第23話 俺だけじゃ駄目なの?
◆
「やば、ポリ公来てもーたっ!」
逆巻が焦ったように呟く。要は逆巻から離れ、警官の方を見た。
巡回中だったんだろう。警察官の背後には、交番によく停まってる自転車があった。
やばっいくら廃工場とはいえ、騒ぎすぎたか。
「制服? お前ら高校生か? 事情を聞きたいから、一旦交番に来なさい」
警察官がライトを手に、コツコツとこちらに歩いてくる。
それを見た要と逆巻が、視線を交わした。
「逃げるぞ」
「やな」
「うわっ!?」
突然要に肩へ担ぎ上げられ、俺は声を上げる。
要はそのまま跳躍し、俺を担いだまま天井付近の窓へ向かう。逆巻もそれに続いた。
三人で窓から外へ飛び出す。
「待て!」と背後で声が聞こえたが、俺達は振り返らずに逃げた。
廃工場からどのくらい離れただろう。俺達は人気のない路地にたどり着いた。
要が俺を地に下ろす。逆巻は座り込み、はぁはぁと肩で息をしていた。
「ここまで来たら……もう大丈夫やろ……」
あれだけ走ったのに、要だけは平然としている。だけど逆巻は汗だくだ。
ポケットに入ってた財布を取り出し、近くにあった自販機でスポーツドリンクを買う。
そしてそれを逆巻に差し出した。
「ほら」
「あ?」
「疲れただろ。飲めよ」
「……なんじゃそりゃ」
逆巻が怪訝な顔でスポーツドリンクを受け取る。手にしていたバットが消失した。
「白けた。帰るわ」
逆巻が立ち上がり、踵を返す。俺は思わずその背中を呼び止めた。
「ちょっ待てよ。もう帰るのか?」
「あ゛?」
不機嫌全開の凄まじい剣幕で、逆巻が振り返る。
うわ~やっぱこいつ、怖え……。
だが俺には引けない理由があった。なので勇気を出して、猛虎のような威圧に耐えつつ問いかけた。
「お前大阪から来たんだろ? こんな時間から帰るのか?」
「んなわけないやろ。もう終電とっくに終わっとるわ。その辺で野宿して、始発で帰るわ」
「俺んち来るか?」
「は? お前んち?」
「ゲームとかお菓子あるし、客用の布団もある……どうだ?」
「ちょっ素直!」
要が困惑の声を上げる。逆巻も怪訝な顔で俺を睨みつけていた。
「ゲームにお菓子? そんなんで……俺が釣られる思てんのか?」
「あ゛ー! また負けたぁ~! もっかいやもっかい!」
「おい逆巻! 声のボリューム落とせ……! 深夜だぞっ」
咎めると、逆巻は頭を掻いて声のボリュームを落とした。
「あーすまんすまん。久々にゲームしたから、熱中しすぎてもうてたわ」
そう言いながらテーブルの上のジュースをぐびりと飲む。
あの後逆巻は、結局俺の家についてきた。
要は終始納得いかなそうな顔をしていたが、追い返すこともなく客用布団を用意していた。
交代で風呂に入ってから数時間が経ったけど、未だに俺達はゲームしていた。
「…………」
ゲームしている俺達を眺めるように、要はベッドに座っていた。
何となくだけど、その顔に不満の色が浮かんでいるように見える。
もしかしたら、コントローラーが2つしか無くて参加できないからかもしれない。要、ゲーム好きだしな。
「交代するか?」と何度か誘ったけど、「いや、いい」と即答で却下された。
どうやら三人でゲームしたいらしい。今度もう一個コントローラー買うか。
「素直、明日学校なんだから、そろそろ寝よう」
「あ、そうか。そうだったな」
楽しすぎてすっかり忘れてた。
「逆巻、そろそろ寝ようぜ」
「んあ? そうやなすまんすまん。三人やし、俺はこのソファで寝たらええんよな?」
逆巻がベッドと床に敷いた布団を見て問いかける。俺は首を横に振った。
「いいよ。俺達はベッドで寝るし。それでいいよな? 要」
問いかけると、要は一変してにこりと微笑み頷いた。
それを見た逆巻の顔が、なぜかぎょっとする。
「いや、俺はソファで全然ええで? 二人でシングルベッドは……さすがに狭いやろ?」
逆巻は様子を窺うように、俺達を交互に見ながら問いかけてくる。要がにこやかな笑みを浮かべてそれに答えた。
「大丈夫だよ。俺と素直は毎日このベッドで一緒に寝てるから」
「へ……へえ……」
食い気味の要に戸惑うように、逆巻が答えた。
話し合いの結果、布団は逆巻が、俺と要はベッドで寝ることになった。
「じゃあ、おやすみ」
「んあ~……おやすみぃ~」
逆巻の眠そうな返事。案の定電気を消してすぐに逆巻の寝息が聞こえてきた。
寝付き良すぎるだろこいつ。
「……すなお」
もぞりと要が擦り寄ってくる。振り向くと至近距離で目が合う。
妙に熱のこもった瞳にじっと見つめられ、ドキッとしてしまった。
「今日のキス、まだでしょ? しよう」
「キスって……さっきしただろ。逆巻と戦う前に」
「あれは能力循環じゃない。一時的に素直に力を借りるためのものだから」
食い気味に言われ、なぞるように背骨を撫でられる。
ゾクゾクして、腰のあたりにくすぐったい感覚が走った。
「いや、今日は流石に……すぐそこで、あいつ寝てるし……」
「寝てるならいいじゃん。しようよ」
言うが早いか顔が近づいてきて、唇が重なる。
「っ……ん……」
触れるだけのキス。そこは要も弁えているようだ。
だけど、何度も角度を変え、ぐいぐいと唇を押し付けてくる。
壁側にいる俺は、当然逃げられない。
身動ぎしてみるけど、肩を掴まれて、簡単に抑え込まれてしまった。
「ちょっ……かなめっ」
くっついた唇の端から制止の言葉を発した。
その瞬間──。
「たこ焼きぃ? もう食べられへんってぇ~」
突然聞こえた逆巻の声にびくりとする。
しばらく息を潜めて待ってみるけど、続きは聞こえなかった。
恐る恐る覗いてみる。逆巻は腹をボリボリ掻いて、大胆に布団からはみ出した寝姿で寝息を立てていた。
安堵のため息をついて、要の身体をそっと押し返す。
「ばか、長すぎだって」
「……ごめん。おやすみ」
やけに寂しそうな声がして、要が寝返りを打って俺に背を向ける。
要が俺に背を向けて寝るなんて、初めてのことだ。少し冷たくしすぎただろうか。
若干の反省をしつつ、疲労と倦怠感で意識がぼんやりしてくる。俺もすぐに目を閉じた。
翌朝、俺と要が起きても、逆巻は布団を蹴飛ばしたまま爆睡していた。よっぽど疲れていたのだろう。
まだ寝てる逆巻を起こさないように朝の支度をして、テーブルの上に朝食と「学校に行ってくる」とメモを置いて、俺達は学校へと向かった。
昼休み。要のテンションは、昨日の夜から引き続き低かった。
いつも自分から色々話しかけてくるのに、隣に座って無言でサンドイッチをかじっている。
やっぱり昨晩一緒にゲームできなかったことと、キスを少し拒否してしまったこと、まだ怒ってるのだろうか。
キスを拒否してしまったことは解決できないけど、ゲームの方は今日にでも解決できる。意を決した俺は、沈黙を破って問いかけた。
「なあ、要」
「なに?」
「協力者は多い方がいいだろ。犯人をどうにかするまで、逆巻をウチに泊めてやるってのはどうだ?」
「は?」
要は信じられないと言いたげな顔で俺を見ていた。
思ってなかった反応に、あれ? となりながら、俺は続けた。
「ほら、逆巻って柄は悪いけど、根は悪いやつじゃないって感じするだろ? それに、要と対等にやり合えるくらい強いみたいだし、連続殺人事件の協力、頼んだらオッケーしてくれそうかなって……要も逆巻と戦う時、あいつにそういう条件出してただろ?」
「なんで? 素直には俺がいるでしょ? 俺だけじゃ駄目なの?」
要がずいと身を寄せ、俺の顔を覗き込んでくる。
どうしたんだろう。こういう時、いつもの要ならもっと論理的に否定してくるんだけど……。
「協力してもらうのは構わないよ。俺だって人手は多いほうが良いって理解してる。でも、わざわざ泊めてやる必要までは無いでしょ。素直、俺が泊まるって伝えた時、ワンルームで狭いからってやんわり言ってたじゃん」
「それは、そうだけど……」
じっと俺だけを見つめる瞳から目をそらし、言い淀んでると、要は追撃するように言葉を続けた。
「それに、あいつが俺達を裏切る可能性だってある。俺が戦う前に協力を仰いだのは、戦って勝ってから、俺の治す力で『強制的に従わせよう』としたからだ。だから素直のその提案には、俺は簡単に首を縦には振れない。納得できる理由……ちゃんと教えてよ」
本作は【火・木・土】更新予定です。
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