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40.動き出した、私の世界-⑩

これは、『厄災の魔女』と恐れられる、黒髪黒目の少女"イーリス"が、長い時を生きる古龍”リカロス”と、出会う前の出来事────。


 ジュタール・ロゾニクスを始めとする王国騎士団が、宿場町として利用されるブルートへ辿り着いたのは、空が(まばゆ)(だいだい)と茜に染まり出した頃合いだった。

 

 日が一刻と、一刻と傾き、空の色を暗く変えていくこの時間は、人の流れは多く、その足取りも速い。

 そこに、イディクエサ国王直属の騎士である証の紋章を付けた騎士が、列を成してぞろぞろと移動しているのだ、行きかう民衆は足を止め、視線も自然とそちらに吸い寄せられてしまう事だろう。

 そんな騎士の列を目で追っていれば、中には頑丈そうな(おり)を乗せた荷馬車も見え、一体何を捕らえたのだと、興味が湧かない筈も無い。


 (おり)の横には騎士がいるため、並走しながら中を見るのには中々の度胸が必要だろう。だが、怖いもの知らずと言う者は、いかなる場所であっても必ず存在するものだ。

 騎士が近づくなと制するも、めげずに何度も覗きに向かうのだから。

 

 中に居るのは一匹の魔物だろうか?

 不気味な程に黒い毛を持っていて、まだ幼体なのか身体は余り大きくない。

 だが、よく見て見れば、魔物の四肢は人と同じ造りをしていて。

 そこでようやく、もしかして、魔物ではなく人なのではと言う事に気付いてしまった。そして、そんな毛色を持っている人間なんて……。思いつくのは、あの有名な魔女位なもので。


 「ヒッ」


 (おり)の中に誰がいるか分かってしまった者は恐怖に支配され、戦慄(わなな)き、引きつった声を上げては逃げる様に駆けて行く。

 

 そんな様子を見慣れてしまった騎士達は、「またかよ」と苛立ち気味に言葉を溢す。 


 この道中で、騎士の疲弊(ひへい)や苛立ちはピークに達していた。

 只でさえ拷問のような特訓を、しかも時間が無いからと残された日数に詰め込まれた為、その過酷さは恐らく過去行われた特訓内で一番と言えるものとなった事だろう。

 そしてその急激に詰め込まれた理由も、確証がない、『厄災の魔女』を探す為だと言うのだから隊員は尚更気力を削がれた。

 トドメは、魔女を捕まえてからも王都に運ぶ迄守らなければいけないと言う事だ、これには殊更参ってしまった。

 守りたくない者を守らなければいけないだなんて、騎士にとってこれ程屈辱的な事は無いだろう。


 道中は道中で、魔女を見てしまった一般人がパニック状態になったり、騎士が周囲にいると言うのに石を投げたり飛び掛かってくる者迄出た。

 それ等を止めるのにも一体どれだけの労力が掛かった事か。溜まる鬱憤(うっぷん)を吐き出さずにはいられないと言うものだ。


 「では、明日の出立の時間迄各々自由とするが──交代で、魔女の食事の用意や見張りは(おこな)うよう。分かったな?ああ、勿論心得ているとは思うが、それ以外の者は羽目を外し過ぎるなよ」


 心身共に疲れきった身体を動かして、騎士団御用達の宿へと辿り着いたと思ったら、本日の最後に隊長から新たな面倒事を言い残された。

 各々自由に、と言う言葉に、やっと解放されると浮足だったと言うのに、その後の言葉で気分は一気に転落だ。

 今いる隊の中でも壮年の先輩騎士の方は隊長のお目付けの役目もある為か、自然と隊長へ付いて行ってしまうで、残された年若い後輩達は、誰にその役目を押し付けるかと、違う意味で今日一番のやる気を見せ始めている。


 「人数は?」

 「交代だろ?四人も居れば足りるんじゃないか?」

 「じゃあ二グループに別れてジャンケンな。二、二で負けた奴だからな」

 

 方針が決まったのか、同人数で別れると、掛け声をかけながら各々が拳を出し始め──宿屋の脇の道では、歓喜の声や悲痛な叫びが上がり出した。


 「……あいつ等は外で何をしているんだ」

 「恐らく、誰が、『厄災の魔女』の見張りをするか決めているのかと……」

 「本当に何をしてるんだ」


 宿の支配人と話を済ませ、今後の移動についての話をしようと応接室へと来たら、外の方から、先程羽目を外すなと言ったばかりの隊員達から、少々熱気溢れんばかりの声が上がっている。

  

 「話し合いで決める事も出来ないのか、あいつ等は」


 ジュタールは隊員の行動に、呆れの色を(にじ)ませた。


 「いいのでしょうか?このまま、『厄災の魔女』を年若い隊員達に任せきりで」

 「と、言うと?」


 「その──、移動中、『厄災の魔女』に対しての彼等の素行は、余り良い物とは言えませんでしたので」

 「ああ、確かに。普段であれば有り得ないような暴言を吐いていたな」

 「ご存知でしたか……」

 「あの程度の距離で、聞かないで居ろと言う方が難しいだろ」

 

 そう、ジュタールはこの道中ずっと隊員の言動を、聞いていた。


 悪態づく声も、お門違いの恨みや妬み、誹謗中傷に心無い言葉の数々。  

 その中には、死を願う声すらもあった。

 だがジュタールは、彼等のそんな声を全て聞きながらも、一度として止める素振りは見せなかった。


 「何故、お止めにならなかったのでしょうか?子供の姿では有りますが、魔女は魔女です。刺激を受た事で牙をこちらに向けでもしたらどうするおつもりだったのですか?」

 

 責めるような言葉に、ジュタールは煙たそうな顔をしながら木製の椅子にドカリと腰を下ろし、背を寄りかからせながら腕を組む。


 「必要だと思ったからだ」

 

 ジュタールは悪びれもなくキッパリと言い切ると、組んでいた腕を解き、今度は片手をテーブルに置き、指でコツコツと、ゆっくりとしたテンポで叩きだす。


 「あの魔女は随分と狭い温室で育っていたようだからな。周りから踏みつけられ、傷つけられて、この世界はお前には優しくないのだと知った時、それでも尚そのまま、お人好しなまま蕾をつけるか、許せないと茨や毒を含むのか、折れたままで起き上がる事無く枯れ行くのか──。どう転がり込むかを見届ける必要がな」

 「……余り、褒められたような趣味ではないですね、それは」

 「そう言うな。その後の様子によっては、今後の対処を今一度考える必要性があるのだから。ああ、だが────」


 ジュダールは急に言葉を切ると、何かに反応するかの様に視線を一度外に向け、直ぐに応接室の扉の方へと向き直す。まるで、これから誰かが此処に来る、とでも言うかのように。

  

 「隊長?どうなさ────」


 隊長が急に言葉を切ったものだから、如何したものかと声を掛けたその途中、廊下の方からガチャガチャ、ガチャガチャと、鎧を付けた者が急ぎ走る音が此方に向かって来ているのに気付く。

 何事だと警戒をみせるが、その音は応接室の扉の前で止んだ。恐らく、扉の前に待機させている者に話を伝えているのだろう。

 数分も経たないうちに、ドンドンと扉は叩かれ────。


 「ジュタール隊長。経った今、ロヴァレンスの姓を名乗る方が、隊長とお話がしたいと此方へ来ているとの連絡を受けたのですが……どう、なさいますか?」

 「────ッ?!」


 ──ロヴァレンスだって?!あの??!


 予想外のその名に、壮年の騎士は驚きで目を見開いた。

 ロヴァレンス家が王から直接、『厄災の魔女』捕獲の命を受けているのは、下級貴族でない限り周知の事だ。

 今回の捕獲、遅かれ早かれ彼等に情報が伝わると思っていた。だが、それにしたって、此処に来るのは早すぎる。

 『厄災の魔女』が捕獲された。

 その情報が一般に回るのは、今日からの筈だ。それ以外で知る何て、その情報を提供した者を今日より前にロヴァレンス家が見つけていたから?


 いや、やはりそれでも早過ぎる。ウエドラン領からここまで一体何日掛かると思っている。

 それでは、ジュタール隊長より早く知っていたと言う事になってしまうではないか。


 そこで、ふと引っかかった。そして思う、逆なのではないかと。


 『厄災の魔女』らしき姿を見たと言う情報は、元はロヴァレンス家が掴んでいたのではないか?その情報をどうやって手に入れたかは分からないにせよ、それならば、毎年恒例となりつつある、この有給休暇消化の一環である特訓の予定を急に変更した理由も頷ける。

 

 全てを理解した壮年の騎士は、ゆっくりと、隊長であるジュタール・ロゾニクスの方へと視線を向けた。


 その顔は、何時もの退屈そうな顔では無く。何とも愉快そうで──


 「構わない。通せ」

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