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第20話 儀式と因果

俺達は町外れにある廃工場に移動した。


廃工場の中は薄暗く、空気は埃っぽかった。

錆びた鉄骨と壊れた機械が無造作に転がり、だだっ広い空間に、足音だけがやけに響く。

周囲に人の気配はない。戦うには、ちょうどいい場所だった。


「エエ場所知ってるやん。ここなら暴れ倒しても問題なさそうやな?」


逆巻さかまきが上機嫌に言って、白い八重歯を覗かせながらこちらを振り返る。

その笑みは、やはり余裕と絶対的な自信が滲んでいた。


こいつ、よく分かんないけど強そうだ。

つーかなんで戦うことになってんだ? 味方同士じゃねえのかよ。


「素直」


声に振り返ると、かなめが俺をじっと見ていた。すぐに意味を察した俺は頷く。

すると要が俺の肩に手を置き、間髪入れず顔を近付けてきた。


「え?」


驚いている間に要の顔が目の前に来て、唇が重なる。


ちょっ! まさかここですんのかよ!?


当然のごとく、逆巻は俺達をぎょっとした顔で見ていた。


「なんや自分らっ! そういう関係かぁ!?」


「ちがっ……んっ!?」


要は構わず、俺の顎を掴んで舌を入れてくる。

反射的に逃げる俺の舌を、侵入してきた舌が追い回し、やわらかく吸い上げる。


キスの猛攻を受けながら、横目で逆巻を見る。

真っ赤になった顔を両手で覆ってるけど、指の間からがっつり俺達を見ていた。


人に見られながら深いキスって……いったいどういう罰ゲームだよ!?


羞恥心から、顔にどんどん熱が集まる。

恥ずかしさで目尻に涙が滲んで、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


「……っはぁ」


やっと解放され、全身の力が抜ける。ぼんやりしている俺を要は抱き寄せて、壁際に座らせた。


「神宮寺……そいつ、ダチとちゃうんかったんか?」


どぎまぎした様子で逆巻が問いかける。要は口の端についた唾液を舐め取って、逆巻を振り向く。


「友達だよ。今のは力を借りてただけだ。やましいもんじゃない」


要がきっぱりと言ってのけると、逆巻は動揺したまま、真っ赤な顔で答えた。


「の、能力のレンタルか。聞いたことはあるけど、ほんまにやってる奴おるんやな……まあええわ。じゃあ俺も、いつもの儀式させてもらうわ」


逆巻は第二ボタンまで開けたワイシャツの中に手を滑り込ませ、何かを取り出した。

どうやらロケットペンダントを着けていたようだ。開いて、中にある写真をじっと見つめていた。


「ばあちゃん。俺のかっこいい所──よう見とってや」


呟いて、ペンダントにそっとキスをする。

そしてヤンキーらしからぬ丁寧な所作で、ペンダントを胸元にしまった。


「さて、お互い準備は整ったってわけやな。ほなやるか。どっからでもかかってこいや。どんな弾(攻撃)でも打ち返したる」





要と逆巻──両者が対峙する。


動きを探るように睨む要とは対照的に、逆巻はバットを振り回し、上機嫌に鼻歌を歌っていた。


要は過去に一度、逆巻と協力関係にあったことがある。

その時は両者別れての戦闘になったから、逆巻の能力について、要は既知の情報がなかった。


先手を打ったのは要だった。


踏み出すと同時に、要の左の拳が逆巻目掛けて振り下ろされる。

逆巻は余裕の笑みでそれを見つめ──。


バキッ!


鈍い音がして、逆巻の頬にその拳がヒットした。

要の拳が頬を打ち抜き、逆巻が吹っ飛ぶ。


ガシャーン! と音を立て、逆巻の身体は瓦礫の中に突っ込んでいった。


「っ!」


素直も要も、驚きに息を詰める。

だって、あり得ないことが起きたのだ。

逆巻は反撃どころか、ノーガードで要の拳を食らったのだ。


「いったぁ~……神宮寺、ええパンチ出せるやんか」


砂埃の中で、逆巻の声がする。

その声色には、明らかな歓喜が含まれていた。


「でもな、全然足りひん。なあ、もっと頂戴や。俺が全部受け止めたるわ。もっと本気で、かかってこい」


砂埃の中で小柄な影がよろよろと立ち上がり、こちらに歩いてくる。

逆巻はぼろぼろの制服で、口の端に血を滲ませながら、挑発するように要をバットで指した。


要はそのバットをじっと観察する。


気がかりなのはあのバット。てっきりガードに使うかと思ったが、使わなかった。

きっとあのバットには、何か秘密があるはずだ。


要は様子を窺うように踏み出し、ジャブを打つ。


バキッ!


逆巻の腹に、要の拳がめり込む。またしてもノーガードだった。


「ぐふっ!」 と逆巻の口から苦しそうな声が漏れる。

違和感を覚えた要は、飛び退いて距離を取った。

逆巻は笑みを絶やさず、腹を擦りながらくつくつと声を上げる。


「痛ったいわぁほんま……でも神宮寺、さっきより加減しよったな? 何気にしてんねん。もっと本気で殴ってこいや」


腹を押さえながら、次を求めるように逆巻は手招きする。

だが要は、このまま迂闊に攻めるのは危険だと判断した。


逆巻の能力が全く読めない。攻撃をノーガードで受けているのは作戦であることは確かだ。

こいつの身体能力と身軽さなら、あの程度のパンチ、簡単に避けられたはず。

何か、情報が欲しい。


「そのバットは使わないのか?」


要が問いかけると、逆巻は不敵な笑みを浮かべてバットを肩にかけた。


「これが気になるんか? あー邪魔か。じゃあ消しといたるわ」


「なっ!?」


バットが光り、逆巻の手元から消失する。

要はそれを驚いた表情で見つめた。


「そっちが攻めて来んのなら、こっちから行くで!」


逆巻が踏み出す。要が咄嗟に腕でガードする。拳が要の腕にヒットし、要が反撃の蹴りを脇腹に叩き込む。


ボギッ! 


要の本気の蹴りが、逆巻の肋骨を砕く。逆巻が再び吹っ飛び、壁に背を打ち付ける。

その衝撃で、ガラガラとコンクリートの瓦礫が逆巻に降り注いだ。


「逆巻っ!」


素直がたまらず声を上げる。

しまったという顔で要が素直を振り返った。


咄嗟の反撃だったから、力の加減を誤ったのだ。

要は冷や汗を垂らしながら瓦礫の方を見る。するとその瓦礫が微かに動き、中から逆巻が這い出してきた。


「ははっ……ええで、それやそれ。俺が欲しいんは、そういうやつや」


口から血を吐きながら、逆巻はふらふらと立ち上がる。

制服は擦り切れ、殴られた頬も、蹴りでダメージを負った脇腹も、全く再生していない。

額からは血が流れ、ダラダラと顔を赤く染めている。どう見ても既に満身創痍だ。


「なあ神宮寺……もっと俺にくれや。こんなんじゃまだ──全然足りへんわっ!」


「っ!」


逆巻が要に迫る。要は半ば反射的に反撃し、逆巻がそれをまともに食らう。

攻防というには、あまりにも一方的だった。まるで要の攻撃を誘引するような動きだ。


攻めているはずの側が攻撃を食らい、防ぐ側が反撃という名の攻撃をしている。


「もっとや! もっと全力で来い! 俺のこと──殺す気でヤらんかい!」


逆巻はぼろぼろになりながら笑う。身体中に降り注ぐ打撃を、痛みを、心底愉しむかのように。

狂気に瞳を輝かせ、要に迫り続けた。


「逆巻いい加減にしろ! これ以上は──」


「なんや泣き言か!? お前が負けってことでええなら止めたるわ!」


「っ!」


バキッ!


要の一撃が逆巻の頬を叩く。ついに逆巻は倒れた。

今までのように立ち上がる気配がない。終わったのだろうか。


確認のため、要は肩で息をしながら歩み寄る。

逆巻はぐったりと横たわり、ぜえぜえと浅い呼吸を繰り返していた。目を閉じている。どうやら意識を手放したようだ。


「逆巻、お前──」


治療のため触れようと手を伸ばす。その瞬間──。


がっと乱暴に手を掴まれた。


「なっ!」


身を引く余裕もなくそのまま胸ぐらを掴まれ、ぐんっと引き寄せられる。

逆巻の見開かれた目が、目の前にあった。ぞくりと要の背筋に恐怖が走る。


――まずい。


要の本能が警鐘を鳴らした。


逆巻は待ちわびたかのように要の胸ぐらを掴んだまま、狂気の笑みを浮かべた。


「神宮寺。因果応報って知ってるか? 悪いことしたら悪いことが、ええことしたらええことが返ってくる。お天道様が俺達に決めたルールや。やからな、神宮寺。お前が俺にくれた分──今から全部返したるわっ!」



本作は【火・木・土】更新予定です。


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