第12話 奪われた過去②
「おいっ! こいつを納屋に閉じ込めとけ!」
全てが終わった後、お父さんがお母さんに怒鳴りつける。
もう歩く元気もないボクを、お母さんはだっこして、納屋に運んだ。
「ごめん……ごめんね道也、痛かったね……苦しかったね……」
横たわるボクの前で、お母さんはうずくまって泣いていた。
だからボクは、力を振り絞って起き上がる。
「大丈夫だよおかあさん。ボク……全然だいじょうぶ」
安心させたくて、笑顔を作る。表情を変えたら、腫れた頬に痛みが走った。
「道也……!」
お母さんがボクを抱きしめた。
洗剤のいい匂いがボクを柔らかく包む。その胸に、ボクは顔を埋める。
ボクはお母さんに抱きしめられるのが大好きだった。すごく安心した。
お父さんにどれだけ酷いことをされたって、この瞬間があるから、ボクは耐えられた。
「聞いて道也。あなたはぐずでものろまでもない。賢くてしっかりした、とってもいい子。お父さんだってきっと、その事をホントは分かってるの。ただ今は、お仕事が上手くいかなくて、ああなってるだけ」
分かってあげてね。
優しい手のひらが、ボクの濡れた髪を滑る。
うん。分かってるよ。おかあさん。
ボク、ちゃんと分かってる。我慢もできる。
でも──いったいいつまでボク達、我慢すればいいの?
地獄みたいな日々は、ある日突然呆気なく終わった。
不審に思った近所の人が、警察を連れてボクの家に来たのだ。
ボクはお父さんとお母さんから離れて、保護されることになった。
おとうさんはどうでもよかったけど、ボクはおかあさんと離れたくなかった。
当然暴れた。抵抗した。
でも子どもの力だ。そんなの全然意味がなかった。
「おかあさんっ! おかーさん!」
「みちやっ!」
お母さんが警察の人を振り切ってボクのとこに駆けてくる。
ぎゅうと、今までで一番強く抱きしめられた。
「道也……ああ道也。ごめんね。今までいっぱいつらい思いさせて、ごめんなさい……おかーさん。絶対、ぜったいに道也を迎えに行くから……その時までこれ、大事に持ってて」
お母さんは着けていたペンダントを外し、ボクの手に握らせた。お母さんがずっと着けていたペンダントだ。
ペンダントには、お母さんの温もりが残っていた。
「これはね。お母さんのお母さん……おばあちゃんからもらった、大切なペンダントなの。これを身に着けてるとね、不思議と守られてる気がしたの。だから……きっと道也のことも守ってくれるはずよ」
お母さんがボクの首に手を回して、ペンダントを着ける。
ボクの胸元で、乳白色の石が光をやさしく反射した。
「道也」
お母さんがボクの両肩に手を置いて、しっかりと目を見つめた。
「いい、道也。あなたはこれから幸せになるの。今までつらい思いしてきた分。楽しいことがたくさん待ってる。誰にも気を使わなくていい。怯えなくていい。これからは──自分を一番に大切にしながら、生きなさい」
「……おかあさん」
パトカーに乗るその瞬間まで、お母さんは泣きながらボクを見ていた。
笑わせてあげたかったけど、いつもみたいな笑顔なんか、作れなかった。
「おかーさんっ! やだっ……置いていかないでっ! 一人にしないでぇ!」
涙で滲んで見えなくなる。
お母さんを乗せたパトカーが見えなくなるまで、ボクはおかあさんを呼び続けた。
それからボクは施設に入った。
お父さんの暴力からは解放されたけど、ボクはお母さんがいなくて寂しかった。
さみしくてさみしくて、ボクは毎晩布団の中で泣いた。
こんな事なら、家にいた方がマシだと思った。
そんな時は、お母さんがくれたペンダントを握りしめて耐えた。
絶対に迎えに行くから。
お母さんはそう言ってくれた。だからボクは、お母さんが迎えに来てくれるのを待った。
でも、いつまで経ってもお母さんはボクを迎えには来なかった。
中学生になって、待ちきれなくなったボクは、施設に外出の許可を取って自分の家に向かった。
夜なのに電気がついてなかった。
インターホンを何度押しても、誰も出ない。
掛かってたはずの表札も掛かってない。
ボクの家は、空き家になっていた。
それでもボクは待った。
高校生になっても、お母さんはボクの顔を見に来ることはなかった。
そこでボクは、ようやく気づいた。
ああ、ボクは捨てられたんだ。
お母さんにとってボクは、いらないもの。邪魔なものだったんだと。
「あはは、」
乾いた笑いが、口から漏れた。
あの日からずっとつけっぱなしだったペンダントを外し、見下ろす。
ボクの手のひらの上で、あの頃と変わらないきらめきが、やさしく反射した。
お母さん。分かったよボク。
別れの時にお母さんが言った言葉の意味──ようやく理解した。
ボクはもっと、自分を大切にするべきだったんだ。
裏切られるのなら、裏切ればいい。
捨てられるのなら、捨てればいい。
奪われるのなら──奪われる前に、奪えばいい。
バキン。
手のひらに妙な感覚が走って、ペンダントの石が割れる。
それを見た瞬間、ボクは全てを理解し、笑った。
「ボクはこれから、自分だけを大事にして生きていく。もう誰にも何も奪わせない。この世の全てを──ボクは奪う」




