第21話 逆巻く因果
逆巻の左手に白い光が出現し、瞬時に金属バットに変わる。
「っ!」
要が息を呑む。
避ける余裕もなく、そのバットが要の脇腹を叩いた。脇腹に軽い衝撃が走る。
次の瞬間、ギィィィンとバットから奇妙な音が鳴り、要が目を見開いた。
「ぐっ……う゛っ!」
要は苦痛に顔を歪め、脇腹を押さえて膝をついた。
「っ……うっ!」
要の身体がコンクリートに倒れ込む。
「要っ!」と素直の叫びが、がらんどうの工場に響いた。
今まで素直を守るため、能力者とそれなりに戦ってきたのだ。要には痛みの耐性がある。
それに、バットで殴られるとき、大した力は込められていなかったはずだ。
実際感じた衝撃は、小突かれる程度だった。なのに、耐えられなかった。
何かがおかしい。これは、表面的な痛みじゃない。
身体の奥に響くような、強烈な痛み。
まるで骨を砕かれた瞬間を、何度も何度も身体の内側で再生されているようだ。
「なんや神宮寺、その程度で膝ついてまうんか?」
上から声が降ってくる。要が脂汗を滲ませて睨みあげると、バットを手にした逆巻が、立って見下ろしていた。
「まだほ~んのちょっと返したっただけやで? 本番はこれからやろ。ほら、さっさと立てや」
挑発するように片眉を上げて笑い、しゃがみ込んで手を差し出してくる。
さっきまで満身創痍だったはずの逆巻の動作が軽やかだ。ダメージも若干回復しているように見えた。
「…………」
その手を借りて、要がふらふらと立ち上がる。
嫌な予感がしたのだろう。素直が声を張った。
「おい! もういいだろっ! 仲間同士なんだからその辺で──」
「仲間?」
ギロリと鋭い視線が素直を突き刺す。
あまりの圧に、素直はそれ以上の言葉を飲み込んでしまった。
「何が仲間やねん。ちゃんちゃらおかしい。俺とこいつはほんの一瞬目的が被っただけの相手。言うてみれば、高速走っててほんの数百メートル並走しただけのただの他人や。笑わせんなや」
なあ、神宮寺?
逆巻が要に視線を投げる。すると要は脇腹を押さえるのを止め、逆巻を静かに睨んだ。
「ほ~ん。ええ目しとるわ。そこだけは認めたってもええかもなぁ」
逆巻は肩に手を置き、コキコキと首を鳴らす。
「えらいボコボコにされてもうたからなぁ~。こっからは張り切らせてもらうわ」
要に好戦的な笑みを向け、バットを構えた。
「ほな、本番行くで!」
声とともに逆巻が踏み出す。要は逆巻の動きを予測しようと視線で捉えた。
しかし、速かった。
あまりにも身軽で、軽快で、視認と思考をするには──あまりにも時間が足りなかった。
「おらぁ!」
目の前に迫った逆巻がバットで狙いを定め、まるで野球のバッターのように要へ目掛けて振り抜いた。
「っ!」
要が寸前のところで避ける。
どうにか間に合ったようだ。
要の背後にあった鉄骨の柱にバットがぶち当たる。
ギィィィンと嫌な音を立て、鉄骨が真っ二つに折れ、砕け、バラバラと落ちた。
それを見た素直と要の表情が変わる。
あのバットでの攻撃を食らったらまずい──そう直感で理解した。
「外したわ~。まあええか。まだまだい~っぱいあるからなぁ。なあ? 神宮寺」
ステップを踏むように逆巻が踵を返し、要に迫る。
「食らわんかいっ!」
逆巻が要の正面に迫り、バットを振りかぶる。
要はバットの挙動に意識を集中し、それを避けるように身を置いた。
しかし──。
バァン!
バットが地を叩く。
逆巻の身体が数メートル跳ね上がった。
「なっ!?」
要が驚いた顔で見上げる。
「神宮寺! これは喧嘩やで! 頭で考えんなっ!」
逆巻はにいと八重歯を見せて笑い、天井を蹴った。
バットを構えた逆巻がロケットのように加速し、要へ目掛けて落下する。
寸前まで迫られてようやく思考が追いつき、要が飛び退く。
ドガァンという衝撃音が地を揺らし、コンクリートの床に大穴が空いた。
「っ!」
強烈な砂埃が巻き上がる。素直は顔を覆ってそれに耐えた。
すぐ目の前に背中。一瞬身構えたが、すぐに要のものだと理解した。
砂埃が止み、逆巻の姿が現れる。
その姿を目にした二人は、目を見張った。
まただ。
ぼろぼろだった逆巻の身体の傷が、明らかに消えている。
額から止めどなく流れ出していた出血が止まり、固まって張り付いているだけになっていた。
「要、あいつ──」
「うん。明らかに回復してる。それにあのバットで殴られた時、ただ軽く小突かれただけなのに、肋骨が何本か折れた。それに痛みが強くて長かったんだ。異常なくらいに。まともに食らったら、俺の治癒能力でもどうにもならないかもしれない。もしかしたら、あいつの能力は──」
「なんや神宮寺、さっきまでの威勢はどうした? ちょろちょろ逃げてばっかおらんでかかってこいや!」
勝ち気な笑みを浮かべ、逆巻が声を張り上げる。
それに応えるように、要が前へと踏み出した。
確かめなくてはいけない。逆巻の能力を割り出すために。
勝つためには──まずはそこからだ。
要は背筋を伸ばし、すっと左手を前に突き出す。
そして指先を揃え、挑発するようにくいと手招きしてみせた。
「さっきは俺ばかりが攻めてたからな。来いよ逆巻。返り討ちにしてやる」
本作は【火・木・土】更新予定です。
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