第六十二話 普通にやってるだけなのに
昼休み。
教室の隅。
敦は机に突っ伏していた。
敦(……先日からクラスの視線がやけに甘い気がする……)
その時――
スッ……と影が差す。
D「敦」
敦「嫌な呼び方するな」
D「君に話がある」
敦「ろくな話じゃないだろ」
D(真顔)
「“甘さ”が足りない」
敦「いきなり何の採点だよ!?」
D「先日の対決、覚えているな」
敦「忘れたい記憶ランキング上位だよ!!」
D「言葉の甘さでは俺が勝った。
だが――」
D、ゆっくり敦の肩に手を置く。
D「“二人の空気”に、俺は負けた」
敦「言い方が詩的すぎる!!」
D「つまりだ」
A「つまり?」
B「来たな“つまり”」
D「俺は“理論派の甘さ”。
だが君たちは“無自覚の実戦型”だ」
敦「無自覚って言ったな!?
今ハシゴ外したな!?」
A「今の一言で“才能枠”に放り込まれたぞ」
B「努力の逃げ場、消滅しましたー」
D(即・真顔)
「安心しろ。君は“努力していない”のではない」
敦「まだ救済の顔してるな……?」
D「“気づく前に成功している”だけだ」
敦「一番フォローに見えて一番残酷!!」
A「なぁB」
B「うん」
A「琴葉、今のセリフまったく理解してない顔だよな」
B「何も分かってない時の方が危険って何」
D(淡々と)
「理解されないから成立している」
敦「それを“成立条件”にするな!!」
D「よって俺は決めた」
敦「何を」
D「君を――」
一拍。
D「敦、君を“甘さ対応力”の弟子にする」
敦「はぁ!? なんでだよ!!」
D「君は琴葉限定で成功している。だがっ!――」
敦「嫌な前置きすんな!!」
D「甘さ耐性は平均。
対応力も並。総合評価――並だ」
敦「言い切るな!!
冷静に俺を“並”に分類すんな!!」
A「いいじゃん敦!“甘さ師匠D”だって!」
B「特訓編突入だね!」
敦「……っ」
(ぐっと拳を握る)
敦「ちくしょう……。
そこまで言われて黙ってられるか!!」
敦「いいよ!!
やってやろうじゃねぇか、その“甘さ修行”!!」
琴葉
琴葉「……甘さって、砂糖の量じゃないのか?」
敦「だから違うって言ってんだろ!!」
敦「D!修業内容説明しろ!!」
D「“相手の心拍数を上げる言葉選び”だ」
敦「それ修業じゃない!!
拷問か罰ゲームの分類だ!!」
■第一の修行:耐えろ敦
D「まずは初級」
敦「嫌な予感しかしない」
D「琴葉」
琴葉「?」
D「君、敦を見て一言」
琴葉(少し考えて)
琴葉「……敦、今日は声低めだな。落ち着く」
敦「ッッッ……!!」
(即ダメージ)
D「今だ敦。ツッコミで処理しろ」
敦「処理って言うな!!
ていうかそんなの処理できるか!!」
D「甘さの波を受け止めろ」
敦「波って何だよ!! サーフィンでも始めるのか!!」
琴葉「……サーフィンって……?」
敦「今それどうでもいい!!」
A「顔真っ赤だぞー!」
B「HP赤ゲージ!」
D「視線は固定」
敦「視線!? 死ぬ死ぬ死ぬ!!」
琴葉「……なんか、笑っちゃうな」
敦「笑うな!! 怒れよ!!」
D「怒るより、返せ」
敦「やめろっ!!」
琴葉「……でも効いてるよね」
敦「俺だけだろォォ!!」
A「もう無理だ、見てられねぇ」
B「逆に面白いけどな」
敦「面白がるな!! マジで!!」
■師匠、容赦なし
D「甘さとは“耐えるもの”ではない」
敦「名言っぽく言うな!!」
D「受け止め、返す」
敦「どう返すんだよ!!」
D「例えば――」
D(低音)
「“ありがとう。お前の言葉、悪くない”」
敦「無理無理無理無理!!
それ言ったら死ぬ!!」
琴葉きょとん顔。
琴葉「……今の言い方、ちょっと安心した」
敦「効いてるの俺だけじゃねぇか!!」
■第二の修行:実践地獄
D「では応用。
“甘さを最小限に抑えて、相手を安心させろ”」
敦「難易度おかしい!!」
琴葉「……敦」
敦「な、なんだ」
琴葉「……敦。今日、少し眠い」
敦(脳内)
(ここで“早く寝ろ”は雑……
“膝貸す”は死……
正解どれだ!?)
敦「……授業終わったら……一緒に帰るか」
一瞬、静まる教室。
琴葉「おぅ、そうする」
A「……え?」
B「……今の……」
D(静かに頷く)
「……合格だ」
敦「合格基準が怖い!!」
■師匠の総評
D「敦」
敦「まだ何かあるのか」
D「君は甘さを“武器”だと思っている」
敦「違うのかよ」
D「君にとって甘さは――」
一拍。
D「分類上、事故だ」
敦「納得しかない!!」
D「だが」
D「その事故は、琴葉にだけ安全装置が付いている」
敦「そんな仕様聞いてねぇ!!」
A「……つまりこういうことか?」
B「琴葉は、それを“事故のまま”受け取ってる」
敦「は?」
D「そうだ。
“意味を考えない”
“特別だと勘違いしない”
――ただ、起きたこととして処理する」
敦「処理って言うな!!」
琴葉「?」
(首をかしげる)
琴葉「……よく分からないけど」
一拍。
琴葉「敦の事故、嫌いじゃない」
敦「そこだけ拾うな!!」
琴葉「……事故ってさ」
敦「やめろ」
琴葉「……起きたもんは、しょうがないだろ」
敦「……」
琴葉「だから敦も、そのままでいい」
敦「それが一番重いんだよ!!」
敦「師匠!!この修行やめさせて!!」
D「無理だ」
敦「即答!!」
■地獄の予告
D「明日からは“朝練”だ」
敦「学校で何やる気だ!!」
A「甘さ筋トレ!」
B「発声練習!」
敦「誰か止めろォォ!!」
琴葉
「……敦、無理すんなよ」
敦「その一言が一番効くんだよ!!」
ーーーー
登校時間、まだ眠気が残る校門前。
敦(なんで俺、こんな早く来てるんだ……)
そこに――
腕組みしたDが立っている。
D「来たな」
敦「不審者の立ち位置なんだよ」
D「朝は甘さの基礎。
“おはよう”は感情の初期化処理だ」
敦「理論めいた言い方やめろ!!」
A(遠巻き)「始まったぞー」
B「朝から重いなぁ」
D「では琴葉を想定しろ」
敦「本人そこにいるだろ!!」
琴葉(カバンを肩にかけて)
「……おはよう」
敦「……っ」
D「今だ。返せ」
敦「お、おは――」
D「違う」
敦「まだ言い切ってない!!」
D「声が“守り”だ。
甘さは“迎え”で出す」
敦「朝から迎えるな!!」
D「やり直し」
琴葉「……おはよう、敦」
敦(心臓)
(ドンッ)
敦「……おはよ」
D「不合格」
敦「厳しすぎる!!」
D「正解例」
D(低音・落ち着き)
「おはよう。ちゃんと来たな」
敦「それ先生!!」
琴葉(小さく)
「……今の、ちょっと安心するな」
敦「だから評価されるな!!」
HR前。
D、なぜかホワイトボードを出す。
敦「その板どこから持ってきた」
D「“甘さの三原則”を説明する」
A「板書するやつ初めて見た」
B「本気すぎて怖い」
D(書く)
① 無理をしない
② 狙わない
③ “相手基準”
敦「恋愛講座じゃねぇか!!」
D「違う。生存戦略だ」
敦「重い!!」
D「甘さとは“言葉”ではない。
間。視線。声量。温度だ」
B「温度!?」
A「湿度も入りそう」
D「特に琴葉は――」
敦「分析するな!!」
D「“狙われる甘さ”には耐性がある!だが“自分に向けられた自然さ”に弱い」
敦「やめろォォ!!」
琴葉(真顔)
「……俺、弱点あったのか……?」
敦「知るな!!」
D「つまり敦」
敦「つまり言うな」
D「君は“狙わない”から琴葉に効いてる」
一瞬、静まる。
A「……今」
B「……敦の寿命縮んだよな」
敦「……誰か否定してくれ」
D「否定材料はない」
敦「聞かなきゃよかったぁぁ!!」
琴葉(真顔)
「……じゃあ俺、敦に自然でいればいい?」
敦「まったく理解してないのに実行しようとするな!!」
琴葉(首を傾げて)
「え?」
敦「え、じゃねぇ!!」
琴葉(真顔)
「でもさ」
A「嫌な予感する」
B「止めろ」
琴葉「俺が普段思ってる事を言えばいいって話だろ?」
敦「違うゥゥゥ!!」
敦「俺にとっては直球の被弾行為!
D!絶対止めてくれ!」
D
「正しい。だが危険だ」
敦「師匠止めろ!!補足するな!!」
琴葉(少し考えて)
「……自然って……つまり……」
敦「考えるな!!今すぐ何も考えるな!!」
琴葉、敦の隣に立つ。
距離、いつも通り。
声も、いつも通り。
琴葉「……敦、さっきから声、少し低い」
敦「ッッ……!!」
A「……あ」
B「……始まった」
敦「今の何!?自然って今の何!?」
琴葉「……普通だけど?」
敦「それが一番効くって言ってんだよ!!」
琴葉(首をかしげる)
「敦、顔赤いぞ?」
敦「実況するな!!」
D「再現成功」
敦「採点するな!!」
琴葉(さらに普通に)
「…でも、敦が近いと安心する」
敦「事故だ!!完全事故だ!!」
A「……なぁ」
B「……敦、もう逃げ場なくね?」
敦「自然を武器にするな!!禁止だ!!」
琴葉(困った顔)
「……自然ってダメなのか?」
敦「ダメ!!今すぐ不自然になれ!!」
琴葉(真剣)
「……わかった。じゃあ……」
一歩下がる。
敦「下がるな!!距離も自然だったのかよ!!」
A&B(同時)
「……何かが一周した」
D(満足げ)
「以上、“自然甘さ事故”の実例だった」
敦「実例にするな!!」
琴葉
「……でも」
敦「でも言うな!!」
琴葉「敦はツッコんでる時の方が元気だな」
敦「……ッ」
A「刺さった」
B「トドメだ」
敦「……だから……そういう自然さが……」
顔を覆う。
敦「最強なんだよ……!!」
琴葉
「……じゃあ、自然でいる」
敦「決定事項にするなぁぁ!!」
ーーーー
放課後。
昇降口。
琴葉、靴を履き替えながらぼーっと立つ。
敦、足元をちらりと見る。
敦「……靴紐」
琴葉「ん?」
敦「ほどけてる。直せ。転ぶぞ」
琴葉「お、ほんとだ。ありがと」
琴葉がしゃがみ、靴紐を結ぶ。
敦は何も言わず、その場で立ったまま待つ。
結び終わって立ち上がる琴葉。
琴葉「……ありがと」
敦「礼はいらねぇ」
A&B(少し離れたところから)
A「今の、何?」
B「……注意して」
A「うん」
B「琴葉が直すの、待ってた」
A「いつも通りだな」
B「だよな」
一拍。
A「……“見守ってた”って言い換えていい?」
B「一気に甘くなったな」
A「表現変えただけなのに」
B「同じ場面なのに」
A「……この二人も日常って……」
B「自然甘さ……」
敦(数秒後)
「………………」
(脳内で再生)
敦「ッッ!!?」
D(背後)
「今のだ」
敦「いつからそこに!!」
D「“自然甘さ”。
本人が自覚する前に出た」
敦「事故!!完全事故!!」
D「だが成功例だ」
琴葉
「敦はいつも優しい」
敦「だから後追いで刺すな!!」
A「今の録画した?」
B「してないけど心に焼き付けた」
敦「消せぇぇぇ!!」
D、小さく頷く。
「修行は続く」
敦「終わらせて!!」
琴葉
「明日も朝練?」
敦「俺のHPが先に尽きる!!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
それを普通だと思っているのが問題です。




