第22話 降参するまで
ヒュウッ。
上機嫌な口笛が廃工場に響き渡る。
口笛の当の本人である逆巻は、バットを肩に担いで要をじっとりと見つめた。
「や~っとやる気なったか神宮寺。ええでその好戦的な感じ……ゾクゾクしてきたわぁ~」
逆巻が八重歯を見せてにやつきながら、体勢を低くする。
要が先手を打つように突っ込んでいった。
拳を振り上げ、逆巻へと深く踏み込む。
「またそれか! 大胆なやっちゃなぁ! でも──好きやでそういうのっ!」
逆巻は声を弾ませ、バットで要の拳を受けた。
ギィィィンと奇妙な音が鳴り、要が目を見開く。眉間に皺が寄った。
「ぐっ!」
要は左手を押さえ、すぐに飛び退いた。
「正面から正々堂々撃ち込むなんて埃被った戦法、俺には通用せえへんで? でもその心意気は買ったるわ」
逆巻の声にノイズが掛かっているように聞こえる。
聴覚に異常を来すほどの、深く長引く痛みの後遺症。要の左の拳が、完全に砕けていた。
拳を襲う痛烈な痛みに耐えながら治癒を試みる。その間、要は逆巻を冷静に観察した。
殴りつけたはずの頬の腫れが引いている。蹴り砕いたはずの肋骨も。
そして、もう一つ違和感を覚えた。
バットを殴ったはずなのに、不思議と殴った感触が無かった。
まるで手応えがない。空を切ったような。
そこで、要の中で全てが繋がった。
「お前の力……吸収と反射か。受けたダメージを吸収して、バットを通して任意のタイミングで返してる。一方的に殴られてたのは、力を溜める為だったんだな」
「半分正解で半分不正解や。ただ返すだけやったらおもんないやろ? 俺の反射は──ひと味違うで」
次の瞬間、逆巻が地を蹴った。
回復が間に合わない──来る!
要は即座に顔の前に腕を構えた。
しかし──。
「!?」
眼前まで迫った逆巻の姿が突然消える。そして、足元で声がした。
「場馴れしてるけど品がありすぎるなぁ神宮寺! そんなんじゃ──ど突き合いの喧嘩では勝てへんで!」
逆巻はバットを手にしたまま要の足の間に滑り込んでいた。スライディングだ。
やばい。そう思った次の瞬間には──。
「軸足貰いっ!」
すり抜けざま、要の右足にフルスイングの衝撃が叩き込まれた。
骨まで砕けたかと思うほどの激痛が走り、要の目が見開かれる。
「ぐっ……あああぁ……っ!」
要が足を押さえて倒れ込む。
右足から脳天へ突き抜ける激痛に、視界が白く染まった。
「痛いやろ? それがお前が俺に与えた痛みや。要するに自業自得。因果応報や。まっちょ~っとばかし、割増させてもうてるけどな?」
「……割増?」
「さっき言うたやろ? 俺の反射は一味違うって。俺は相手から受けたダメージを、蓄積、変換、増幅できるんや。さっき返したんは、お前にほっぺ殴られた時のダメージに、ほんのちょっとお釣りをつけて足に叩き込んだったってわけ。あれ、ほんま痛かったわぁ~」
逆巻は痛てて、とわざとらしく頬をさする。その赤く腫れていたはずの頬は、綺麗に修復していた。
「っ……なるほど、な」
要は歯を食いしばりながら、足の修復に能力を集中させる。
だが、怪我が完治しても、鋭い痛みは継続していた。立つことすらままならない。
「要……っ」
要があれほど苦痛を露わにする姿を、素直は見たことがなかった。
ぐっと爪が手のひらに食い込む。あまりの惨状に、素直は拳を握りしめていた。
「助けんでええんか中坊。お前、神宮寺のダチとちゃうんか?」
逆巻が素直を振り返り、問いかける。
その目は素直を試すように見据えていた。
「なっさけないなぁ。ダチが苦しんでんのに、ぼーっと突っ立って見てるだけかい。お前も能力者なんやろ? やったら助けたれよ。それとも──怖いから無理なんか?」
「……俺はっ」
『素直が戦うのは、絶対ナシ』
素直は要にそう言われている。あれはただの強がりじゃない。本心からの言葉だ。
長年一緒に過ごしてきた素直には、それが分かっていた。
素直の胸を、葛藤が締め付ける。
(要は本気で、俺が戦うのを嫌がってる。それに、俺は戦い方なんて正直分からない。
でも、このままじゃ要が──。)
はあ。
逆巻が呆れたように大きくため息をついた。
「なんや、やっぱりただの自分が可愛いだけの中坊やん。神宮寺はお前の為に戦っとるってのに。ダチ名乗る資格ないで、自分?」
杭を打たれたような衝撃が素直の胸を襲う。それは紛れもない正論だった。
(要は俺を命がけで守ってくれてるのに。俺は何もしていない。
一方的に守られるだけなんて、そんなの──友達って呼べるのか?)
「じゃあ……俺も──」
「駄目」
要が素直の言葉を遮る。見ると、ふらふらと立ち上がっていた。
「素直、来る必要ないよ。俺は全然……大丈夫だから」
しかしその顔からは未だ血の気が引いていて、額には脂汗が滲んでいる。
バットで叩かれた足も、わずかに震えていた。
「今ので分かったよ。お前の攻略方法……完全にな」
「ふーん。なんや、また頭使こてたんか? ……まあええわ。好きなだけ付きおうたるわ」
顔面蒼白の要とは対照的に、逆巻は余裕の笑みを浮かべている。
負っていたはずの傷や怪我が、明らかに回復しきっていた。
「お前のタイミングで来いや、神宮寺。色々試してみたらええ。俺はお前を──待ったるで?」
余裕の笑みを浮かべた逆巻が、要へ向かって手を突き出す。
「まっ、ぜ~んぶ綺麗に打ち返したるけどな?」
招くように手のひらを返す。
それは先ほど、要が見せた挑発と同じ仕草だった。
「……そうだな。後悔するなよ。今の言葉」
要は静かに言葉を発し、地を蹴った。
逆巻はバットを構え、それを迎えるように待ち受ける。
二人の間合いがゼロになる。
要は逆巻へと迷いなく拳を振り下ろした。
「また無駄なことをっ!」
逆巻は笑いながら、要の脇腹を狙ってバットを振り抜く。
機動力にバフを掛けたのだろう。要の拳より先に、バットが脇腹に迫る。
──しかし。
「なっ!?」
バットの動きが止まる。
見ると、要のもう片方の手がバットを制止するように握っていた。びくともしない。
なんやこいつ、んな事したら──手のひらの骨がバラバラに砕けんぞ!?
逆巻は信じられない顔で要の表情を見た。
しかし、要はただ静かに逆巻を見据えていた。
その顔に苦痛の色はない。
「なんで──」
ドゴッ!
要の振り下ろした拳が、逆巻の頬にヒットする。
逆巻の身体が吹っ飛んだ。
ガシャーンと音を立て、逆巻の身体が瓦礫に突っ込む。
打ち付けた背中と、殴られた頬がじんじんと痛む。
しかし、逆巻はそれどころではなかった。
なんでや。神宮寺の脇腹にバットを叩き込んだ時、俺は確かに痛みを増幅して乗せた。
バットに触れただけで絶叫するレベルのはずや。
それやのに、なんであいつは──。
「お前の反射を『壊した』んだ」
要の声が、静かな廃工場に響いた。
「バットに触れるその瞬間に、壊す能力を手のひらに集約させた。素直の力を借りたんだ」
ありがとう、素直。
要は目尻を下げて振り返る。突然感謝され、素直は目を瞬かせた。
そんな使い方できるなんて俺も知らねえよ。
そう思いながらも、とりあえず頷いておいた。
「そんな事まで出来るんか。ははっ……やるやん神宮寺。だてに優等生しとらんなぁ」
「もう俺にそのバットは効かない。だからここからは耐久戦だ」
要が一歩踏み出す。
「今からお前が『降参する』と口にするまで──俺はお前を叩き続ける」
逆巻が瓦礫から抜け出し、立ち上がる。その口元は、笑みを称えていた。
「ははっ……ええやんええやん。自信満々な所悪いけど、まだこっちにも『隠し技』が残っとるからなぁ。その誘い──付きおうたるわ!」
叫びと同時に、逆巻が駆け出す。
それにカウンターを撃つように要が拳を構えた。
両者の間合いが寸前まで詰まる。
──その時だった。
「お前ら! そこで何してる!」
部外者の声が工場内に響く。
逆巻も要も反射的に動きを止め、声のした方を振り返った。
ライトを手にした警官が、工場の入口に立っていた。
本作は【火・木・土】更新予定です。
よければブックマークや★で応援していただけると嬉しいです!




