第六十六話 無意識のほうが深く刺さる
夕方琴葉の家に行くと
部屋の中で女型琴葉が仁王立ちで待ち構えていた。
敦「……何やってんだ?」
何も言わずに敦の隣にツツツ……ッと寄ってくる。
近い。
ぴとっと、自然すぎる角度で敦の腕に体を寄せる。
敦「……近くないか?」
琴葉「え? そうか?」
首を傾けながら、腕にくっついたまま離れない。
声は一段、甘い。
琴葉「ねぇ敦……お願い。
甘い敦、もう一回だけ見たいなー」
上目遣い。
声のトーン。
距離。
完璧なはずの“作った可愛さ”。
――なのに。
敦「…………」
全く刺さらない。
微妙に眉が動いた。
だが敦の表情は変わらない。
ただ、困ったように視線を逸らす。
敦(……前と同じことやってるはずなのに)
敦(なんで分かるんだよ)
敦「……狙ってやってるだろ、それ」
琴葉「えっ」
敦「いや、頑張ってるのは分かるんだけどな……」
琴葉、内心で衝撃を受ける。
(効いてない!?
女型・最大火力なのに!?)
ふぅと息を吐き
力が抜けたように、その場に座り込む。
さっきまでの作った表情が消えて、
ただの琴葉に戻る。
琴葉「……ダメだったか〜……」
ぽす、と後ろに手をつき、
無意識に敦の膝に軽く肩が当たる。
避ける様子もない。
気づいてもいない。
敦「…………」
近い。
さっきより、ずっと近い。
でも――
何も狙ってない顔。
敦の喉が小さく鳴る。
敦(……なんで今のが一番効くんだよ)
琴葉はそのまま、
支えにするみたいに少し体重を預けた。
敦「……はぁ……」
観念したみたいに目を伏せる。
敦「……まぁ……分かった。一度だけだぞ」
琴葉の目が、きらきらきらっと一気に輝く。
琴葉「ほんと!? やったぜ!!」
――その瞬間。
空気が、変わった。
敦の立ち方が変わる。
琴葉を引き寄せる腕の角度。
逃がさないけど、乱暴じゃない距離。
もう一方の手が、琴葉の背に添えられる。
視線が落ちる。
強さ。
間。
敦(来る……)
甘さレベル四で殴られて追い出された“完成敦”が、今の敦に完全憑依。
耳元に、口元を近づけて。
敦「……そんな顔で頼まれたら、断れないだろ」
…………
琴葉「…………ッッッ!!!」
一気に顔が赤くなる。
琴葉「落ちる!
落ちる落ちる、落ちちまう!!
女型で聞くからっ!?
衝撃がビッグバン級だろ!!」
琴葉が部屋中ゴロゴロ転がりだす。
敦「宇宙誕生レベルの衝撃受けんな!?」
琴葉「誰でもない、敦だから効くんだ!!
でも効きすぎるのはマズい!!
封印だ、封印!!」
ビシッと指を立てる。
琴葉「妖刀・村正!!」
敦「扱いミスると全滅エンドだろ!!」
琴葉「敦と甘さと対応力。
混ぜるな危険!!」
敦「便所洗剤か」
琴葉「……」
一拍。
琴葉「……でもさ」
ポケットから携帯をサッと出す。
琴葉「……たまに聞き返したくなるかもだから、録音していいか?」
敦「……その動き、
琴葉母を思い出すぞ」
琴葉「気のせいだ」
にこっと笑って、
録音ボタンに指を置いたまま、じっと敦を見る。
――企み編、継続中。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
本物は、だいたい気づかないところにあります。




