第28話 再会と寄り道
翌日の夜、バイトを終えた逆巻が家へやって来た。
「ほな神宮寺、行ってこい」
「うん。素直、何かあったらすぐ連絡して」
「おう」
「逆巻、くれぐれも素直のこと、頼んだぞ」
「何回言うねん。分かったからはよ行けや」
逆巻がうんざりした様子でしっしっと追い払うと、要はようやくおじさんの元へ向かう為に家を出て行った。
「なあ空木、神宮寺ってずっとあんな感じなんか?」
「え? まあそうだな」
「なるほどなぁ……」
逆巻は何かに納得したようにしみじみと言って、ソファに座った。
「空木、神宮寺帰ってくるまでどうする?」
「どうするってそりゃ……これしか無いっしょ」
ゲームのコントローラーを差し出す。すると逆巻はにやりと笑ってそれを受け取る。
「分かっとるやん空木? こないだの続きやな」
「ふっ……ゲームのお供ももちろん用意しといたぜ?」
「おおっ!?」
買い置きしておいたお菓子とジュースをテーブルに出すと、逆巻が目を輝かせる。
「空木! お前天才やなっ!? よっしゃ! 今日は徹夜でゲームや!」
それから俺達は、時間を忘れてゲームに熱中した。
互いにヤジを飛ばし合い、勝った負けたと騒いでいるうちに、気付けば時計の針は九時を回っていた。
喉が乾いて、テーブルの上のコップを手に取って飲もうとする。中が空になっていた。
逆巻のコップを見ると、そっちも空だ。
「逆巻、ジュースいる?」
「いるっ!」
逆巻は画面から目を離さず答えた。
「んじゃついでに入れてきてやるよ」
二つコップを持ってキッチンに向かう。冷蔵庫を開けると、中のジュースがすっかり空になっていた。
「ジュースねえな」
「俺買ってきたろか~?」
「いいよ。逆巻今日バイトだったんだろ? 俺が行ってくる」
「俺もついてくで? 神宮寺に言われとるしなぁ」
「大丈夫だって、すぐそこのコンビニ行くだけなんだから。ついでにお菓子も買ってくる」
「りょーかい! なんかあったらすぐ連絡せえよ!」
「ほいよ」
財布を持って家を出る。住宅街を歩いて、俺は徒歩五分のコンビニへと向かった。
自動扉をくぐると、コンビニの入店音が鳴り響く。俺はすぐにお菓子コーナーを目指した。
ポテチ、チョコ、グミ、次々にカゴに放り込んでいく。そしてジュースを見にドリンクコーナーへ向かった。
すると──。
「あ、」
見覚えのある姿が、ドリンクコーナーの前にあった。
クリーム色のゆるいパーマの掛かった髪、糸みたいに細い目。あの日と同じスーツ姿で、男の人はドリンクコーナーを眺めている。
「あ、あのっ」
思わずそう声をかけていた。男の人は俺に気付いて、驚いたようにこちらを見る。
そしてにこりと笑った。
「君は確か……素直くんだよね。あの後体調大丈夫だった?」
「はい。えっと……」
やばい。名前ど忘れした。あの時名刺もらったのに。
「湊だよ、調月湊」
察したように助け舟を出して、調月さんはにこりと微笑んだ。
「あ、あの時は助けてくれて……ありがとうございました」
「いいよそんなの、気にしないで……それより素直くん、なんか欲しいのある? 買ってあげるよ」
アイスを買ってもらって、コンビニの前で食べることにした。
栄養ドリンクを飲んでいる湊さんの隣で、ソーダ味のアイスをシャクシャクとかじる。
親や先生以外の大人の人と関わる機会なんて無い。俺は若干緊張していた。
でもこないだ助けてもらったし、今もアイス奢ってもらったわけだし。
なにか、何か話さないと。
「えっと……調月さんは」
「湊でいいよ」
「湊さんは、営業さんなんですよね? 営業って、大変じゃないですか?」
とりあえず、あたりざわり無い質問をする。湊さんは「んー」と考え込んだ後、答えた。
「人によるんだろうけど、僕は割と向いてるのかもね。人と話すの、そんなに苦じゃないんだ。入社してまだ二年目だけど、営業成績トップだし」
「えっトップって……すごいっすね」
思わず尊敬の目で見ると、湊さんは少し得意げに口元をふにゃりとゆるめる。
「ねぇ素直くん。この後ちょっと時間ある?」
「え、時間ですか」
「僕、もっと素直くんと話がしたいな」
そう言って、コンビニの駐車場に止まっているシルバーのコンパクトカーを指さす。
「あれ、僕の営業車なんだけどさ……ちょっとドライブでもしない?」
「どうぞ」
「あ、ども……」
助手席の扉を開いてもらって、車に乗り込む。
車内は窓から足元まですべて綺麗に清掃されていて、ほんのりといい香りがする。
キョロキョロと見回していると、湊さんが運転席に乗り込んで、エンジンをかけた。
つーか俺、親以外の車に乗ったことない。やば……緊張する。
「もしかして、緊張してる?」
「まあ、ちょっと……」
「あはは、そうだよね。でもさ、ダメだよ素直くん。そんな簡単に知らない人の車に乗っちゃ。もっと警戒しないと」
「確かにそうだけど……なんとなく、湊さんは信用できるって思って」
「ふーん、嬉しいこと言ってくれるね……じゃあ、出発するよ」
車がゆっくりと発進する。住宅街を抜け、車が夜の街を走り出した。
車窓を流れる夜の街を眺めつつ、運転している横顔を盗み見る。
クリーム色のパーマの掛かった髪。ゆるい笑みを浮かべたまま前を見据える横顔。
身体にしっかり合ったセンスのいいスーツ。制汗剤とは違った、大人な感じのするいい香り。
ハンドルを握る手もかなり慣れた感じで、運転も安定してる。
いいな、余裕ある大人の男って感じだ。俺も将来こんな風になりたい。
「素直くん」
「あっ……はいっ!」
じっと見てたのがバレないように、慌てて前を見る。
「少し行った所に、大きめのサービスエリアがあるんだ。高速乗ってもいい?」
「もちろん!」
食い気味に言うと、湊さんはははっと爽やかに笑った。
高速に入って十分くらい走ると、サービスエリアについた。
明るく照らされた広い駐車場。ずらりと並ぶ自動販売機。大きな建物の中にはフードコートや土産屋が並び、思わず足が速くなる。
サービスエリアなんて修学旅行の時に寄ったくらいだ。なんかちょっと楽しい。
平日の夜だからか、人もあんまりいない。お土産コーナーを一通り見て、フードコートにつく。
すると、湊さんが食券を指さした。
「なんか食べたいのある? おごるよ」
「えっいいんすか!?」
「うん。なんでも遠慮なくどーぞ」
券売機に千円を入れながら湊さんが微笑みかける。俺はウキウキで券売機の前に立ってメニューを眺めた。
ラーメンもいいし、カツ丼も捨てがたい。そこで、ハッと思い出す。
そういや俺、逆巻に頼まれてコンビニに来たんだった……やばいっ!
慌ててポケットに手を突っ込む。だけど何も入ってない。
最悪なことに、俺はスマホを家に忘れてきてしまったようだ。
「? どうしたの素直くん?」
「す、すいません。実は家で、友達が待ってて……」
「ありゃ、そうだったの?」
「買い出し頼まれてたのに、スマホ忘れてきたみたいで……連絡もできなくて」
「あ~なるほど。じゃあ早く帰らなきゃだ。ごめんね? 付き合わせちゃって」
「あ、いや、そんな……」
せっかく連れてきてもらったのに申し訳ない。それに、湊さんとまだ話してたかったな。
思わず視線を落とす。
「素直くん」
「え?」
顔を上げると、湊さんが俺の顔をじっと見ていた。目が合うと、くすりと笑う。
「ちょっと待っててね」
湊さんが券売機の前を離れる。それを目で追っていると、売店に行ってこちらに帰ってきた。
「はい」
「え?」
笑顔で差し出されたのは、紙袋に入った揚げたてのコロッケだった。
「これならすぐ食べられるでしょ? 外のベンチで食べよっか」




