第九十七話 拗ねた理由はちゃんとある
夜 ―
いつもの時間。
鏡の前で、琴葉が三回目の前髪を直す。
……やめる。
また直す。
琴葉「……落ち着け俺」
琴葉「前髪くらいで何変わるんだ」
ピンポーン。
敦「よ、琴葉」
琴葉「……」
目が合いかけて、逸らす。
敦「なんでそらすんだよ」
琴葉「別に」
敦(昼より拗ねてる)
部屋で二人で座る。
近い。
いつもの距離。
なのに、琴葉が落ち着かない。
敦「……今日さ」
琴葉「敦が悪い」
琴葉「全部」
敦「雑!!」
琴葉は、少しだけ口を開く。
閉じる。
視線を逸らす。
敦「……昼のやつか」
琴葉「……」
敦「まだ引きずってんの?」
琴葉「……」
敦「ボール飛んできたから、投げ返しただけだぞ」
琴葉「……」
敦「……」
琴葉は視線を逸らす。
琴葉「……それでも」
琴葉は膝の上で手を握る。
指が少しだけ強く絡む。
琴葉「仲良くすんなって言いたいわけじゃない」
敦「うん」
琴葉「でも……なんか……」
言葉が止まる。
琴葉「胸がぎゅってして……苦しくて……」
敦
敦(そんな顔で言うな)
琴葉「昼も……敦が“別に”って言った時」
琴葉「……俺、どうでもいいみたいで」
声が小さい。
敦は少し黙る。
敦「そんなわけあるかよ」
琴葉「……」
敦は視線を落とす。
敦「俺が“別に”って言ったのは」
少しだけ間。
敦「“気にすんな”って意味」
敦「お前が気にするようなこと、何もねぇし」
琴葉「……」
敦「……」
敦「ただ」
敦「お前があんな顔すると思ってなくて」
敦「変なこと言いそうで」
敦「言い訳やめた」
琴葉は、ゆっくり顔を上げる。
琴葉「……俺の顔、そんな変だったか」
敦「うん」
即答。
琴葉「は!?」
敦「嫉妬丸出し」
琴葉「ちげぇ!!」
敦
少し沈黙。
敦「……でも」
敦は目を逸らす。
敦「俺のことで、ああなるなら」
敦「……嫌じゃない」
小さく。
敦「……そのままでいい」
頭ぽん。
琴葉「……っ」
琴葉は顔を伏せ、
見られないようにクッションに顔を埋める。
琴葉「好きだよ……敦のこと」
小さい声。
琴葉「たぶんじゃなくて……好き」
琴葉「……もう隠せない」
敦、止まる。
敦「……俺も」
短い。
少し間。
琴葉「……ちゃんと聞きたい」
敦「……」
敦は少しだけ視線を泳がせて、
敦「……好きだ」
琴葉のまばたきが一回止まる。
次の瞬間。
敦の腕を、琴葉が掴む。
敦「早いな!?」
琴葉「逃げる気だろ」
敦「逃げねぇよ」
そのまま腕を絡める。
琴葉は聞こえるか聞こえないかくらいの声でつぶやく。
琴葉「……明日」
琴葉「……」
琴葉「……いやだ」
敦「何が」
顔を上げ敦を見る。
琴葉「また手ぇ振られたら」
敦「……あー」
敦「……」
敦は少し考えて、
敦「振られたら」
敦「お前見とく」
琴葉を見る。
琴葉「……は?」
敦「それでいいだろ」
琴葉は固まる。
数秒。
琴葉「……ずるい」
でも顔は真っ赤。
琴葉はそのまま、敦の腕に額を押しつける。
そっと、その頭に手を乗せる。
強くは撫でない。
ただ、置く。
少しして、
敦の親指が、髪を一度だけ整える。
琴葉は、安心したみたいに目を閉じた。
琴葉「……あ」
琴葉「落ち着く」
肩の力が抜ける気配。
敦(……全体重来てる)
フッと笑う。
敦
敦(まあ、いいか)
琴葉「……寝そう」
敦「寝んな」
離れない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
安心した分だけ、距離が縮まります。




