第14話 キスは習慣に入りますか?
「ん……」
深い眠りから、意識が覚醒する。
身体がだるい。まだ眠ってたい。でも……今何時だ?
確認するために、重いまぶたをどうにかこじ開けた。
すると、目の前に壁が現れる。
というか、俺の身体は、毛布とは違うぬくもりに包まれていた。
なんだこれ、すげーあったかくて、気持ちいい。温もりを発している目の前の壁に、猫みたいに顔を擦り寄せる。
嗅ぎ慣れたいい匂いがして、余計に落ち着いた。
もっと欲しくなって、抱き寄せる。妙に固くてでかい。なんだこれ。
どうやらこれは、抱き枕では無さそうだ。
じゃあ、これは……いったいなんだ?
「おはよ、素直」
「え……要!?」
降ってきた声に顔を上げ、驚く。要が嬉しそうに俺を見下ろしていた。
どうやら俺が顔を擦り付けていたのは、要の胸板だったようだ。
慌てて飛び起きて、俺は叫んだ。
「おっおまっ何やってんだよっ! なんで俺のベッドに!?」
「え? 昨日素直が『俺にベッド譲る』って自分で言ってたじゃん。覚えてないの?」
寝る前の記憶を必死で思い出す。
そうか。昨日は俺達、道也と戦って、その後くたくたになって俺んちに帰って、「助けてもらったから、ベッドはお前に譲ってやる」って話をした気がする。
「確かにそうだったけど……じゃあなんで、一緒のベッドで?」
「それも素直が途中でトイレ行った後、勝手に入ってきたんじゃん。あれ、もしかして無意識だったの?」
「……まじかよ」
全く覚えてない。何やってんだよ俺は。
とりあえず起きて、二人で朝食を食べる。
俺の隣でトーストをかじってる要に、気になっていたことを聞いた。
「2日も外泊したんだろ? 親、大丈夫なのかよ」
要は俺に言われてようやく思い出したように答えた。
「そういえば、着信が100件くらい来てたな。その後も電話きてたみたいだけど、電源切れちゃったから分かんない」
「はあ!? やべーじゃん! 絶対怒られるやつだろそれっ!」
「大丈夫だよ。今日荷物取りに帰るついでに、顔見せるからさ」
「荷物取りに帰るって……どういうことだよ?」
「俺、これからしばらく素直の家に泊まるよ」
「はあ!?」
「できるだけ一緒にいた方がいいと思うんだ。昨日素直が言ってたことが事実なら、これから何があるか、分かんないから」
連続殺人事件の犯人は別にいる。
昨日俺は要にそう告げた。
確かに、真犯人が俺の心臓を狙って現れる可能性はかなり高い。
でも──。
「この部屋、広めとはいえワンルームだぞ? 二人で暮らすには狭すぎるだろ。それに……プライベートとかさ」
「素直は俺が家に泊まるの……嫌?」
要は途端にしゅんとした顔で俺を見る。
まるで飼い主にこっぴどく叱られた大型犬みたいなその表情に、罪悪感がちくりと胸を差す。
まあ、要だって、ふざけて言ってるわけじゃないんだよな。
実際、今までこいつ、俺の事をずっと守ってくれてたわけだし──。
「まあ……俺は別にいいけど」
要の顔が、ぱあと音がするほど明るくなった。
「ほんと? じゃあ放課後一緒に荷物取りに行こう!」
「は? 俺も行くのかよ?」
「当たり前だよ。素直を守るために一緒に住むのに。離れちゃったら意味ないでしょ?」
「そりゃそうだけどさあ……」
要は有名な財閥の息子だ。もちろん家も街で一番の大豪邸なので、行くのに気が引ける。
ほぼ顔を合わせたことないけど、なんか俺、要の両親に嫌われてそうだったし。
「俺、家の前で待ってるよ。それでいいだろ?」
「わかった。じゃあすぐ荷物出せるように、じいやに連絡しとくね」
活き活きとした顔でスマホを取り出し、要は連絡しはじめた。
「お前、やっぱ楽しんでるだろ」
「うんっ! だって素直んちに毎日お泊まりでしょ? これから徹夜でゲームし放題じゃん!」
「……はぁ」
やっぱり目的はそれかよ。
仕方ないとはいえ、先が思いやられる。
二人で登校して、昼休み。
屋上のいつもの場所で弁当を食べていると、要が切り出した。
「素直。あいつが連続殺人事件の犯人じゃないって、どうして分かったの?」
当然の疑問だ。だから俺は答えた。
「道也と繋がった時に流れ込んできたんだ。最近のあいつの行動の断片とか、過去とか、その他の色々。それを見て確信した──あいつは、人を殺したことがないって」
「へえ……そんな深いとこまで、繋がったんだ」
要の表情に、陰が落ちる。
手に持ったペットボトルを握りしめ、ぱきりと軋ませていた。
「お前さ。昨日から、なんか怒ってる?」
「怒ってないよ」
「怒ってんじゃねえか」
要の横顔は、やっぱりどこかムスッとしている。
珍しいな。要がこんな感じになるの。
物珍しさから見つめていると、要が顔を近付けてきた。
「素直、キスしていい?」
「はあ!? なんで急にっ」
「万が一に備えて、習慣にしておいた方がいいと思うんだ。これから俺達、そういう機会が増えるし」
「それはまあ……そうかもだけど」
これからも能力者が俺を狙ってくるなら、その度に要は戦うことになるわけだし。正論ではあるか?
俺も別に、要とキスするの、嫌ではないし。
「いいけど……それって、昨日みたいな深いやつ?」
要は表情を緩め、くすりと笑った。
「軽い接触でいいよ。あんまり深くすると、素直の消耗が激しくなっちゃうし」
「つーか、キス以外で力分ける方法ないのかよ?」
「一番効率いいのはもっと身体の内側にある体液──血液とかなんだけど、戦う度に素直を傷つけるわけにもいかないし。これが俺達にできる最大限の方法かなって」
「まあ、わざわざ痛い思いはしたくねぇな……」
「だからさ。ほら、目閉じて」
要が微笑みながら俺の頬に手を添える。相変わらず強引なやつだ。大人しく目を閉じるしかなかった。
呼吸が近づき、唇に柔らかいものが触れる感触。
触れた唇から、目に見えない何かが通うような感覚とともに、身体の力が微かに抜けた。
頭がぼんやりして、思考が鈍る。
なんだろう。やっぱりちょっと、気持ちいい。
そんな事は、死んでも言えないけど。
唇が離れて目を開ける。長い睫毛が、すぐそばで瞬いた。
「疲れてない?」
「うん。このくらいなら……全然大丈夫」
「そっか。じゃあこれからは、毎日キスしよう」
「えっ、まじか」
「嫌?」
「嫌ってわけじゃないけどさあ……」
改めて思うけど、友達同士でキスするって、どういう状況だよ?
今回から第二章スタートです。これからもよろしくお願いします。
本作は【火・木・土】更新予定です。
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