第24話 やっと二人きりになれた
「答えてよ素直。逆巻が俺達に必要な理由。俺がちゃんと納得できる理由をさ」
琥珀色の瞳が、一瞬の隙すら逃すまいと俺の目を凝視する。
その圧にたじろぎながらも「えーと……」と理由を考える。
逆巻が必要な理由なんて、正直何も考えてなかった。
さっきも言った通り、何となく数が多いほうがいいとか、あいつは強そうだなーとか、そんな理由しか思いつかない。
でも、今の要はそんなのじゃ絶対に納得しなさそうだ。
さっきの口ぶりからして、要が逆巻の協力を躊躇っているのは、裏切る可能性を考えてのことらしい。
それに関しては、俺には正直分からない。逆巻が裏切るかどうかなんて、エスパーじゃないし。
でも、協力してもらった方がいいのは確実だろう。
なんか無いか? 要が納得してくれそうな理由──。
あ、と一つ思いつく。でもこれは絶対納得してくれないだろう。
だけど俺はこういうの考えるのがかなり苦手だ。だから、ダメ元で言ってみることにした。
「初めてあいつを見た時から既視感あったんだ。あいつ似てるんだよ。近所のノラネコに」
「……野良猫?」
「そっくりなんだよ。あのちょっと釣り上がった大きい目とか特に。だから……俺達を裏切ったりは、しないんじゃないかって」
「…………」
予想通りの呆れ顔が目の前に現れた。そして要は脱力したように柵に背を預け、はあとため息を吐く。
うう、やっぱり駄目か。
「素直のそういうとこ、ほんと変わんないね」
「駄目なのかよ」
「……分かった。別にいいよ。素直の勘は、昔から当たるしね」
「え? いいのか?」
意外な返答に、今度は俺が思わず詰め寄る。要はそんな俺を、しょうがない奴を見るような目で見た。
「だって素直、言い出したら聞かないでしょ? その代わり、逆巻が素直に危害を加えそうだと判断したら、俺はその時点で協力関係を解消するからね」
それに、あいつがそう簡単に俺達に協力するとは思えないけどね。
要がぼそりと呟いた言葉に、俺も考える。
確かに、逆巻はかなり頑固そうだ。どう説得するべきだろうか。
なんとか説得できた要と家に帰る。玄関扉を開けた瞬間、室内が輝いて見えた。
壁も床も机も、全てがぴかぴかに清掃されていて、雑然としていたはずの棚なんかも綺麗に整頓されている。
なんだこれ……ハウスクリーニングでも入ったのか?
「おう、おかえり二人とも」
浴室の扉が開いて、中から逆巻が出てくる。その手には泡だらけのスポンジが握られていた。
「逆巻、何やってんだよ」
「掃除や掃除。泊めてもらったわけやからな。こんくらいせんと。冷蔵庫にあるもんで晩飯作っといたで。残った野菜で適当につまめるモンも作って、冷蔵庫入れといた」
言われてキッチンを見る。炊飯器の中には炊きたての米。コンロの上には美味しそうな匂いのする鍋が置いてあった。
冷蔵庫の中を見ると、タッパーに入った惣菜が並んでいて、中にあった使いかけの野菜や肉が無くなっていた。
「すげぇ……これ、お前が全部やったのか?」
「そーそー。俺色んなバイトしてるからなぁ。料理も掃除も、嫌でも身体が覚えたわ」
肩をこきこき慣らし、逆巻は浴槽にシャワーをかけながら会話を続けた。
「なんや、殺人犯ぶちのめすんやっけ? 協力したるわ」
「えっいいのか!?」
「一宿一飯の恩があるからな。それにおもろそうやし」
「あ……ありがとう」
どう説得しようかと思ってたけど、まさかこんな簡単に。
「ふう~これで風呂掃除終わりっと。じゃあ俺はそろそろ退散するわ」
「え?」
逆巻は額の汗を拭い、自分のリュックに荷物を詰めはじめた。
「なんだよ。今日も泊まってかないのか?」
「近くの満喫にでも泊まるわ。こっちおる間はタイマーとかやって、その日の生活費稼げるしな。東京ならいくらでも求人あるし、時給も高いし、天国みたいやわ。まっ大阪も負けてへんけどなっ」
「タイマーって、最近流行りの日雇いバイトか? それに満喫って……せっかくだから、俺んちしばらく泊まったらいいだろ?」
「さすがにずっと居候するわけにもいかんしな。なっ神宮寺?」
逆巻はなぜか要に視線をやり、いたずらっぽい笑顔で問いかける。要は居心地悪そうに視線を逸らした。
「な~んや邪魔したら悪いしなあ? まっなんかあったらライムしてや!」
邪魔ってなんだ? それに満喫に泊まるなんて……本当に大丈夫なのか?
「なあ、要」
服の裾を引っ張ると、要がこちらを見る。俺は要にそっと耳打ちした。
「やっぱりあいつ、ここに泊めてやらないか? 満喫泊まるとか危なくないか? それに補導されたりとさ」
「気にする必要ないでしょ。男だし能力者なんだから、あれだけの実力があれば、自分の身は自分で守れるだろうし」
「でもさあ……」
要が逆巻に対して、なんとなく辛辣な気がする。
そういや二人は知り合いなんだっけ。過去になんかあったのか?
色々考えていると、要は俺をちらりと見て、小さくため息を吐く。
「逆巻」
要に呼び止められて、玄関で靴を履こうとしていた逆巻が振り返る。
「なんや神宮寺?」
「こっちに滞在してる間、これ使え」
要は財布からカードを取り出して差し出す。いつも要が使ってる例の黒いカードだ。
逆巻は要の手にあるカードへと目を凝らす。そしてすぐにぎょっとした。
「これブラックカードやんけっ!」
「? そのカード、そんなにすごいもんなのか?」
「空木、ブラックカード知らんのか!? クレカの中でも最高ランクのやつや! こいつの持っとるセンチュリーカードはそのブラックカードの中でもいっちゃんクラスの高いやつ! 日本でも数千人しか持っとらんねんぞ!?」
「へえ……そうなのか」
なるほど。要がこのカードを出すたびに店員さんが驚いてたのは、そういう理由だったのか。
「こんなん受け取れるわけないやろっ! 失くしたりしたらリアルに俺の首が飛ぶわっ!」
「別に構わないよ。その程度こっちでなんとかする。泊まるとこの当てがないなら、じいやに言って部屋も手配させる」
「でもなあ……そんなずるみたいなことすんの、俺嫌いやし」
逆巻は頭の後ろで腕を組んで唇を尖らせる。
「ずるじゃない。正当な対価だ。さっき手合わせしてお前の強さを再認識した。協力してもらうからには、それ相応の報酬は必要だろ。つまりこれは等価交換。ビジネスの基本だ」
「ビジネスって……」
言い淀む逆巻を、要がじっと見つめる。すると逆巻はようやく後ろで組んでいた手を解き、そのカードを受け取った。
「まあ、そんなに言うんやったら、お言葉に甘えよかな?」
「その代わり、しっかり頼むぞ」
「分かっとるわ。俺を誰やと思ってんねん」
「慣れない環境が居心地が悪いのなら、近所にビジネスホテルがある。そこにでも泊まるといい。とりあえずは明日の夜に、これからの事を話そう」
「なんや、それやったら今から話さへんのか?」
「…………」
要は黙ってしまった。顔を見ると、何やら言いたげな表情で逆巻を見つめている。
すると逆巻は俺と要を交互に見つめ、「あーはいはいそういうことね」と納得したように声を上げた。
「まっ、なんかあったらすぐ連絡して。すぐ駆けつけるわ。ほな、また明日っ」
逆巻が玄関を出て、扉が閉まる音がする。
それと同時に、要の腕が背後から回ってきて俺を捕らえた。
「ちょっかなめっ」
「やっと二人きりになれた」
耳元にぽつりと落ちた声は、どこか拗ねた子供みたいだった。
安心したようなため息とともに、手繰り寄せるように身体を抱き寄せられ、額を肩口に押し付けられる。
「……かなめ?」
声をかけると、要が顔を上げる。
いつものゆるい笑みはそこになくて、寂しげにこっちを見る二つの目が、俺を見つめていた。
「キスしよう、素直」
答える前に唇が重なる。でも、思い直したようにすぐその唇は離れていった。
「嫌だった?」
「いや、全然。それより……そんな顔すんなよ」
頬を撫でると、要は頼りなく下がった眉をもっと下げて、問いかける。
「素直はさ。俺とこういう事するの、嫌だったりする?」
「前から言ってるだろ。嫌じゃないよ。だってこれは、要が俺を守るために必要な事なんだろ?」
「……そうだけど」
要は視線を逸らす。俺を抱き締める腕に、少しだけ力がこもった。
その腕にそっと触れて、俺は言った。
「ベット行こう。今日のハグ、まだだろ?」
「……うん」
しょぼしょぼしている要の手を引いて、ベッドに座らせる。向かい合うように膝の上に乗ると、目が合う。
要はまだ自信なさげな瞳で俺を見つめていた。
こいつは一体何がそんなに不安なんだろう。
分からないけど、その不安を解消したいという気持ちは、俺の中にあった。
触れるだけのキスをして、要の頭をぐしゃりと乱暴に撫でる。すると要は驚いたように目を見開いた。
「……すなお」
「あんま考えすぎんなよ。まずは味方が増えたことを喜ぼうぜ。さっさと連続殺人犯を警察に突き出して、三人でゲーム大会でもしよう。そん時のために、明日はコントローラーでも買いに行くか」
要はきょとんとした後、目尻を下げてくすりと笑った。
「あははっ。うん、そうだね。早く素直が安心して過ごせるようにしないとだ」
要の表情をじっと観察する。やっぱりどこかまだ寂しそうに見えた。
「要」
名前を呼んで、強引に抱き寄せる。要は驚いたようにびくりと身を震わせた。
「っすなお」
「要、お前なんか不安なんだろ」
「っ……」
「ちゃんと言えよ。俺に解決できることなら、ちゃんとするから」
「不安なんて……ないよ、そんなの」
要の手が、そっと俺の背を撫でる。そして手繰り寄せるように強く抱きしめた。
「素直がそばにいてくれたら、俺はもう……それだけで充分幸せだよ」
なんだよそれ。意味わかんねえよ。
俺、要にしてもらってばっかりで、何もしてやれてないってのに。
子供の頃からずっと一人だった俺の傍に、いつだっていてくれた。
俺の知らない所で、命がけで俺のこと守ってくれてた。
今だって、ずっと──。
なあ要。お前は俺なんかと一緒にいて、なんで幸せなんだ?
「素直、もう一回だけ、キスしていい?」
「……うん。いいよ」
視線が絡み合って、唇が触れ合う。
一日で三回もキスしたのは、これが初めてだった。
この頃からだろうか。
何となくだけど、俺達の関係に名前がつけられなくなってきたような、そんな気がした。




