表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第2話 壊した過去、壊れなかったもの

最初の記憶は、小学四年の頃のものだ。

俺にはそれ以前の記憶がない。理由はわからない。


親が言うには、どうやらそのくらいの頃、俺は一人で公園に倒れていたとのことだ。

事故にあったのか、事件にあったのか、真相は不明らしい。


それから俺の人間関係は、当然リセットされた。

そもそも元から友達がいたのかどうかすら怪しい。


学校では、誰が誰だか名前すら分からないまま、ぎこちなく過ごしてたけど、一念発起して話しかけた。


努力のかいあって友達ができた。記憶が小4でリセットされた俺にとって、初めての友達だった。

一緒に遊んだり、放課後にお互いの家に行ってゲームしたりして過ごした。楽しかった。


だけど、一ヶ月もしないうちになぜか避けられるようになった。


俺は友達に問い詰めた。すると、そいつは奇妙なものを見るみたいな顔で俺を見て言った。


「お前と遊んだ後さ、全部壊れたんだよ」


「全部って?」


「ゲーム機も、ボールも、おもちゃも……一緒に遊んでたやつ全部だよ」


どうやらそのことで母親にかなり叱られて、「もう二度とそんな子と遊ぶな」と言われたらしい。


俺は当然謝った。何度も頭を下げた。

親に言って弁償してもらうことも提案した。


だけど、そいつは首を振って、怯えたような顔で言った。


「もういいよ……関わりたくない」


友達は踵を返し、逃げるように去っていた。



その背中を見て、俺はやっと、自分の「壊してしまう」体質に気づいた。



それでも俺は諦めたくなかった。

他のクラスの友だちになれそうな奴に声をかけて、積極的に遊びに誘った。


物に触るときはそっと扱ったし、友達が機嫌を損ねないか、会話にも細心の注意を払った。


だけど結果は変わらない。

新しくできた友達との関係も、俺の体質のせいで、一ヶ月ともたずに絶交された。


俺は落ち込んだ。両親に心配をかけたくなかったから、部屋にこもって一人で泣いた。


布団に籠もって泣きながら、俺は決めた。

もう誰とも関わらないようにしようと。


そうすれば、もう何も壊さずに済む。誰も傷つけずに済む。


一人で過ごそう。それが一番安全だ。


俺にとっても、みんなにとっても。



要が転校してきたのは、そんな時だった。

あいつは転校初日から、何故か俺に付きまとった。


どこに逃げても、隠れても、あいつは必ず俺を見つけた。

そして爽やかな笑みを浮かべ、「すなお、一緒にあそぼっ」と俺を遊びに誘うのだ。


ある日「絶対にここなら見つからないだろう」と思って、河川敷の川沿いの縁へと身を隠した。

無理な体勢をしていたせいだろう。大して運動神経のよくない俺は、足を滑らせた。


「あっ!」


声を上げて手を伸ばしたけどもう遅かった。

そしてもう一つ最悪なことに、俺は泳げなかった。


視界が傾く。川が背後に近づく。


やばい、と目をつむった瞬間──腕を掴まれた。


見ると、要が俺の腕を掴んでいた。


「見つけた」


要は息を切らしながら、俺の腕を強く掴んだまま、にこりといつも通りの台詞を吐いた。


「すなお、一緒にあそぼ?」



どれだけ逃げてもついてくるし、どこに隠れたって見つけられる。

だから俺は諦めて、要の好きにさせることにした。


要は校内でも噂されるほどの人気者だったし、そんな奴に気に入られたことが、正直嬉しくもあった。

こいつは変だし、物好きな奴だ。だけど、どうせこいつも一ヶ月後には俺から離れていくだろう。


心のどこかでそう諦めていた俺は、要に対してだけは気を使わずにいた。

要も俺に対して気を使っているような感じはしなかった。


だからだろうか。俺は要と一緒にいると、楽だった。

もっと言うならば、楽しかったのだ。


気付けば俺は、要とずっと友達でいられたらなんて、そんな淡い希望を抱いてしまっていた。



だけど、ちょうど一ヶ月が経った頃、事件は起こった。


一緒に遊んでいる時、要が大事にしていたハーモニカを何気なく手に取った。

決して乱暴に扱ったわけじゃない。だというのに、そのハーモニカが突然嫌な音を立てた。


バキッ。


「あ……」


恐る恐る見ると、ハーモニカの吹き口が割れてしまっていた。

どう見ても、もう元には戻らない。それを認識した瞬間、身体中から血の気が引いた。


やってしまった。

よりにもよって、要の大切なものを──。


頭の中はパニックだった。俺は必死で謝罪の言葉を吐き出した。


「ご、ごめん……俺……」


視界がぐらぐらする。

頭の中が真っ白になって、上手く息ができなかった。


どうしよう、終わってしまう。

せっかく仲良くなれたのに。楽しかったのに。

要との関係も、今までと同じように──壊れる。


「……貸して」


差し出された手に、びくりと肩が跳ねた。

恐る恐る顔を上げる。


そこにあったのは、いつもと変わらない笑顔だった。


「……え?」


状況が理解できないまま、言われるがままにそれを渡す。

要はハーモニカを受け取ると、壊れた部分を確かめるように眺めてから、器用に指を動かし始めた。


「うん。このくらいなら直せる。ちょっと待っててね」


軽い調子でそんなことを言う。

カチ、カチ、と小さな音が続いて、数秒後──。


「ほら」


差し出されたそれは、まるで最初から壊れてなんていなかったみたいに綺麗だった。


「……え」


声が漏れた。

意味が分からない。だって、確かに壊れたはずなのに。


俺が、壊したはずなのに。


「すなお、そんな顔しないでよ」


要はくすっと笑って、いつも通りの調子で言った。


「大丈夫。壊していいよ。俺が治すから」


「っ……!」


その一言で、何かが崩れた。

張り詰めていたものが一気にほどける。


「あ……」


気付いたときには、涙が溢れていた。


「壊しても大丈夫だ」って言ってくれるやつがいる。

壊してしまっても、離れていかないやつがいる。

その事実が嬉しくて、安心して、俺は涙が止まらなくなってしまった。


「も~泣くほどのことじゃないでしょ。泣き虫すなお~」


「うるさいっ……!」


安堵の涙が止まらない俺は、茶化してくる要にそう返すのが精一杯だった。


でも、あの時の言葉には今でも感謝してる。


全部を受け入れるみたいに笑った、あいつの顔を。

俺はきっと一生忘れない。


今もずっと胸の奥に焼き付いて──忘れられない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ