第2話 壊した過去、壊れなかったもの
「……心臓」
その単語に、ドクンと鼓動が強く脈打つ。
「じゃあやっぱそうじゃん! しかもそいつ、中高生ばっかり狙ってるんでしょ? あたしらも気をつけないとじゃん! 怖~!」
「……物騒だな。俺達も気をつけないとね。素直、これからは出来るだけ一人にならないよう。俺と行動しよう」
「いや、それ、いつもと変わらないだろ」
中高生を狙った連続殺人事件。しかも心臓を抜き取るなんて、犯人は猟奇趣味かサイコパスか何かに違いない。
まさかそんな事件が起きてたなんて。全然知らなかった。
やっぱニュースくらいはチェックしとかないとだな。
「というわけで素直。今日素直んち泊まっていい?」
「はぁ? なんでそうなんだよ」
「だって素直一人暮らしじゃん。危ないよ。なんかあったら、俺がちゃんと守ってあげるからさ」
ね? と首を傾げ、女子が騒ぎ立てそうな甘い笑顔を俺に向けてくる。
要とは付き合いが長いけど、家に泊まりたいと言われたのは初めてだ。
高一の春から一人暮らしを始めて1年。要はほぼ毎日のように俺の家に遊びに来ている。
飯を作ってくれたり、買い物を手伝ってくれたり、世話になっている面も結構ある。
そのおかげで一人で暮らしてるけど、全然寂しくなかった。
だけど夜になったら、必ずこいつは家に帰ってた。
要の家は厳格な家庭だから、そういうの許されないんだと思ってたんだけど──。
「お前、どうせ俺んちで好きなだけゲームしたいだけだろ」
「あはは、バレた?」
「まあいいよ。家帰ってもどうせ暇だし」
「やったぁ! じゃあ帰りコンビニ行こうよ。お菓子とかジュースとか色々買い込んでさ。今日は徹夜でゲーム大会しよう!」
「しねぇよ。明日も学校あんだろ」
「え? じゃあ夜更かしは?」
「まあ、1時くらいまでなら」
「へへっじゃあ楽しみにしてるね」
無邪気に笑う顔を見ていると、不意に昔のことを思い出した。
『壊していいよ、俺が全部治すから』
それは、子供の頃に要に言われた言葉だった。
最初の記憶は、小学四年の頃のものだ。
俺にはそれ以前の記憶がない。理由はわからない。
親が言うには、どうやらそのくらいの頃、俺は一人で公園に倒れていたとのことだ。
事故にあったのか、事件にあったのか、真相は不明らしい。
それから俺の人間関係は、当然リセットされた。
そもそも元から友達がいたのかどうかすら怪しい。
学校では、誰が誰だか名前すら分からないまま、ぎこちなく過ごしてたけど、一念発起して話しかけた。
努力のかいあって友達ができた。記憶が小4でリセットされた俺にとって、初めての友達だった。
一緒に遊んだり、放課後にお互いの家に行ってゲームしたりして過ごした。楽しかった。
だけど、一ヶ月もしないうちになぜか避けられるようになった。
俺は友達に問い詰めた。すると、そいつは奇妙なものを見るみたいな顔で俺を見て言った。
「お前と遊んだ後さ、全部壊れたんだよ」
「全部って?」
「ゲーム機も、ボールも、おもちゃも……一緒に遊んでたやつ全部」
どうやらそのことで母親にかなり叱られて、「もう二度とそんな子と遊ぶな」と言われたらしい。
俺は当然謝った。何度も頭を下げた。
親に言って弁償してもらうことも提案した。
だけど、そいつは首を振って、怯えたような顔で言った。
「もういいよ……関わりたくない」
友達は踵を返し、逃げるように去っていた。
その背中を見て、俺はやっと、自分の「壊してしまう」体質に気づいた。
それでも俺は諦めたくなかった。
他のクラスの友だちになれそうな奴に声をかけて、積極的に遊びに誘った。
物に触るときはそっと扱ったし、友達が機嫌を損ねないか、会話にも細心の注意を払った。
だけど結果は変わらない。
新しくできた友達との関係も、俺の体質のせいで、一ヶ月ともたずに絶交された。
俺は落ち込んだ。両親に心配をかけたくなかったから、部屋にこもって一人で泣いた。
布団に籠もって泣きながら、俺は決めた。
もう誰とも関わらないようにしようと。
そうすれば、もう何も壊さずに済む。誰も傷つけずに済む。
一人で過ごそう。それが一番安全だ。
俺にとっても、みんなにとっても。
要が転校してきたのは、そんな時だった。
あいつは転校初日から、何故か俺に付きまとった。
どこに逃げても、隠れても、あいつは必ず俺を見つけた。
そして爽やかな笑みを浮かべ、「すなお、一緒にあそぼっ」と俺を遊びに誘うのだ。
ある日「絶対にここなら見つからないだろう」と思って、河川敷の川沿いの縁へと身を隠した。
無理な体勢をしていたせいだろう。大して運動神経のよくない俺は、足を滑らせた。
「あっ!」
声を上げて手を伸ばしたけどもう遅かった。
そしてもう一つ最悪なことに、俺は泳げなかった。
視界が傾く。川が背後に近づく。
やばい、と目をつむった瞬間──腕を掴まれた。
見ると、要が俺の腕を掴んでいた。
「見つけた」
要は息を切らしながら、俺の腕を強く掴んで、にこりといつも通りの台詞を吐いた。
「すなお、一緒にあそぼ?」
どれだけ逃げてもついてくるし、どこに隠れたって見つけられる。
だから俺は諦めて、要の好きにさせることにした。
要は校内でも噂されるほどの人気者だったし、そんな奴に気に入られたことが、正直嬉しくもあった。
こいつは変だし、物好きな奴だ。だけど、どうせこいつも一ヶ月後には俺から離れていくだろう。
心のどこかでそう諦めていた俺は、要に対してだけは気を使わずにいた。
要も俺に対して気を使っているような感じはしなかった。
だからだろうか。俺は要と一緒にいると、楽だった。
もっと言うならば、楽しかったのだ。
気付けば俺は、要とずっと友達でいられたらなんて、そんな淡い希望を抱いてしまっていた。
だけど、ちょうど一ヶ月が経った頃、事件は起こった。
一緒に遊んでいる時、要が大事にしていたハーモニカを何気なく手に取った。
決して乱暴に扱ったわけじゃない。だというのに、そのハーモニカが突然嫌な音を立てた。
バキッ。
「あ……」
恐る恐る見ると、ハーモニカの吹き口が割れてしまっていた。
どう見ても、もう元には戻らない。
それを認識した瞬間、身体中から血の気が引いた。
やってしまった。
よりにもよって、要の大切なものを──。
頭の中はパニックだった。俺は必死で謝罪の言葉を吐き出した。
「ご、ごめん……俺……」
視界がぐらぐらする。
頭の中が真っ白になって、上手く息ができなかった。
どうしよう、終わってしまう。
せっかく仲良くなれたのに。楽しかったのに。
要との関係も、今までと同じように──壊れる。
「……貸して」
差し出された手に、びくりと肩が跳ねた。
恐る恐る顔を上げる。
そこにあったのは、いつもと変わらない笑顔だった。
「……え?」
状況が理解できないまま、言われるがままにそれを渡す。
要はハーモニカを受け取ると、壊れた部分を確かめるように眺めてから、器用に指を動かし始めた。
「うん。このくらいなら直せる。ちょっと待っててね」
軽い調子でそんなことを言う。
カチ、カチ、と小さな音が続いて、数秒後──。
「ほら」
差し出されたそれは、まるで最初から壊れてなんていなかったみたいに綺麗だった。
「……え」
声が漏れた。
意味が分からない。だって、確かに壊れたはずなのに。
俺が、壊したはずなのに。
「すなお、そんな顔しないでよ」
要はくすっと笑って、いつも通りの調子で言った。
「大丈夫。壊していいよ。俺が全部治すから」
「っ……!」
その一言で、何かが崩れた。
張り詰めていたものが一気にほどける。
「あ……」
気付いたときには、涙が溢れていた。
「壊しても大丈夫だ」って言ってくれるやつがいる。
壊してしまっても、離れていかないやつがいる。
その事実が嬉しくて、安心して、俺は涙が止まらなくなってしまった。
「も~泣くほどのことじゃないでしょ。泣き虫すなお~」
「うるさいっ……!」
安堵の涙が止まらない俺は、茶化してくる要にそう返すのが精一杯だった。
でも、あの時の言葉には今でも感謝してる。
全部を受け入れるみたいに笑った、あいつの顔を。
俺はきっと一生忘れない。
今もずっと胸の奥に焼き付いて──忘れられない。




