんの、よくないな。
自分の頼りグセにほとほと嫌気がさしながら、家を目指して自転車を押していると──。
「あれ?」
やけに暗い。人気も無い。
周囲を見渡す。
ここは大通りで夕方。なのに、人も車も、やっぱり何も通ってなかった。
スーパーを出た時にスマホは確認した。確か時刻は17時を少し過ぎたくらい。しかも今は5月だ。
改めて空を見上げる。真夜中みたいに真っ暗だった。おかしい。
「……なんだよ、これ」
「ごめんね。ボクのせいなんだ」
「っ!」
ビルとビルの隙間から、男が出てきた。




