第八十九話 そのままでちゃんと近い
朝の登校。
玄関を出た瞬間、
琴葉「よし!!!
学校!!!
行くぞ敦!!!!」
敦「朝から声がでかい!」
琴葉「人生最高の朝なんだから仕方ないだろ!!」
その勢いのまま、琴葉は歩き出す。
歩幅は大きく、足取りは軽い。
——でも。
敦は、ふと気づく。
二人の距離。
肩は触れない。
腕もぶつからない。
並んではいるけれど、ほんの半歩分の余白。
敦
横目で琴葉を見る。
琴葉は何も考えていない顔で、
朝の空に向かって大きく伸びをしていた。
琴葉「はぁ~~~!!
今日、全部楽しい気しかしない!!」
敦(……無意識か)
昨日は、あんなに近かったのに。
今は、完全に“外用”の距離。
手を伸ばせば触れる。
でも、触れない位置。
無理してるわけでも、
我慢してるわけでもない。
ただ——
その方が琴葉が楽なだけ。
そして、その距離は、
昨日より遠く感じることはなかった。
敦
通学路。
A「おはよー」
琴葉「おはよう!!!!」
B「……今日、元気すぎじゃね?」
琴葉「え?普通だろ?」
敦(普通じゃない)
琴葉は誰に対しても明るい。
声も、動きも、テンポも全開。
でも——
敦の隣では、距離だけはいつも通り。
A「なんか今日の琴葉、テンションやばくない?」
B「何かいいことあったんじゃね?」
琴葉「毎日いいことだらけだぞ!!」
A「理由ふわっふわだな!」
敦(……気づかれてないな)
誰も、この二人が
昨日、恋人になったなんて思っていない。
敦(これが、琴葉の距離か)
校門が見えてくる。
琴葉は数歩先に出て、振り返った。
琴葉「敦!
早く!!遅刻するぞ!!」
敦「お前が先行きすぎなんだよ」
琴葉「え?そう?」
悪気も、意識も、ゼロ。
敦は小さく息を吐く。
敦(強いな)
無意識で守ってる距離。
だから、誰にも気づかれない。
でも——
その距離の内側に、
自分はちゃんと入れた。
昨日の夜を思い出す。
近さも、温度も、空気も。
——まあ。
それが琴葉だ。
敦(……大事にしよう)
校門をくぐる。
距離はよそ行き。
心は、もう恋人。
敦は、誰にも聞こえないように小さく笑った。
敦(焦らなくていい)
敦(琴葉が楽な場所で)
敦(少しずつでいい)
琴葉「なに笑ってんだ?」
敦「なんでもねぇよ」
琴葉「変なやつ!」
そのまま二人は教室へ向かう。
——誰にも気づかれず、
でも確かに、昨日とは違う朝。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この距離がちょうどいいです。




