第15話 ボンボンとヤンキー
放課後、俺達は要の家へと向かった。
「すぐ出てくるから、何かあったらすぐに電話して」
「わかったわかった。いいから行ってこいって」
そう言ってるのに、要はまだ心配そうな顔で俺を見る。
ふいに要が近づきてきて、俺の前髪を持ち上げる。なんだ? と思って見上げると、額にキスされた。
「念の為にプロテクト掛けといた。なんかあったら、すぐ駆けつけるから」
「おま……こういうの外でやんなよ。勘違いされんじゃん」
念のため周囲を見回す。幸い人はいない──と思ったら、門の内側に執事らしき人が待機していた。しかもがっつり見られてた。
執事さんと目が合う。上品な丸眼鏡に白髪を束ねた老紳士。
銀縁眼鏡の奥の目が、どこか穏やかに細められた気がした。
……いや、気まずすぎるだろ。俺、もう二度と要の家に行けない。
「じゃあ素直、いい子で待っててね。勝手にどっか行かないでよ?」
「ガキ扱いすんな!」
要はへらりと笑みを浮かべて手を振る。
門の脇にいた執事さんが門を開いて要を招き入れ、白い石畳の道を二人で歩いていった。
門の前に立ち、改めて要の家を眺める。
高い鉄柵の向こうに、広大な庭園が広がっている。
綺麗に整えられた芝生に、噴水。季節の花が並ぶ遊歩道。その奥には、もはや屋敷というより美術館みたいな白い洋館が建っていた。
でかい。というか、意味が分からない。
「改めて思うけど……これ、ほんとに個人の家かよ?」
「ほんま、でかい家やなぁ」
ふと隣から声、見ると金髪が目に入った。
隣に立っていたのは、制服を着た男子だった。
赤のネクタイをしているが、首元にかなり余裕を作った状態でぶら下がっていた。
ワイシャツの裾は完全に出していて、スラックスは足首が見えるくらい折り上げている。かなり着崩した制服の着方だ。
顔を見る。意思の強そうな吊り目で、着崩した制服に負けないくらいに派手な顔つきをしていた。
ブリーチしたであろう金髪の根本は、黒い髪が数センチ生えてきている。
やば、どっからどう見てもヤンキーだ。
「こりゃあえらい金持ちのボンボンが住んでるわ。こういう家に産まれた御曹司様っちゅうんは、俺ら庶民の苦しみはな~んも知らんと、ぬくぬく守られて、穏やかな生活して死んでくんやろなぁ。羨ましい限りや──なあ? 坊主」
頭の後ろで腕を組みながら、ヤンキーが俺の方を振り向く。
誰なんだ、こいつ?
「坊主って……もしかして俺に言ってる?」
「坊主やろ? 見た感じ中坊みたいやし」
「俺は高校生だっ!」
思わずそう声を張り上げた。
だって見た感じ、背丈はこっちがギリ勝ってる。
あんたの方がずっと中坊っぽいだろ! と言ってやりたかったけど、怖かったので止めておいた。
「魂の話をしてるんや。自分なあ、ガキ臭さが顔によう出とる。俺には苦労も世間も恥も知らんケツの青いガキにしか見えへんで。この家のボンボンと同じように、誰かに守ってもらってぬくぬく幸せに生きてきたんやろなぁ?」
「……あんたに俺の、何が分かるんだよ」
記憶のないまま始まった学校生活。離れてった友達。俺の能力のせいで喧嘩が増えた父さんと母さん。今まで壊してきた、色んな物。
自分の過去を思い出して、拳を握りしめる。
睨みつけると、ヤンキーは八重歯を見せ、余裕の笑みでこっちを見つめ返してきた。
「ええよなぁ。守られてるやつは。取りこぼす痛みも、どんだけ努力しても、自分ではどうもできひん絶望も、知らんで済むもんなぁ? まっせいぜいそのまま、誰かに守ってもらって生きてけや」
またな。
そう言ってヤンキーは踵を返し、去っていった。
「……何だったんだよ。あいつ」
つーかなんで要の家の前なんかに。もしかして、知り合いか? ……まさかな。
「ごめん素直っ、遅くなった!」
声に振り返ると、要が荷物を抱えてこちらに走ってきていた。
「いや、遅いどころかめちゃくちゃはえーよ。さっき門入った所じゃねえか」
「じいやが全部準備してくれてたんだ。ねっじいや?」
要が振り返ると、そこにはさっきの老紳士風の執事さん。
「ご紹介が遅れました。素直様。わたくし要坊っちゃまの付き人。藤堂と申します。以後お見知り置きを」
執事さん改め藤堂さんが、丁寧な所作で俺に向かって頭を下げる。俺も慌てて頭を下げた。
「安心して素直。じいやはこの家で唯一まともな人なんだ。俺が素直の家に泊まってる2日間。家の人達に上手く誤魔化してくれてたみたい。じいやに任せておけば、俺の家の人間が素直の家に来る心配はしなくて大丈夫だよ」
「要坊ちゃまのご命令とあらば、いくらでも」
「あ……あざます」
ぎこちなく感謝を述べつつ、「やっぱ要が俺の家に泊まんの、大問題なんじゃねえか」と内心突っ込むしかなかった。
家に帰って荷物を置いて、足りない日用品を買いに、俺と要は近所のショッピングモールへ向かった。
「素直とショッピングモール来るの久々だね」
「そうだな」
「あ、このコップかわいい! 見てよすなおっ」
キラキラした目をして要がマグカップを手に取り、俺に見せてくる。
なんとも微妙な顔をしたカエルがでかでかとプリントされたマグカップだった。
人気が無いのだろう。70%オフのシールが貼られていた。
こいつ色々完璧なくせに、こういうセンスは壊滅的なんだよな。
「どうしたの? 素直」
「いや、なんでもない。それがいいなら、買えばいいんじゃね?」
「へへ、じゃあこれにする~。素直はなんか買うのある? ついでに買うよ」
「俺はいい」
「じゃあレジ行こっか」
マグカップを手に上機嫌な要とともにレジに向かう。
「お支払いは何にされますか?」
「カードで」
要が財布から真っ黒なカードを出す。店員さんが目を剥いた。
「それはっ……センチュリーカード!?」
驚いたように声を上げ、要の顔とカードを視線で往復し、店員さんが改まったようにそれを受け取った。
いつもそうだ。要がこのカードを出すとこの反応。
なんか珍しいカードなのか、これ?
「へへ、可愛いマグカップ買えちゃった~これからはこのマグカップでコーヒー飲まなきゃだ」
「……よかったな」
隣でウキウキな要を眺めながら、俺はさっきのヤンキーが言った言葉が引っかかっていた。
俺は要に守られてる。
あの金髪ヤンキーは気に食わないけど、それは事実だ。
俺はこれからもずっと、要に守られて生きていくのか?
本当に、それでいいのか?
やっぱ俺も、戦えるようになった方が──。
「ねえ、あの人かっこよくない?」
ふと向こうから歩いてくる女子の声が。耳に届いた。
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