第六十三話 足りないくらいでちょうどいい
数日前。
D「いいか。甘さは“やる”な」
敦「?」
D「置け」
敦「??」
D「視線。声。間。距離。
全部“置いてから動く”」
敦「意味がわからねぇ」
D「だが身についたら一生モノだ」
敦「いらねぇ」
D「もう持ってる」
敦「最悪」
D「自覚ないやつが一番危ない」
敦「何がだよ」
D「……相手が逃げられなくなる」
敦「は?」
ーーーーーーーーー
琴葉「最初は、何もおかしくなかった……」
ーーーーーーーーーー
【靴ひも編】(甘さレベル1)
朝。
廊下を歩いていた琴葉が、靴ひもを踏みかける。
琴葉「……あ」
敦、足元をちらりと見る。
敦「靴ひも。死亡フラグ立ってるぞ」
琴葉「ん?」
敦「ほどけてる。直せ。転ぶぞ」
琴葉「お、ほんとだ」
琴葉がしゃがんで結ぶ。
敦は何も言わず、横で待つ。
結び終わる。
琴葉「ありがと」
敦「礼はいらねぇ」
琴葉(……普通だな)
違和感は、なかった。
【プリント落とし編】(甘さレベル2)
翌日。
琴葉がプリントを落とす。
敦は無言で拾い、差し出す。
敦「はい」
琴葉「ありがと。……うん、いつも通り」
敦、すでに視線を外している。
琴葉(……早くないか?)
琴葉(……まあこんな時もあるよな)
まだ、普通。
【眠そう編】(甘さレベル3)
さらに翌日。
琴葉が眠そうに机に突っ伏している。
敦、視線を落とす。
敦「……ちゃんと寝ろよ」
一拍。
敦は自分の水筒を、机の中央に“置く”。
音がしない。
琴葉「……うん」
琴葉「敦って、こうだよな」
敦「…………」
敦
敦(今の)
敦(……置いたな)
敦(……無意識で)
敦(……師匠のクソ理論)
だが琴葉は、何も気づかない。
ただ少し嬉しそうだった。
琴葉「敦、今日もいい感じだな」
敦「……そうか」
琴葉「おぅ、いつも通り」
敦(……そうだよな……考えすぎか)
【完成度アップ】(甘さレベル4)
数日後。
放課後。
琴葉が考え事をして立ち止まる。
敦、二歩先で止まる。
振り返らない。
敦「置いてくぞ」
一拍。
敦「……来い」
声は低く、距離は一定。
琴葉、追いつきながら眉をひそめる。
琴葉
琴葉(今の、なんか……)
琴葉「……敦?」
敦「?」
琴葉、違和感に気づき始める。
琴葉(これ……普通じゃない……)
数日後。
女子の視線が、敦に吸われている。
クラス女子A「ねぇ……敦くんってさ」
クラス女子B「分かる。静かにしてる時、逆に目いくよね」
クラス女子A「余裕ある感じ。大人っぽい」
クラス女子B「前からあんな人だっけ?」
琴葉(……は?)
敦は何もしていない。
ただ、黙ってジュースを飲んでいるだけだ。
なのに。
琴葉(評価されるな。がさつ担当だろ)
琴葉(俺しか知らないやつだろ)
琴葉、ズンズンと距離を詰める。
床が鳴るほど、真っ直ぐ。
敦が気配に気づいて顔を上げる。
敦「……何だよ」
琴葉「……なぁ、敦」
声が低い。
琴葉「今の、お前」
敦「?」
琴葉「拾われてたぞ」
敦「意味が分からねぇ」
琴葉「……なんか……」
琴葉「……ツッコミ、薄くないか?」
敦「……必要ないかと思って」
琴葉「違う違う!!」
敦「何がだよ」
琴葉「敦は!!」
琴葉「もっと!!」
琴葉「“うるさくて!!”“鋭くて!!”“俺を刺してくる”やつだろ!!」
敦「言い方」
琴葉「最近の敦、完成度高すぎるんだよ!!」
敦「……褒めてる?」
琴葉「褒めてない!!」
琴葉「……それさ」
一拍。
琴葉「俺、いらなくなるだろ」
琴葉、一歩近づく。
琴葉「……戻れ」
琴葉「……俺の知ってる敦に」
敦「は?」
琴葉、拳を握る。
敦「おい、何する気だ」
琴葉「戻ってもらう」
敦「方法が物理なのやめろ」
バシッ!!
敦「痛ぇな!!何すんだよ!!」
琴葉(目を輝かせる)
「それ!!」
敦「殴るな!!普通殴らねぇだろ!!」
琴葉「敦だぁ〜〜〜!!!」
A「戻ったな」
B「うん、ちゃんと戻った」
敦「飛びつくな!!喜ぶな!!」
琴葉「うわ!懐かしい!この感じ!!」
敦「感動の再会みたいに言うな!!」
琴葉「やっぱこれだよな!」
敦「どれだよ!!」
琴葉、満足そうに笑う。
琴葉「敦はこれでいい」
敦「最初からこれだ」
A「結局さ」
B「甘さが行き過ぎると」
A「物理で修正されるんだな」
B「漫才ってそういうシステムだったか……」
敦「システム化するな!!」
琴葉「うん。でも……」
敦「まだ言うのか」
琴葉「優しいのも、嫌いじゃない」
敦「……調子乗るな」
琴葉「へへ」
敦「ツッコミ入れられて喜ぶな!!」
琴葉「それそれ!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
欲しいのは、そこじゃなかったりします。




