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第1話 近すぎる距離

バキン。


指先が触れた瞬間に音がして、俺はぎょっとする。


そして手元を見て、予想通りの結果に顔をしかめた。


「やべ」と声を上げると、隣に座っている幼馴染のかなめが俺の方を見た。


「またやったの?」


「あー……うん」


「どれどれ、見せてみ?」


要が俺の手元を覗き込んでくる。俺の持っているスマホ。しかもつい先週買い替えたばっかのやつ。

その画面の真ん中に、真っ二つに分けるように亀裂が入っていた。


「あははっこれで何回目? 素直すなおスマホ壊しすぎ~」


「うっせ、しょーがねえだろ。俺は何もしてないのに、こいつが勝手に壊れたんだから」


ケラケラと笑う要を睨む。

しかしまあ本当に、なんで壊れるんだよ。乱暴に扱った覚えも、落とした覚えも全く無いのに。


そう、俺は物持ちが悪い。本当に、ありえないくらいに。


親に聞くと、それは物心ついた頃からそうだったらしい。

幼稚園に通えば通園カバンは登園初日に肩紐が切れ、小学校に入学すれば登校数日でランドセルの留め具が壊れ、中学に入れば、入学式のその日に下ろしたての学ランの金ボタンは、一つ残らず外れていた。


高校生になってやっと持たせてもらったスマホも、ご覧の通りだ。


一体俺は呪われてるのだろうかと思えるほど、身につけてるものや所有している物のほぼ全てが、すぐに壊れるのだ。


「貸して」と要がこちらに手を出す。俺はムスッとしながらもそれに従い、スマホを渡した。


「あ~このくらいなら簡単そう。次の休憩時間に直しといたげるよ。俺、そういうの得意だからさ」


「なんか、いつも悪いな」


「いーよ。なんてったって、俺と素直の仲だし?」


爽やかに笑って、要が馴れ馴れしく肩を抱いてくる。異常なほどに整った顔といい香りが近づいてきて、俺は思わず顔を背けた。

すると教室の隅できゃーと黄色い悲鳴が上がった。振り返ると、クラスの女子が俺達を見て目を輝かせている。


幼馴染という贔屓目を差し引いても、要は顔が良い。

髪は色素の薄いクリーム色でサラサラ。全てが完璧なパーツ配置だが、垂れ目気味の目元に愛嬌がある。

それこそ学年一、いや、校内一──この街で一番と言っても過言ではないくらい、綺麗な顔をしてる。


その上成績は常に学年一位。身長も178cmあって、有名財閥である神宮寺の一人息子。

まるで少女漫画から飛び出てきたみたいな、非現実的な奴。


そりゃクラス中の女子の視線が集まるわけだ。


「おい、あんまくっつくなよ。また噂になるだろ」


「え? いーじゃん。そんなん気にするほど、俺繊細じゃないし」


「お前は良くても俺がさあ──」


キーンコーンカーンコーン。

休憩終了のチャイムが鳴る。要は席を立ち上がった。


「チャイム鳴ったね。じゃ、次の休憩時間に持ってくる」


要は俺のスマホを手にして、にこやかに教室に戻っていった。


要とは、小学生の頃からの友達。というか、腐れ縁だ。

小4の頃に俺の学校に転校してきたのだが、要は何故か、初対面から俺に対して妙に馴れ馴れしかった。


教室で一人でいる俺にずっと話しかけてきて、トイレに逃げても、図書室に逃げてみても、ニコニコと上機嫌でずっとついてきた。

そんなあいつに対して俺がついに根を上げて関係が始まった。という感じだ。


親に強く薦められていた中学受験を蹴って勘当されそうになっても、高校を何故か俺のレベルに落としたせいで先生から年単位で説得されても、それでもずっと、要は俺の傍にいる。

他の奴からの誘いも、女の子からの告白もすべて断って、だ。


正直、要が俺以外の人間と一緒にいる所が、俺には想像できない。


「……あいつ、一体何考えてんだ?」


分からない。要みたいな誰もが認める勝ち組の奴が、どうして俺みたいな奴にずっとくっついてるのか。


物を手にすれば壊れ、人と関われば関係が切れる。

そんな俺の傍にずっといる要が、よく分からなかった。


「すなお~」


授業が終わり、要が教室に入ってくる。その手には俺のスマホがあった。

受け取ったスマホの画面は、まるで最初から傷なんてなかったみたいに綺麗だ。


いつもそうだ。要に壊れてしまった物を渡すと、まるで最初から傷なんかなかったみたいに綺麗になって返ってくる。

確かに昔から何でも器用に出来る奴だが、どう考えても不可逆な物でも直してしまう……こいつは将来修理屋にでもなるつもりなのだろうか?


「さんきゅ。つーか今休憩始まったばっかだよな? お前……まさか授業中に修理した?」


「へっへーん。なんせ学年首位だからね。授業中に何してても文句言われないってわけ」


「道具とかどうしたんだよ」


「素直が何でもかんでも壊すからね。机の中に道具一式入れてるんだっ」


無邪気な笑顔でピースして見せる。クラスの女子がシャッターを切る音が各所から鳴り響いた。

居心地の悪くなった俺は、弁当を手に立ち上がる。


「ほら、昼飯食いに行くぞ」


「はーいっ」



快晴だからだろう。屋上に上がると、人で賑わっていた。

俺達はそれを避けるように、塔屋の影に座る。ここが俺達の特等席だ。


「神宮寺要がここで昼食をとっている」というのは噂になっていて、不可侵領域扱いされている。

誰も邪魔しに来ない。人目につかないし、ほっとできる。


「素直、今日もお弁当?」


「まあな。節約よ節約」


「一人暮らしは大変だねえ」


「お前はコンビニのサンドイッチか。財閥のご子息様も、ランチは随分庶民的なんだな」


「え? もしかして食べたいの? じゃあ交換する?」


「ノーセンキュー」


「え~俺も素直の手作り弁当食べたいよぉ~」


「こないだ作ってやっただろ。まあ、今日スマホ直してもらったし、明日作ってきてやるよ」


「やったぁ!」


きゃいきゃいと、要はまるで女子みたいに大袈裟にはしゃぐ。

家に帰れば専属のシェフがいるってのに、こいつは何故庶民の弁当なんぞ食いたがるのか。


早々に昼食を終えた俺達は、柵に背を預けながら他愛もない話をした。

ふと要が視線を下げる。その視線を追うと、やはり俺の胸元を見ていた。


「ねぇ、誰も見てないからさ……ちょっとだけいい?」


ああ、そういえば今日はまだだったか。と思い至って、「いいよ」と返事する。

要は俺の胸に耳を押し当て、そしてうっとりと目を閉じた。


こいつのこの癖があるから、俺達は昼飯を食べる時、必ずこの屋上の塔屋の影に来る。

「神宮寺要がここで食事をしている」というのが知れ渡っていて、暗黙の了解として、誰も邪魔しに来ないから。


「はぁ……落ち着くなぁ。素直の心臓の音……この音録音して、イヤホンでずっと聞いてたいくらい」


「いや、それはさすがにキモいって」


「え~? いいじゃん。俺、医者になろっかな? 循環器内科。そしたら素直の心音聴き放題でしょ?」


「どういう理屈だよそれ……なあ、そろそろ教室戻ろうぜ」


「やだ~もうちょっとだけ」


要は駄々っ子のように、ぐりぐりと頭を押し付けてくる。

誰も見てないし、俺は要の好きにさせることにした。


まあ、本音を言えば、俺も要にこうされるのが、正直嫌いじゃないのだ。

なんというか、落ち着く。眠くなるというか。

まるで自分が心音を聞いている側みたいに、穏やかな気持ちになるのだ。


「素直の心臓の音、本当に落ち着く。どくん、どくんって……気持ちいいよ」


腹の底をくすぐるような低い声が、うっとりとそう呟く。

穏やかな陽気のせいだろうか。胸元にある体温のせいだろうか。俺は、うつらうつらと船を漕いでいた。


ドクン、ドクンと自分の鼓動が身体に響いているような気がして、俺まで気持ちよくなってきた。


「もし素直のが足りなくなったらさ」


「俺の、返すね」


「え……要、なんて?」


意識が沈んでいく。まぶたが重くなっていく。

要に触れられるといつもこうだ。頭がぼんやりして、妙に眠くなる。


「素直、ねむい?」


「うん……ちょっと、やばい」


「寝てていいよ。いつもみたいに教室まで運んどいてあげるからさ」


「ん……じゃあ、たのむわ」


強すぎる眠気に勝てず、気付けば俺は、目を閉じていた。


「おやすみ、素直」


要の手が俺の頭をすべる。気持ちよくて、身体が宙に浮いてるみたいだ。

まるでシャットダウンのスイッチを押されたように、急速に意識が濁っていく。



大丈夫だ。要に全てを任せておけば、何も心配ない。

今までずっとそうだった。


何を壊したって、どんな取り返しのつかないことをしたって。

要はずっと、俺の傍にいてくれる。


だから、俺は──。


要に全てを預けたまま、俺の意識はまどろみの中に堕ちていった。



読んでくださってありがとうございます。

本作は【火・木・土】更新予定です。

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