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双鏡の君へー姿を変える幼馴染との恋と、残したい記憶ー  作者: ゆら。


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続・前日譚 笑顔の向こう側


桜は完全に意識を失った。


雅人が名前を呼び続ける中、

車内は騒然としている。誰かが運転手に異変を伝える声が遠くで聞こえた。


——その後のことを、桜はほとんど覚えていない。


病院の白い天井。


微かに聞こえる機械音。


そして、手を離さない雅人の温もりだけが、現実だった。



医師の言葉は静かだった。


「命に別状はありません。ただし、極度の精神的・身体的負荷です。

 しばらくは安静にしてください」


桜の両親は、何度も小さくうなずいた。


桜父「……ありがとうございます」


病室の扉が閉まり、

医師が立ち去ったあと。


廊下の少し離れた場所で待っていた雅人は、

両親の姿を見ると、すっと背筋を正した。


一歩近づき——


そして、そのまま深く腰を折る。


雅人「……申し訳ありません」


声は落ち着いている。


言葉には迷いがない。


雅人「僕が一緒にいながら、

 桜さんにあそこまで無理をさせてしまいました」


雅人「守るべき場面で、

 ちゃんと守りきれなかった……本当に、すみません」


頭を下げたまま、雅人は動かない。


廊下には、機械音だけが小さく響いている。


桜の父は、少しだけ息をついてから言った。


桜父「……顔を上げていい」


雅人は、ゆっくりと顔を上げた。


桜父「君がいなければ、

 あの子は一人で抱え込んでいたかもしれない」


桜父「そう考えると、

 責める言葉は、出てこない」


桜の母も、静かにうなずく。


桜母「それに……」


桜母「無理をさせた、じゃなくて」


桜母「一緒に、踏ん張ってくれたんでしょう?」


雅人は、思わず息を詰めた。


桜父は穏やかに続ける。


桜父「君が、逃げなかったことは分かっている」


桜母「ちゃんと向き合ってくれる人だってこともね」


雅人は、もう一度、深く頭を下げた。


今度は、謝罪ではなく——

感謝を込めた礼だった。


雅人「……ありがとうございます」


廊下の向こう、病室の中では、

桜が静かに眠っている。


雅人(……ちゃんと、そばにいよう……生きてる……それだけで、十分だ)


雅人は、そう心の中で決めた。



病室は静かだった。


カーテンの隙間から、午後の光が白いシーツに落ちている。


桜は、ゆっくり目を開けていた。


身体は重い。


頭の奥がまだ遠い。


けれど、不思議と苦しくはなかった。


胸の奥にあった“濁り”が、

きれいに引いている。


桜は天井を見つめたまま、小さく息を吐いた。


長く、静かな息だった。


「……私」


少し考えてから、呟く。


「救ってないな」


声は驚くほど静かだった。


思い出す。


死んだ目。


握られていた刃物。


震えていた自分。


そして――


あの瞬間。


男の目に、

ほんの少しだけ光が戻った瞬間。


桜はゆっくり瞬きをする。


「止めたんじゃない……」


違う。


自分は何も変えていない。


ただ。


忘れていたものに、

触れるきっかけが生まれただけ。


「……戻ったんだ」


その人が、

自分で。


胸の奥に、すとんと何かが落ちる。


ああ、と理解する。


私の力は――


誰かを救うものじゃない。


奇跡でもない。


ただ。


戻ろうとする人に、

手を伸ばす理由を渡すだけ。


桜は小さく笑った。


その時、扉の外で足音が止まる。


雅人だと分かった。


なぜか分かった。


桜は目を閉じる。


(……だから)


守らなきゃいけないんじゃない。


隣に立てばいい。


同じ未来を、

一緒に選べるように。


扉が静かに開いた。


ーーーーーーーー


昼下がりの公園は、思ったよりも静かだった。


遊具の金属がきしむ音と、遠くの子どもの笑い声が、ゆっくり流れていく。


ベンチに並んで座る二人の足元に、木漏れ日が揺れている。


桜は、やけに元気そうに足をぶらぶらさせている。


雅人「……本当に大丈夫か?まだ退院したばかりだろ」


桜「もう!心配しすぎ!」


覗き込む雅人にずいっと身を乗り出した。


雅人の手を両手でがっちり捕まえる。


雅人「えっ」


桜「ねえ雅人。あの日ね、私、分かったの」


雅人「……何が?」


桜「迷ってる時間、人生にないってこと」


雅人「……桜?」


桜は、まっすぐ雅人を見る。


逃げも、揺れもない。


桜「あの時、私……もっと雅人と……未来を歩きたいって……そればっかり考えていた」

 

雅人「桜……俺も…」

桜「結婚して!」


雅人の言葉にかぶせ気味に伝え、さらにグイッと雅人に近づく。


雅人「さ……桜??結婚?……俺、まだ学生で……」


桜「結婚して!」


雅人「君を守れる環境がまだ整ってな……」


桜「うん、全部一緒にやろ?」


雅人「軽っ!?」


桜「ねぇ雅人」


雅人「?」


桜「私が危なかったらどうする?」


雅人「守る」


一秒も迷わなかった。


二人とも、ほんの一瞬だけ止まる。


桜は笑った。


桜「ほら」


桜「もう決まってる」


雅人「…………」


雅人は空を見上げる。


少しだけ、困ったように笑う。


雅人「……ずるいな」


雅人「そうやって、人の覚悟を先に見つけるの」


桜「え?」


雅人「……いや」


雅人は桜を見る。


強い意志の瞳は変わらない。


雅人は、困ったようにふっと笑った。


雅人「…………わかったよ」


一歩、桜に近づく。


雅人「もう離すつもりないからな、桜」


桜「うん!」


握られていた手を反対に握り返す様に手を組み替えた。


雅人「……桜の未来に、俺が必要なら。

 俺はずっと、その隣にいるよ。」


桜は弾けるような笑顔を雅人に向けた。


その笑顔は今までと違って見えた。


桜「安心して。ちゃんと幸せにするから♪」


明るい桜の声に雅人も釣られるように笑った。



ーーーーーーー



琴葉母はニコニコと二人に話す。


琴葉母「でね♪その日に琴葉父を襲って出来たのが琴葉なの♡……きゃっ♡」


琴葉父「……少し恥ずかしいな」


琴葉「ぎゃぁぁぁーーー!なんで俺の誕生秘話、こんなに赤裸々に話すんだよ!!きゃっ♡じゃないわぁぁーーー!!」


敦「昔話の温度差にやられるっ!」


琴葉母は笑みを浮かべ、手元から何やら袋を取り出す。


琴葉母「敦くん、楽しい家族計画のモザイク物体の大切さ、分かった?はい、追加♡」


敦「ぎゃぁぁぁーーー!また増えた!!」


琴葉父「でも、琴葉が産まれて来てくれた事は、やっぱり感謝すべき所だな」


琴葉母はくすりと笑った。


琴葉母「でも恋人期間が短かったのぉ」


琴葉父は静かに頷く。


琴葉父「……その時間は今取り戻せている」


琴葉「甘さに重力あるのやめて!!」


敦「今、床沈んだ気した」


琴葉父「踏ん張れ」


琴葉「根性論!!」


ーーーー


桜は、賑やかな家庭の風景を眺めながら、ふっと微笑んだ。


雅人と笑い合った、あの午後のあと。


——あの時


風でも、光でもない。


名前を持たない、けれど確かに“知っている”気配が、胸の奥を静かに通り抜けた。


長い間そこに溜まっていた重さだけが、すうっと抜けていく。

 

沈まない。

もう、引き込まれない。


支えられる側ではなくなったのだと、桜はその時はっきり分かった。


雅人と同じ高さに立ち、同じ方向を見ているのだと。


その感覚を、桜は今も忘れない。


——だから、思う。


琴葉にも、きっと来る。


息がしやすくなる瞬間が。


けれど“祝福”だなんて気にせず、ただ思う存分、生きることを楽しんでほしい。と


私は、そう願っている。



ここまで読んでいただきありがとうございます。


奇跡じゃなく、ただ互いを信じる心です。

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