第35話 したくなかった約束
それから二日後、逆巻が家に来た。
「たっだいまぁ~」
関西訛りの声とともに玄関に現れた姿を見て、俺は一瞬目を疑った。
いつものツンツンした金髪ではなく、黒髪ストレート。清潔感のある白シャツと紺のストレートジーンズ。
その姿は、どこからどう見ても爽やか好青年だ。声を聞かなければ、逆巻だと認識できないほどの変わりぶりだった。
「逆巻お前……どうしたんだその格好?」
「ん、これか? まあ必要やったからしょうがなくなぁ~」
「はぁ……そうなんだ」
お堅いバイトの面接にでも行ってたのだろうか。こいつバイト戦士だしな。
逆巻がきょろきょろと俺と要を交互に見る。そして言った。
「なんや空気暗いな。どしたんお前ら、喧嘩でもしたんか?」
「いや、まあ、なんつーか……」
隣に立つ要を見る。逆巻を見ているのか見ていないのか、ぼんやりと玄関扉の方へと視線を投げていた。
要は、あれからキスもハグもしてこない。部屋にいるときも学校でも常に一緒にいるけど、会話も必要最低限だけだ。
俺も、自分から要に積極的に話しかけることをしなかった。
気持ちを落ち着かせようと、ポケットの中にあるスマホをいじる。
あの日から湊さんには一切連絡していない。湊さんからも、連絡はこなかった。
それにショックを受けている自分が、どうにも情けなかった。
湊さんが能力者だったなんて、俺は知らなかった。
あれだけライムで話していたのに。
……いや。言ってなかったのは、俺も同じか。
『また今度デートしようね。今度こそは、ちゃんと二人きりで』
湊さんが言った言葉が、頭を離れない。
だけどそれが何故か要をひどく傷つけているような、そんな気がした。
黙ったままでいると、逆巻は俺を見て、う~んと唸ってから言った。
「まあ、ええわ。今日は報告ついでに飯作ったる。ほら、今日は鍋や鍋! 暗い顔しとったら飯まずなるでっ!」
そう言って手に持っていたスーパーの袋を見せてくる。俺は逆巻の明るさにほっとしながら、鍋の準備を手伝った。
「なあ、ほんまにあいつどうしたんや?」
キッチンに二人で立っていると、逆巻が耳打ちしてきた。俺も小声で逆巻に対応する。
「お前のいない間に色々あったんだよ。あんまり聞くなって」
「なんやそれ。気になるやんけ。神宮寺には黙っとくから、言えや」
言えるわけがない。要に黙って知らない大人に会ってたなんて。
「はあ!? こんな状況で何考えとんねん! お前はアホか!」なんて言われるに決まってる。
振り返ると、要はソファに座り、ぼんやりとテレビを見ていた。
ぎゅっと胸の奥が締め付けられて、包丁を握る手に、力がこもった。
「俺のせいなんだよ。あいつがああなってるの。だから今は……ほっといてくれ」
逆巻は俺の顔をじっと見て、そして言った。
「よお分からんけど、わかったわ。まっ、一人で悩むの飽きたら、相談くらいは乗ったる」
言葉とともに肩を軽く叩かれ、じわりと胸の奥が温かくなった。
「うん……ありがとう」
出来上がった鍋を三人で囲む。
逆巻と俺だけが他愛もない話をして、要は終始無言のまま、鍋をつついていた。
食べ終えて片付ける。逆巻が腹をさすって、リラックスしたように息を吐いた。
「ふ~ごちそうさん。腹ごしらえも終わったことやし、報告させてもらいますか」
「さっきも言ってたけど、報告ってなんだよ?」
「聞き込みの報告や。俺はこの一週間。神宮寺からもらった被害者の情報を元に、県内各地で聞き込みしとった。神宮寺、空木に言うてなかったんか?」
驚いて要を見る。要はやっと顔を上げ、答えた。
「言ってない。言う必要がないと判断したから」
ひどく冷めた言葉に、ぎゅうと胸が締め付けられた。
馬鹿だ俺は。二人は事件の犯人を突き止めるために動いてたってのに。一人で浮かれて、のぼせ上がって……要が怒るのも、当然だ。
逆巻を見ると、口元を要から見えないように手で隠し、「あんま気にすんな」と口だけで言ってきた。
「とりあえず、被害者宅の周辺を重点的に聞いて回ってきた。情報源はほとんど近所のおばちゃんやけどな。でもおばちゃんの情報網は舐められへんな。よおさん喋ってくれたで。そんで、ちょうど各地点で事件が発生する前後に、被害者の家の近くでこの名刺の男が回ってたって事が分かった」
逆巻はポケットから一枚の名刺を取り出し、テーブルへ置いた。
何気なく視線を落とした、その瞬間。
心臓が、止まりそうになった。
俺でも知ってるくらい有名な、学生向けの学習教材の会社の名前の書いた名刺。
そしてそこには──調月湊の名前があった。
名刺に釘付けになったまま、逆巻は続ける。
「まっセールスマンなんて色んなとこ回ってるわけやから。これだけやったら偶然かもしれへんけどな」
「いや、十分だ。証拠は十分揃った……そうだよね? 素直」
要の目が、俺へと向けられる。二日ぶりに交わした視線が、攻め立てるように俺を見つめた。
追いつかない心に、ズシンと重しがのしかかる。
その重圧に負けるみたいに、俺は頭を縦に振ることしかできなかった。
それを確認した要が、逆巻へと切り出す。
「思い当たる男が一人いる。今度そいつを呼び出して、三人で会おう。連絡先は──素直が知ってる」
耳元で、コール音が響く。
電話を掛けている俺を、要と逆巻が傍らで見ていた。
頼む。出ないでくれ。
そう心のなかで唱えながら、耳に押し当てたスマホを握りしめる。
期待と裏腹に、すぐに電話口で声がした。
『もしもし?』
「あ、湊さん。今……大丈夫ですか」
一瞬の沈黙が流れる。しかしすぐに耳元で声がした。
『うん。大丈夫だよ。どうしたの? 素直くん?』
湊さんの穏やかで低い声が、俺に問いかける。
こんな状況なのに、その声を聞くだけで勝手に胸が高鳴る。
だから俺は、感情を押し殺して、声を絞り出した。
「やっぱり俺、もう一度湊さんに会いたくて、だから……その……」
『いいよ。じゃあ今晩とかどう? 場所はそうだな……近くの河川敷、とか』
その答えで全てを察し、さっきとは違う痛みが胸を締め付ける。
肩を落としながら、俺は答えた。
「……はい、分かりました。じゃあ、また今夜」
本作は【火・木・土】更新予定です。
よければブックマークや★で応援していただけると嬉しいです!




