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第30話 秘密の約束

湊さんの顔をまともに見られないまま、コロッケとメンチカツを早々に食べ終えて、俺達は車に乗り込んだ。

静かに車が発進し、夜の高速の景色が窓の外を流れる。


ちらりと湊さんを盗み見る。前を見据えて、慣れた様子で運転に集中していた。

お互い無言のままなのに、なぜか気まずくない。それが俺にとってはかなり珍しいことだった。


要以外の人といる時は、沈黙が苦手だ。沈黙が流れると不安になる。

相手が機嫌を損ねてるんじゃないかって。だから何か話さなくちゃと思って、余計な言葉を不必要に吐き出して、そして結局後悔する。


だから俺は、自然と要とばかり一緒にいるようになった。


「素直くんはさ、将来何になりたいの?」


急に話しかけられてハッとする。慌てて視線を前に向けて答えた。


「将来ですか」


「なんかある? なりたい職業とか、やってみたい事とかさ」


なりたい職業。そんなの、考えたことなかった。

将来か。色々な可能性を思い浮かべてみる。でもどれもしっくりこない。

だけど、どんな将来を想像しても、そこには絶対に要がいた。


「俺、友達がほとんどいなくて。つーか一人だけなんですけど。そいつが結構何でもできちゃうすごい奴で……だから、そいつの隣にいるために、そいつに迷惑かけないような、立派な男になりたいなって」


「尊敬してるんだね、その友達のこと」


尊敬か。そうなのかもな。

要はいつも俺の隣にいるから、あんまり意識してこなかったけど。


俺と要は、小学生の頃からずっと一緒にいるのに、一度も喧嘩もしたことが無い。

もしかしたらそれは、要が俺にずっと合わせてくれたり、譲ってくれたりしてたのかもしれない。


「俺、昔から友達が全然できなくて。頑張ってみたこともあるんですけど、空回りするばっかで、みんな離れてっちゃって……でも、そいつだけはずっと俺の傍にいてくれるんです。俺がどんだけドジやっても、笑って許してくれて、だから、大切にしたくて──」


不意に、頭の上を何かが優しくすべる。

顔を上げると、湊さんが前を向いたまま、俺の頭を撫でていた。


「素直くんは、友達のために努力できるんだね」


「……え?」


「すごいじゃん。誰かと一緒にいるために努力しようなんてさ。僕、そういう人尊敬するよ」


「尊敬なんて、そんな……」


尊敬するなんて、そんな事言われたの、初めてだ。

俺はそういう褒め言葉の類を、あまり信じることができない。疑ってしまう。

だって、自分がそうやって褒めるに値する人間だとは、どうしても思えないから。


でも、なんでだろう。湊さんのくれる言葉は、すっと胸に入ってくる。

「本当に俺は、そういう人間なのかもしれない」と思えて、胸の奥が少しだけ軽くなった。


「湊さんは、友達とかいっぱいいそうですね。羨ましいです」


「いや、いないよ友達なんか、一人もね」


「え、そうなんですか?」


「就職してから、どうしても仕事が中心になっちゃってね。連絡を疎かにしてたら、自然と距離ができちゃったんだ。それに僕は職業柄、お客さんに予定合わせなきゃいけないしね。まあ、僕はこの仕事が好きだから、仕方ないって諦めてるんだ……だから、そうやって大切に思える友達がいる素直くんが、ちょっと羨ましいよ」


湊さんを見る。その横顔は、穏やかな笑みを浮かべていた。

その笑顔からは、寂しさの色は読み取れない。


大人ってそういうもんなのかな。仕方ないとはいえ、それってかなり寂しくないか?

俺、大人になって、仕事が忙しくなったからって、そんな理由で要と疎遠になるなんて、耐えられないんだけど。


意を決して、俺は口を開いた。


「だったら俺が、湊さんの友達に──」


言いかけた所で、車が止まる。不思議に思って湊さんを見た。


「ついたよ、さっきのコンビニ」


「え?」


窓の外を見ると、さっきのコンビニの前だった。


「友達待ってるって言ってたもんね。長々と付き合わせちゃってごめんね」


「……でも」


「ん?」


「……いや、ありがとうございました」


危ない。距離感間違えるとこだった。

湊さんみたいなかっこいい大人が、俺みたいな高校生と友達になんかなるわけ無いだろ。

扉を開けて車を降りようとした。その時だった。


「素直くん」


声とともに、くいと袖を引かれる。

振り返ると、湊さんはゆるい笑顔を浮かべてこちらを見ていた。


湊さんは無言で身を乗り出す。糸のように細められた瞳が、顔が、近づいてきた。


まさかこれ……キスされる?


鼓動が高鳴って、顔に熱が集まる。俺はぎゅっと目をつむった。


すぐそばに、さっき嗅いだ香水の香りと、静かな吐息がある。

湊さんの手が、俺の握りこぶしにそっと触れた。緊張を解くように手のひらを開かれて、お互いの手のひらが重なり合う。


その手のひらの冷たさに驚いて目を開くと、湊さんの手が離れていく。

俺の手は、再びグーの形に戻っていた。


手のひらを開く。そこには、何かのIDが書いてある紙があった。


「……これは?」


「僕のプライベートの連絡先」


「プライベートのって、」


「僕、素直くんのこと好きになっちゃった」


「え!?」


一瞬心臓が跳ねたけど、すぐに思い直す。


いや、別にそういう意味じゃないだろ。それになんでキスされると思ってんだ俺は。

俺、要とキスするのが当たり前になりすぎて、考えた方がおかしくなってるかも。


「また今度、会ってくれる?」


「っ! もちろん!」


「よかった。じゃあ今度は少し遠出しよっか。プライベートで使ってる車で迎えに行くよ」


「はいっ! ……あっそうだ。俺の連絡先も渡してていいですか? 念のためにっ」


「もちろんいいよ。ここに書いて」


湊さんから胸ポケットに差していた上品なボールペンとメモ帳を受け取り、連絡先と名前を書く。


今まで能力のせいで色んな縁が壊れてきたし、何らかのトラブルがあって連絡が繋がらないなんてことになったら大変だ。

湊さんとは、絶対にそんなことになりたくない。


「どうぞ」


「ありがとう」


湊さんにメモ帳とボールペンを手渡した。その時だった。


バキッ。


ボールペンにヒビが入る。


「あ」


思わず顔が青くなる。

しまった。油断してた。最近は要と能力循環してるおかげで、物を壊す機会が減ってたから。

だけど湊さんは、ヒビの入ったボールペンを一瞥しただけだった。


「あはは。寿命だったのかな」


湊さんは苦笑して、何でもないことのように胸ポケットへ戻す。

胸ポケットに差してるってことは、きっとお気に入りのよく使うボールペンだったはずだ。

そんな大事なものを、俺は──。


「す、すいません。高そうなボールペンなのに……」


色々してもらったのにお礼もできずに、大事なものを壊すなんて。

もしかしたらもう、会ってもらえないかも。


膝の上で拳を握り込み、俯く。すると、その手の上にそっと手のひらが重なった。

顔を上げると、湊さんは優しく微笑んで俺を見ていた。


「大丈夫だよ素直くん。そんなに気にしないで」


「でも……」


「見栄えするかなと思って選んで、なんとなくで使ってたものなんだ。特に思い入れないし、新しいの買うよ」


「……はい」


まだ暗い顔をしていたせいだろうか。湊さんは俺の頭を撫でてくれた。

恐る恐る見上げると、湊さんは穏やかな笑みを浮かべて言った。


「じゃあさ。次に会う時、コーヒーでも奢ってよ」


「コーヒー、ですか」


「どうかな?」


「はいっ! 任せてください!」



「家の前まで送ってかなくて大丈夫?」


「はいっこっから歩いてすぐなんで」


「わかった。じゃあ、また連絡するね」


おやすみ。

そう言って、湊さんは車を発進させる。俺はそれにぎこちなく手を振って見送った。


よかった。次の約束がある。また湊さんと会える。早く家帰って、スマホに連絡先登録しないと。


そこまで考えて、ふと要の顔が思い浮かび、ぎくりとする。

ちょっと待て、よく知らない人と車で出掛けるなんて、要になんて説明するんだ?


あいつ、絶対許してくれないぞ?

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