第33話 交渉、ラウンジにて
湊さんの提案で、俺達はホテルのラウンジへと移動した。
足音さえ吸い込まれてしまいそうな、ふかふかのカーペット。その上を、湊さんの背中を追うように歩いていく。
隣を歩く要は一度もこちらを見ない。俺も要に何も言えなかった。
俺達は終始無言のまま、窓際の四人席へ案内された。
椅子に座ろうとした瞬間、後ろに立っていた店員が静かに椅子を引いた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ぎこちなく礼を言って、椅子に座る。隣にいる要と正面にいる湊さんは、慣れた感じで席についた。
落ち着かない雰囲気に、そわそわしながら周囲を見回す。
綺麗な服を着た老夫婦。ダンディなスーツ姿の男。周りを見渡せば、お金持ちそうな大人ばかりだった。
思わず自分の服を見る。一番キレイめな服を選んできたはずだった、白のパーカーと黒のスキニージーンズ。
でも、この空間では明らかに浮いていた。
要が黒いキャップを脱いで、椅子の端に引っ掛ける。シンプルな服装なのに、不思議とこの場に馴染んでいた。
なんだか俺だけ場違いな気がして、顔に熱が集まる。
「素直くん。何注文する?」
「え、あっ……えーと」
湊さんの笑顔で問いかけられ、慌ててメニューを見る。そして、値段を見た瞬間、思わず息をのんだ。
「お、オレンジジュースで……」
「僕はアイスコーヒーを。えーと……素直くんのお友達は?」
「同じもので」
要は湊さんを鋭く見つめたまま即答する。
「かしこまりました」と一礼して、店員さんは離れた。
途端に沈黙がテーブルを支配する。要は湊さんを見つめ、湊さんは俺を見ている。
俺は二人を交互に見て、耐えきれず視線を落とした。周囲の談笑する声が、妙に耳につく。
沈黙を破ったのは湊さんだった。
「えーと、君は素直くんのお友達なんだよね?」
「はい。神宮寺要。素直の幼なじみです」
「要くんか。はじめまして、僕は調月湊。湊でいいよ」
湊さんはスマートな仕草で名刺入れを鞄から取り出し、名刺を差し出す。
要はそれを一瞥したが、受け取らなかった。湊さんは苦笑しながら名刺をテーブルの上に置き、要の方へと滑らせた。
「話が聞きたいって言ってたね。どんな事かな? その感じから察するに……僕と素直くんの関係について、かな?」
湊さんが首を傾げて問いかける。要は表情を引き締めたまま答えた。
「単刀直入に聞きます。貴方は能力者ですか」
俺も湊さんも一瞬息を呑む。俺は思わず湊さんを見た。
湊さんが能力者? まさかそんな──。
「うん。そうだよ」
「「っ!」」
今度は俺と要が驚く。
その時、「おまたせしました」と声が降ってきた。店員さんが丁寧な所作でテーブルに飲み物を置く。
湊さんは「ありがとうございます」と営業スマイルでそれを受け取り、アイスコーヒーの氷をストローでカラカラと鳴らしながら、続けた。
「どんな能力なのかまでは、さすがに話せないけどね。だって、君たちの『本当の素性』も分からないわけだし?」
湊さんの言葉に、ちくりと胸の奥が痛む。
毎日のように連絡を取り合って、少しは仲良くなれたと思っていた。
でも、そう思っていたのは、俺だけだったのかもしれない。
「まっ、話せることは話してあげるよ。言えることなんて、ほとんど素直くんに話しちゃってるけどね。でも要くんは、僕の口から聞きたいみたいだからさ?」
「じゃあ遠慮なく。貴方はどういう目的があって、素直に接触したんですか」
要の鋭い質問に、俺はぎくりとする。
目的なんて、そんな言い方。
俺と湊さんはただ、成り行きで仲良くなっただけで──。
「あははっ、急に核心を突くねえ~。君、友達あんまりいないでしょ?」
「質問に答えてください。どうして貴方みたいな大人が、素直に近づいたんだ」
要の語気が強くなる。どう答えるのだろうと、俺はドキドキしながら湊さんを見た。
湊さんはやれやれといった雰囲気でため息を吐き、そして口を開いた。
「僕は営業マンなんだ。自分の情報は安売りせず、ここぞという時に使うようにしてる。だから、それについて話す前に、先に君の情報を教えてもらえないかな?」
要はその提案に、静かに頷いた。
「神宮寺要くん。二つ教えてほしい。一つ目。君は能力者なのか。そうなら、その能力名。二つ目。どうして素直くんの後をつけていたのか。その二つについて、正直に答えてくれる?」
本作は【火・木・土】更新予定です。
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