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第13話 修復する想い


ハッと意識が戻る。


目の前にはすすり泣いている男──道也みちやがいた。


こいつにまさか、あんな過去があったなんて。

嗚咽に揺れる肩に、そっと手を置く。


「道也」


名前を呼ぶと、ビクリと身を震わせて、長い前髪の隙間から道也が見上げる。

その瞳は、ひどく弱々しい色をしていた。


「……キミ、どうしてボクの名を?」


「よく分かんないけど、流れ込んできたんだ。あんたの過去が」


「……境界を、『壊した』のか」


道也の言葉で、腑に落ちる。

そうか、さっきのは、俺の壊す力が発動したってことだったのか。


「まだ持ってるんだろ? ペンダント」


少しの沈黙が流れ、道也が首を横に振る。


「持ってないよ。捨てたんだ、あの日全部捨てた。母さんも……ペンダントもね」


道也が視線を逸らす。

その瞳をじっと覗き込み、俺は確信した。


「嘘だな」


道也の肩が、分かりやすくぴくりと揺れる。その肩を掴んで転がし、懐を探る。

それを見た要が声を上げた。


「おい素直っ!」


「──あった」


ジャケットの内ポケットの中──そこには割れたペンダントが、小袋に入った状態で入っていた。


「……捨てられるわけ、ないよな。だってこれは──お前とお母さんを繋いでたものだろ?」


図星を突かれたように、道也の瞳が大きく見開かれる。


「捨てたつもりで、捨てきれなかったんだろ。そうしないと耐えられなかったんだ。信じてたから。好きだったから。だから、憎むフリでもしないと、やってられなかったんだ」


「……お前なんかに、何が分かるんだよ」


「分からないよ。でも、想像することはできる。お前のことも、お母さんのことも」


「想像?」


「もしかしたら、来れない理由があったのかもしれない。本当はずっと、迎えに来たかったのかもしれない……恨むのはさ、それを確かめてからでも、遅くないんじゃないか?」


「確かめるなんて、どうやって……母さんと離れてからもう、10年も経ったんだ。母さんが今どこにいるのかすら、わからないのに」


ペンダントを袋から取り出し、要を振り返る。


「要、これ、直してやってくれない?」


「……それは、」


「お願い」


「……わかった」


要の指先がペンダントに触れる。

割れた石が、ゆっくりと光を取り戻していく。


欠けていた輪郭が、まるで最初からそうであったみたいに、滑らかに繋がる。


道也はその様子を、驚いたように目を見開いて見つめていた。


ペンダントを道也に返す。道也はそれを、そっと握った。


「壊したってさ、直せるんだ」


「俺もたくさん壊して、たくさん離れてって、たくさん後悔した。でも──壊しても壊しても、ずっとそばにいてくれる奴がいるんだって。それが分かって、安心したんだ」


要を見る。そのひたむきな瞳は、いつだって俺だけを映してる。

迷いはなかった。こいつなら大丈夫だって、そう言い切れる。


「あんたは全部壊しちゃう俺とは違う。『奪えるんだ』。お母さんと一緒にいるはずだった未来をさ、奪っちまえよ。お前にはそれが出来るって、俺──信じてるよ」


ハッとしたように、道也の表情が崩れる。

そして満身創痍の身体で立ち上がり、俺達に背を向け、歩き出した。


「これからどうするんだ?」


その背に問いかける。道也は答えた。


「気長に探してみるよ。そうしていれば、きっと死ぬまでには……会えるだろうから」


ぼろぼろの身体で、足を引きずりながら道也は歩いていく。


「素直」


ふいに俺の名前を呼んで、道也が立ち止まる。


「なんだよ、道也」


答えると、道也は背を向けたまま、片手を上げた。


「いつかまた、どこかで」


その背中が、遠く小さくなっていく。


俺と要は、何も言わずにそれを見送った。




一件落着ということで、二人で歩いて帰る。

お互い服も身体もぼろぼろで、満身創痍。足音だけが、夜道にやけに響いた。


「あのまま逃がしちゃってよかったの? 俺の力を使えば、二度とあいつを俺達に近付けないよう『治す』こともできたのに」


「大丈夫だよ。道也はきっと、もう誰も傷つけない。なんとなく分かるんだ」


「……あいつのこと、名前で呼ぶんだ」


「要、なんか怒ってる?」


「別に」


要がぶっきらぼうに言って視線を外す。

やっぱり、なんか怒ってそうだ。


「素直は優しすぎるよ。命を狙われたんだ。もっと警戒しなきゃ」


「……それは、そうかもな」


「そういえばさ」


「ん?」


要が何度か口を開きかけて、閉じる。

そして手の甲で口元を隠しながら、ようやく言った。


「さっきの、ファーストキスだったよね。仕方なかったとはいえ……ごめん」


「ファーストキス?」


さっきの事を思い出す。そういや俺、要とガッツリキスしたんだった。しかもディープなやつ。

途端に頬に熱が集まって、思わず視線を逸らす。


「あ、あれはまあっ……ほら、ほんとにしょうがなかったし……まさか初めてのキスが、血の味になるとは思わなかったけどさ」


「俺が相手だったことは、別にいいんだ?」


「まあな。むしろ下手な相手とするより、要が相手でよかったかも」


あれ、俺、かなり変なこと言ってるかも。


ちらりと要を見る。なぜか妙に嬉しそうな顔で、目を輝かせて俺を見ていた。


「じゃあさ……もっかいしとく?」


「はあ!? するわけねえだろ!」


「冗談だよ冗談っ」


あははっと要がいつもの調子で笑う。

俺はその笑顔に妙に安心した。


「つーか、お前の方こそよかったのかよ。初めてがこんなわけわかんねえ状況でさ」


「全然大丈夫。俺、初めてじゃなかったしさ」


「は?」


要の口から飛び出た言葉に、思わず目を剥く。要は目を細め、意味深に俺を見つめていた。


意外だ。つーかいつの間に? 俺が知らない間に彼女ができてたのか?


「相手、彼女とかか?」


「へへ……ないしょっ」


口元に指先をそっと押し当て、要は意味深に微笑む。


「もしかして、今も彼女いんの?」


「いないよ」


「なんだよそれ……まあ、別にいいけどさ」


彼女がいたのかどうかは分からないけど、そういう経験を俺に隠していたことに、少しもやもやしてしまう。

別にそういうの、隠さず俺に言ってくれればいいのに。

まあ、女子とまともに接したことないから、相談とかは乗れないんだけど。


「でも、まさか素直があいつを見逃すって選択をするとはね。連続殺人犯だし、警察にでも突き出すのかと思ってた」


「……その事なんだけどさ」


声のトーンを少し落として、俺は続ける。


「さっき道也と繋がった時、分かったことがあるんだ」


「分かったこと?」


「連続殺人事件の犯人さ──道也じゃない」


確信を持ってそう言い切ると、要が驚いたように目を開いた。





ビルの屋上。二人を見下ろす気配があった。


夜の闇に浮かぶ金髪。着崩した制服。そして、手にした銀色のバット。


少年は白い八重歯を覗かせ、にいと笑う。


「なんや神宮寺じんぐうじ。おもろい隠し球持っとるやんけ」


少年が手にしているバットを地に叩きつける。


ギィィィン、と耳障りな音が周囲に響いた。


「まっ、あんまちょーし乗らんように、この辺でいっちょシメといたろか。この逆巻隼人さかまきはやと様が──まとめてしばき倒したるわ!」


ここまで読んでくださりありがとうございました。第一章は今回で完結です。

余談ですが、道也がお母さんに貰ったペンダントはマザーオブパールです。


本作は【火・木・土】更新予定です。

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