第四十八話 壊さないために笑っている
家に帰っても、
敦の頭から昼の琴葉の表情が浮かんでくる。
男型で、あんな顔をするのは珍しい。
だから放っておけない。
敦「……よし」
それだけ言って、家を出た。
呼び鈴に触れる寸前でに、扉が少しだけ開く。
琴葉「……敦?」
女型の琴葉が、半分顔を出していた。
敦「……来るの、分かってたのか?」
琴葉「まぁ……なんとなく。
敦の足音、今日迷ってなかったからさ」
敦「足音で分かるのやめろ」
言いながら、手を取る。
琴葉は一瞬もためらわず、指を絡めてきた。
その指の力があまりに弱くて、
敦は思わず手を引いた。
そのまま廊下を歩いて、
……気づけば、琴葉の部屋にいた。
二人きりの空間が静かに広がる。
琴葉はその手を離さず、
まるで支えを確かめるように指を絡めたまま座る。
琴葉は呼吸をゆっくりと整える。
琴葉「……大丈夫」
琴葉「昼よりは、息できてる」
柔らかな笑顔に、敦も自然と微笑み返す。
敦「よし…」
敦は手を軽く引き、
黙って、琴葉を抱き寄せた。
琴葉も、少し手を引かれただけで自然と寄りかかる。
琴葉「……」
抱き寄せた後も琴葉の指が震えている。
琴葉は敦の胸に額を寄せる。
敦はその頭を、
逃げないように、でも優しく抱き寄せた。
琴葉「……敦」
少し沈黙。
琴葉「もう……止められないのかも」
敦「……何が」
琴葉「境目。
気づいたら、勝手に混ざってく」
敦は答えを探さない。
敦「……うん」
琴葉「……男の俺のままでいたいのに……」
沈黙。
敦は少しだけ眉を寄せる。
それから。
敦は指を包む。
敦「どっちでも琴葉だろ」
反論でも、慰めでもない声だった。
琴葉は小さく息を吸って、
震えごと胸に預けてきた。
琴葉「……敦……」
呼ばれた名前が、泣きそうに甘かった。
敦はひと呼吸置き、琴葉の耳元で小さく囁いた。
敦「……“いなくなる”なんて言うなよ」
琴葉の呼吸が止まり
ぎゅっと服を掴まれる。
強く抱きしめ返そうとした――その瞬間。――
バンッ!!
琴葉母「敦くぅぅーーーん!!!」
ドアが爆発したかのように開く。
敦「ひっ!!?」
心臓が仕事を放棄する。
琴葉母は腕いっぱいに**説明不要のモザイク物体 “明るい家族計画”**を抱えて満面の笑み。
琴葉母「エチケット用品ある?
ないならこれ♡ 予備も♡」
琴葉「ひやぁぁあああああ!!!」
即、顔を覆って崩れ落ちる。
琴葉母
「びっくりした?びっくりした?♡
琴葉が玄関でソワソワしてるから、
今日も敦くん来るな〜って思って
押し入れで待機してたの♡
30分くらい♡」
琴葉「長ぇぇぇ!!」
敦「察しが良すぎるっ!!
……怖いくらいに!!」
敦、息を整えてから指を一本立てる。
敦「……だがしかし!」
間。
敦「実は……来るの、読んでました……!!」
琴葉母「……ま……まさか!?」
琴葉母「こ……この私が……読まれるなんて……!」
敦(勝ちを確信した顔)
敦「一回目で覚えました」
ピシッ。
空気が一瞬止まる。
琴葉母「……」
琴葉母「……ふふ」
一歩引いて、肩をすくめる。
琴葉母「……世界は残酷ね〜」
敦「そこ悟るんですか!?」
琴葉母「負けたわ……今日は邪魔しないであげる♡」
そう言いながら、
“そっと”敦の手に例の物体を握らせる。
そっとなのに存在感は爆発だ。
敦「ちょっ……!!また!?なんで渡すんですか!!?」
琴葉母「時間、どれくらい必要?♡」
敦「俺をどういう男だと思ってるんですか!!??」
琴葉母「うちの琴葉は〜私が可愛く産んだんだから〜そりゃあ時間が──」
敦「時間の意味が本当に怖くなるから言わないでぇぇええ!!」
そこへついに、
琴葉の羞恥パワーが限界突破。
琴葉「もうやめろおおおおおおおおおおお!!!!!」
ズドォォォォォン!!!
衝撃波で、
敦と琴葉母はセットで廊下へ吹っ飛ぶ。
敦「おわああああ!?!?またぁぁ!?!?!?」
ドサッ!
琴葉母「あら〜♡飛んじゃったわねぇ♡」
敦「“あら〜♡”じゃないですよ!?俺また部屋の外ォォ!!」
琴葉母「敦くんだって結構ノってたじゃな〜い?」
敦「ノってたじゃなくて!!
あれは!!命を守るためのツッコミです!!」
琴葉母「ふふっ♡ 可愛いわねぇ敦くん」
敦「やめて下さい!!褒めポイントおかしい!!」
沈黙が一瞬だけ落ちる。
琴葉母「……でもね」
琴葉母「琴葉、さっきまで不安で涙出そうだったのに⋯」
琴葉母「いま、あの部屋で耳まで真っ赤にして笑ってるのよ」
焦りの熱が落ち、優しい色に変わる。
敦「……それで、十分です」
琴葉母はフッと微笑む。
――部屋の中
琴葉は両手で顔を押さえたまま、ぷるぷる。
琴葉「しぬぅぅぅ……もうむりぃぃ……」
少し沈黙。
琴葉「……でも」
琴葉「笑ってる」
琴葉「よかった……」
その声は小さいけれど、敦が“ここに来た理由”としては十分だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
笑えるうちは、まだ大丈夫です。




