第四十四話 居場所だと認めてしまった
いつもの時間。
もう“日課”と化しつつある(←諦めた)琴葉の家へ向かった敦。
チャイムを押すと
いつものように琴葉母が元気に迎えてくれる。
琴葉母「敦くん、いらっしゃい。今日も部屋ね?」
敦「はい。お邪魔します」
階段を上がり、部屋に入ると──
すでに琴葉は女型になって、クッションに座っていた。
琴葉「おっす、敦」
敦「おっす。……変わりないか?」
琴葉「まぁいつも通り。落ち着いてる」
敦は琴葉の近くに腰を下ろす。
落ち着こうとしているのに、どうにも視線が定まらない。
琴葉「……敦、さっきから変だぞ」
敦「……あー……」
少し間。
敦「今日さ……声荒げて悪かった」
琴葉は一瞬きょとんとしてから、ふっと息を抜く。
琴葉「大きな声ではあったな」
小さく笑う。
琴葉「でも怒ってる感じじゃなかった」
敦「……いや」
視線を逸らす。
敦「怒ってたっていうか……
なんか落ち着かなかった」
琴葉「……あー……」
少し考えてから。
琴葉「男の時はよく分かんねぇんだけど」
敦「……?」
琴葉「女の時さ」
琴葉「敦が誰かと話してると」
琴葉「なんか、静かじゃなくなる」
敦「……え」
琴葉「理由は分かんねぇ」
肩をすくめる。
琴葉「勝手に落ち着かなくなる」
敦「……それ、俺のせいか?」
琴葉「知らん」
即答。
琴葉「たぶん俺の問題」
そう言ってから、ほんの少し迷って。
琴葉は手を伸ばし、
敦の手の甲にそっと触れた。
少しだけ。
琴葉「……こうすると、ちょっと静かになる」
敦「……」
敦「……なんか」
息を吐く。
敦「今になって思い返すとさ……
俺、昼間だいぶヤバいこと言ってたよな」
琴葉「……そうか?」
自然に。
琴葉「昔からだろ」
琴葉「多分……必要だったんだよ」
少しだけ得意そうに笑う。
敦「……っ……お前、今日……反則だろ」
なんだか息が止まりそうになる。
琴葉「……なぁ、敦」
敦「ん?」
琴葉「前さ」
琴葉「同じこと聞いた時」
琴葉「嫌ならとっくに帰ってるって言ったけど……」
少し間。
琴葉「……本当に嫌じゃない?」
敦「……」
敦「……嫌なわけないだろ」
琴葉「……そっか」
それだけ言って、視線を落とす。
指先が、また敦の袖をつまむ。
敦(……逃がす気、ないだろ)
敦「……なぁ、琴葉」
琴葉「ん?」
敦は、一度だけ息を整える。
敦「……なんかさ」
敦「最近気づいたんだけど」
敦「お前のとこ来ると」
敦「落ち着くんだよな」
少し間。
敦「……帰る場所みたいで」
一瞬、言葉が出ない。
琴葉「……それ」
敦「うん」
琴葉「家賃払え」
敦「金取るなよ帰る場所から」
琴葉、少しだけ笑う。
敦もつられて、息を抜く。
一拍。
琴葉「……でも」
敦「ん?」
琴葉「……悪くないな、それ」
敦「……」
敦「……そうか」
そのまま。
琴葉は、小さく息を吐いて。
額を、敦の胸に軽く当てた。
——静か。
穏やかな時間が過ぎ、
ふと琴葉の身体が小さく震える。
琴葉
理由は分からない。
ただ、胸の奥で何かをそっと畳むような感覚がした。
敦「寒い?」
琴葉「ううん……ちょっと、変わる……」
敦「あ、戻るのか?」
琴葉「……ちょっと離れる……」
敦「はいはい」
琴葉の身体がゆっくりと光に包まれ、
シルエットが変わっていく。
その途中
ふらり、っと体勢が崩れた。
琴葉「……っ」
敦「おっと!」
変容の途中の琴葉を、
敦が反射的に抱き止める。
光がふっと消え──
男型琴葉が、敦の腕の中に収まった。
琴葉「ん……大丈夫……」
自分に言い聞かせるみたいな、小さな声だった。
琴葉の目がパチッと開く。
琴葉「……って……あれ?何があった?何で俺、敦に抱きしめられてるんだ?」
敦「倒れそうだったから支えたんだよ!」
琴葉「支えた?」
琴葉、敦の腕を自分の腕で確認する。
琴葉「……結構しっかり」
敦「検証するな!!」
琴葉「守られたってことでいい?」
敦「事故対応だからな!?」
琴葉「……そっか」
敦「やめろ、その間!!」
琴葉「冗談」
一拍置いて。
琴葉「……ありがとな」
敦はその一言にぐらっと来る。
男型の時間も、女型の時間も、
敦にとってはどちらも大切で──
その時。
……カタン。
廊下から微妙な物音。
敦「……今、何か音が……」
琴葉「……」
二人はゆっくり扉を見た。
そこには──
にこにこキラキラした琴葉母が
指をグッと立てて覗いていた。
もちろん、部屋と廊下の境目にはモザイク物体(新品)が鎮座している。
敦「わぁぁぁーーーー死ぬ!!今日俺死ぬ!!」
琴葉「大丈夫!俺が守るから!!」
敦「守れてない!!」
家の中はしばらく騒然としたままだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
崩さない選択も、ちゃんと選択です。




