第18話 発見と発動
通報から数分後、パトカーと救急車が来た。
野次馬が集まりだし、黄色いテープで道が塞がれ、現場検証が始まる。
通報した当の本人である俺達は、警察の指示で現場から少し離れた所で待機していた。
「素直……大丈夫?」
「え、ああ……うん」
心配そうに俺の顔を覗き込んだ要にそう返したけど、大丈夫ではなかった。
死体発見の直後、「素直!」と要が俺の目元を覆ったけど、一瞬の光景が、鮮明に焼き付いている。
他校の制服を着た女子だった。茶色く染めた髪をポニーテールにしていて、スカートも短い派手な感じの女子。
俺が一番苦手な感じの子だ。
その子の白いワイシャツの胸の部分──ちょうど心臓がある場所が、楕円を描くように空洞だった。
何かに驚いたように開ききったあの濁った瞳が、忘れられない。
本物の人の死体なんて、初めてみた。
ドラマや映画が作り物なんだって、本物を見たその時、嫌でも実感した。
大きな手が俺の肩をそっと撫でて、要の顔を見る。心底気遣うような瞳が、俺だけを映していた。
「警察も来たことだし、帰ろっか」
「……そうだな」
要の手を借りて、立ち上がろうとすると──。
「君たち、ちょっといい?」
声に顔を上げる。スーツを着た優しげな顔つきの男の人が、俺達を見下ろしていた。
たぶん刑事なんだろう。刑事らしからぬ丸っこい瞳と、焦げ茶色の短髪。刑事さんが、俺達を気遣うように声をかけた。
「君たちが第一発見者だよね? 悪いんだけど、少しだけお話、聞いてもいいかな?」
俺達はそのままパトカーで警察署に連れて行かれて、部屋に案内される。
灰色の机とパイプ椅子、デスクライトだけが置かれた部屋、いわゆる取調室だ。
どうやら俺達は、これから取り調べってやつをされるらしい。
案内した警察官が部屋を出ていき、俺と要だけが残された。
カチ、カチ。無機質な沈黙で満ちる部屋に、壁時計の秒針だけが妙に響く。
なんでこんな所に通されたんだ? 話を聞くだけなら、その辺の交番でも良かったんじゃないか?
もしかして俺達……犯人だと疑われてる?
どうしよう。芋づる式に俺の壊す能力がバレたりしたら──。
手のひらに汗が滲んで、隣に座っている要をちらりと見る。すると要も俺を見た。
「大丈夫だよ素直。俺に全部任せて」
要はにこりと微笑んで、俺の手を握る。
その温かい体温に、少しだけ緊張が和らいだ。
ガチャと扉が開く音がして、俺達はそちらを見る。書類を手にして、さっきの丸っこい瞳の刑事さんが入ってきた。
「いや~こんな所連れてきちゃってごめんね? 君たち学生さんだよね。明日学校でしょ? すぐ終わらせるからね」
笑顔を浮かべたままぺこりと会釈し、刑事さんが俺達の正面に座る。
大人なんだろうけど、かなり若く見える。20代前半くらいだろう。
もしかしたら、新人警官なのかもしれない。
じっと観察していると目があう。慌てて視線を逸らそうとすると、刑事さんはにこりと微笑んだ。
「緊張してるよね? 良かったらこれ、食べて」
刑事さんがポケットから何かを取り出し、机に置く。それはコンビニで売ってるような、個包装のいちごミルクの飴2つだった。
「……ありがとうございます」
せっかくだし、受け取らないと失礼だよな。
緊張したままぎこちなくそれを一つ取って、包み紙を開ける。口に放り込む寸前、ふと隣を見る。
要は表情を引き締めたままで、飴に手を伸ばさなかった。
俺も何となく食べるのをやめて、包み紙に戻してポケットに突っ込んだ。
「紹介が遅れたね。僕は雨宮優人。今日君たちの聴取の担当をさせてもらう刑事です。よろしくねっ」
無邪気な笑顔で雨宮さんが手を差し出してくる。
握手しようってことか? なんか、取り調べって思ってたよりフレンドリーな感じなんだな。
俺も手を出して、雨宮さんの手を握ろうとする。
だけど、俺達の手が触れ合う寸前──。
ぱしっと、要が雨宮さんの手を握った。
「っ!」
雨宮さんが驚いたように目を見開く。要はそんな雨宮さんを鋭い目で観察していた。
やがて、二人の手が離れる。
「……なんだ、これは」
雨宮さんはそう呟きながら眉間を寄せ、こめかみをそっと押さえた。なんだか辛そうだ。
「あの……大丈夫ですか?」
声をかけると、雨宮さんはハッとしたようにこちらを見て微笑んだ。
「あははっごめんごめん……じゃあさっそくだけど、お話聞かせてもらうね」
雨宮さんは仕切り直すように懐から手帳を取り出し、ペンを手にした。
手帳の表紙には、何やらファンシーなキャラのシールがたくさん貼ってある。そのキャラに見覚えがあった。
これ、人気Vtuberの星空コスモのシールだ。
じっと手帳を見ていると、その視線に気づいた雨宮さんが自分の手帳の表紙を見て、慌てたように声を上げた。
「あっごめん間違えたっ! これはプライベートで使ってるやつっ!」
顔を赤らめて手帳を懐にしまい、今度は黒革のシックな手帳を出す。俺は思わず問いかけた。
「星空コスモ……好きなんですか?」
「え!? きみっコスモちゃん知ってるの!?」
雨宮さんがキラキラした目で身を乗り出す。俺はあまりの反応の良さに若干引きながら答えた。
「まあ、クラスの奴らが話してるの聞いて、知ってるだけですけど……」
「そっかあ~やっぱり高校生にも人気なんだぁ。やっぱりコスモちゃんはすごいなぁ~……あっよかったらこのステッカー、君に一個あげ──」
「聴取を進めてくれませんか? 俺達明日学校があるので、早く帰りたいんです」
冷めた声でぴしゃりと要が言う。雨宮さんはハッとして、恥ずかしそうな笑みを浮かべて頭を掻いた。




