41.動き出した、私の世界-⑪
これは、『厄災の魔女』と恐れられる、黒髪黒目の少女"イーリス"が、長い時を生きる古龍”リカロス”と、出会う前の出来事────。
「はぁ……ほんっとツイてねぇ……」
「言うな、虚しくなるだろ」
宿屋の敷地内にある馬房とは別の、荷車を置いておく為の拓けた場所で、げんなりと項垂れる年若い二人の隊員が居た。
彼等は先のジャンケンに負け、交代するに辺り、誰が先に見張りをするかで更に負けた二人である。
「腹減ったなぁ」
脇道に逸れてジャンケンをして居たとは言え、行っていたのは宿の真横だ。
魔女を乗せている荷馬車を何時までも人目が付く場所には置いていては、宿への風評被害も出てしまう。そう思って直ぐこの場所迄来た。
その為、何も口に出来ていない。
気の利いた誰かが飯を届けてくれるかも何て淡い期待を持ってみてたが、そんな気が利く奴等は居なかったみたいだ。
あの地獄のような訓練を共に乗り越え、絆を更に深め合えたと思っていたのに……薄情者共め。
「あ゛~~~……完全に食いに行くタイミング見失ったな」
「それだけどさ。確か隊長って、魔女に飯の用意しとけって言ってたよな?こんな所じゃ流石に何も起きないだろうし……俺、ちょっと買いに行ってくるわ」
「行かせねーよ?!お前、そう言ってそのまま戻ってくるつもり無い、だッろッ。魔女と二人きりだなんて御免だっての!」
「いやいや、ちゃん交代時間までには戻るって」
「ホラ!ホラこれだ!!」
ジャンケンで負けに負けた者同士の為か、考える事も似ているようだ。
見張りそっちのけで今度はどちらが飯を買いに行くかで揉め始めるかと思いきや。
「あ~~~……取り込み中だった?」
見計らったかのようなタイミングで、遠慮がちな声がかかった。
「──サミア先輩?どうしたんすかこんな所まで?確か、他の奴等と一緒に飯食いに行ったんじゃ」
「ん~~。ああ言うガヤついてる場は余り得意じゃないから、抜けて来ちゃった」
サミア先輩と呼ばれた赤い髪色の騎士は、そう言いつつ己が持っていた茶色の紙袋をガサリと鳴らしながら見せつけ、見張りをしていた二人の元まで近づいて来た。
「「先輩、それって」」
もしかして俺達の為に、晩御飯を持ってきて──?!
「うん。『厄災の魔女』の分と、自分の分」
「「あ、俺達のじゃないんっすね……」」
勝手に勘違いをしたのはこちらだが、それにしたってタイミングがズルい。
あからさまに落胆した声が、全く同じタイミングで二人の口から発せられた。
「?別に必要ないだろ君達のは。──僕が此処で代わって見張りをしてる間に、食べてくれば良いんだから」
その言葉を聞いて、若い隊員の二人は数秒、「ん?」と思考を一時停止させてしまうが、再度今言った言葉を再生して漸く理解が追いついた。
「……えっ?!」
「いいんですか?!!」
先程迄の気分は何処へやら。
二人の隊員は、今一番自分が求めていた言葉に、驚きと喜びの声を上げた。
「いいも何も、その為に自分のを買った訳なんだけど……。あ、そう言えば、『厄災の魔女』は?今はどんな様子?」
「「あ~~~え~~……」」
自分は何か可笑しな質問をしただろうか?
どんな様子か聞いただけなのに、何とも気まずそうな顔と声で返されてしまった。
「見てもらったら分かるんですが」
「?」
そう言って彼等は視線だけを動かして、『厄災の魔女』が入れられている檻を積んだ荷車を、関わりたく無い。と言った様子で見た。
どうやら彼等は、『厄災の魔女』にこれ以上近づきたくはないようだ。見張り役としてそれはどうかと思ったが、また変に錯乱して腰にある剣を抜かれるのは面倒だ、下手に突っかかるのは止めておこう。
サミアは一人ゆっくりと荷車に乗せられた檻に近づき、格子の間から、『厄災の魔女』はどうしてるかと見れば、『厄災の魔女』は背をこちらに向けている形で横になっているではないか。
「アレ、俺等が此処に運ぶ前からあんな感じなんですよね」
「眠って、いる?のかな?」
「さぁ?どうなんでしょう。人の目から逃げたくてああしてるだけかも知れないですし」
確かに、こんな身を隠す場所の無い檻の中だ、少しでも人目を避けるなら、身を低くしておくのが精一杯の行動だろう。
「ふーん、成程……。まぁいいか!ああ、ホラ、後は僕が見とくから早く行ってきなよ。あ、でも大通りの人気所は止めといた方が良いかもね。他の隊員に見つかったら厄介だ」
「あ、そうだった。サミア先輩、ホンットありがとうございます!お礼に今度、宿舎の清掃当番一月程交換しますんで!」
「あ、じゃあ俺も、訓練の時の片付けやりますんで!」
「本当?それは助かるや」
何時までも頭を下げる後輩隊員に、ひらひらと手を振り、「食事済んだらちゃんと戻ってきなよ」と声を掛け見送ったサミアは、「さてと」と声を溢して再び檻の方へと近づいた。
「──起きているんだよね?ほら、君の分買って来たんだ。冷めきってしまう前にどうぞ」
紙袋を漁り、その中からまた一つの紙袋を取り出したサミアは、ちょっと幅が怪しかったが、何とか格子の間からそれを入れ込んだ。
「………………」
果たして、『厄災の魔女』はちゃんと受け取ってくれるだろうか?
その辺に適当に腰を下ろし、買って来た物をぱくりぱくりと口に運びながら檻の方へと意識を向けていれば、少しして、檻の中の黒い影がのそりと動いたのをサミアは確認した。
*****
──あの隊長さんが言っていた通りだった。
『厄災の魔女』と言う存在が、どれ程民衆に嫌われているか。
それについては、受け入れてもいたし、理解もしているつもりだった。
だから、覚悟はしていると言えたのだが。
現実は、その覚悟を優に超えて来る。
イーリスは、必ずしも、そう言った反応を見ないで育って来た訳ではない。
カルドおじいちゃんが、時偶、そうだったから。
でもそれは、何時もほんの一瞬だった。
気の緩んでいる時にだけ見られた、怯えたような色を含んだ瞳。
例え、それが一瞬だったとしても、そんな目を見てしまった時は、身体が、心が、凍てついてしまいそうな程冷えていくのを感じた。
大切に思っている相手だからこそ、尚更、そうなってしまうのだろう。
勿論そんな反応をカルドおじいちゃんに見せた事は無い。私が傷付いた知れば、カルドおじいちゃんが悲しむから。何時も空元気を見せて何事も無かったように振舞っていた。
だからだ。
親しい間柄の人以外であれば、それよりは我慢が出来るだろうと。
外の世界は広いのだからラビーウおばあちゃんみたいな、隊長さんみたいな人だっているだろうと。
だが、イーリスは識らないのだ。
例え小さな切り傷であっても、それが積み重なってしまえば、裂ける程の傷になってしまうと言う事を。
ほんの少しの希望が、時として自身を追い詰める毒にもなるのだと。
そんな浅はかな考えによる覚悟では、本当の外を識らない純粋な子供が、たった一人で自身を保ち続けれる筈が無い。
そうして、イーリスはブルートへ着くまでの道中、向けられる視線に、投げつけられる心無い言葉に、危機感を覚える殺意に、疲弊を感じていた。
当初、膝を抱えて俯く姿勢で座っていたイーリスであったが、ブルートの宿へ着く頃には、自身を守るかのように小さく身体を抱き抱えながら横になっていた。
目的の場所に着いたのか、馬の止まったり動き出したりと言った行動が増えて来た。
そんな揺れを全身で感じながら、また動きが止まったかと思えば、少ししてワッっとした歓声と、少しの悲鳴が沸き上がる。
どうしたのかと不思議に思うも、間を置かずに馬が再び動き出した。
ガタガタとした振動が身体に帰って来て、けれど、今度は直ぐ止まって、それ以降は全く動く気配がしない。それだけではない、ザワザワとした人の気配迄随分と無くなった。
戻って来た静寂に、ようやくホッと息を吐くが、少し離れた場から、見張りだろうか?若い男性の声がちらほら耳に入る。
「………………」
どうやら、心が休まる時間なんて無いようだ。
そう思っていたら、突然近くからガサリとした音と共に声を掛けられた。
突然の事で、心臓が大きく跳ねて、起きている事もバレていたから、落ち着かせてからゆっくりと身体を起こして、声のした方を見た。
あ、れ?あの人は……確か、私を檻に入れた──。
イーリスは、赤い髪色の隊員の方を見、そして檻の中に入れられた紙袋をチラリと見た。
聞こえた内容からするに食事を持ってきてくれたみたいだけれど……。
生憎、今の心情では、何かを口にしたいと言う気分には到底なれなかった。
「食べれそうにない?せめて飲み物くらいは……それも無理?う~ん困ったな」
『厄災の魔女』は、紙袋の方にチラリと視線を向けはしたが、それだけで、手にしようと言う素振りが見られない。
もしかしてと思い聞いてみたら、僅かにだが首を縦に振ったり横に振ったりと反応をみせてくれた。
その示した反応は、少し頭を抱える事ではあったが、サミアは直ぐに気持ちを切り替えたのか、パッと、明るい顔を見せる。
「ま、それもまた仕方ないか」
ツイッと、自力で檻の中へ置いた袋を取り出すその姿を見たイーリスは、少々申し訳ない気持ちになってしまう。だが、その気持ちは、一瞬で塗り替えられる事となった。
何故なら、目の前に居る赤い髪色の隊員が、手にした紙袋を燃やしてしまったから。
「────────え、」
薄紫の炎が、イーリスの目の前でゴウゴウとうねる。炎に包まれた袋はあっと言う間に消し炭となりパラパラと地面に落ちていった。
「ッ──────」
幾ら食べないからと言って、何も消し炭になるまで燃やさなくても良いじゃないか。
武器を構えようとした素振りをしなかったし、悪態も付く事がなかったから、この人は隊長さんみたいな人なのかと少しは希望を持っていた。
けれど、まだ食べられるものを何の罪悪感を持たずに燃やすだなんて──この人、優しそうだと思っていたけど、実はそうじゃない……のかも?
目の前で、読み取れない表情のまま、パンパンと服に着いた灰を払う隊員の事が少しずつ怖く感じ始めたイーリスは、ズリズリと、距離を取ろうと自然と動いてしまう。
「──アレ?もしかして怖がらせちゃったかな?」
警戒心を解きたいのか、にこにこと笑顔を絶やさず、更に檻へと近づいてくるが、今それを行うのは完全に逆効果でしかない。
それが分からないような人では無いと思ったのだけれど、そうした行動をすると言うのが、更にイーリスの中の警戒心を募らせる。
何だろう……。この人、何を考えてるか全然読めない。
にこにことした顔、けれど、その瞳は笑ってはいない。
いっその事、他の隊員の人達の様に、恐怖や怒り、嫌悪感をもって見られている方が、こんな腹の中を逆撫でされるような何とも言えない気持ち悪さを感じなくて済むのに。
ガンッ
檻が鈍い音を上げた。
何事かと、俯きかけていた顔を上げて見れば、彼の手が、檻の格子を握り絞めていて。一瞬、壊されてしまうのかと緊張が走ったが、彼の力ではそこまでには至らなかったようだ。
檻は、形を変える事無く健在だ。
檻の外と中、互いが互いを見つめ合う。
両者の視線は、逸らされる事がない。
「貴方は、私の事、怖くないんですか?」
先に言葉を投げたのは、イーリスだった。
「怖い?……ハハッ────」
今の言葉の、どこがそこまで面白かったのだろうか?
彼は驚いたかのように目を見開いてから、噴き出して笑って。
私を見る、灰色がかった彼の赤い瞳は──、一瞬にして、怨恨を含んだ、薄紫の物へと変容した。
「────⁈」
瞳の色が変わっ──。
「怖いだなんて……私の想いは、そんな薄っぺらなものではないッ!!!」
彼は、声を荒げる。
ガチャガチャと檻を揺さぶり、その激しい感情は彼の魔力を掻き乱し、周囲に薄紫色の炎を咲かせては散らせていく。
「?!────ッぅ」
余りの豹変ぶりに、イーリスは檻の端まで後退り、怯えた声を上げる。
だが、ガチャガチャと檻を揺さぶる行動も、恨みが籠った言葉も、止まる事はない。
「何故君は、まだ生きているんだ?何故他の魔女と同様の運命を辿っていないんだ?何故だ?何故そんなにも絶望せず──。君達は希望を持ってはいけない。愛されるなんて、そんな夢を、易々抱かせてなるものか。君達が……君が、それを再び得る事は無いのだと、私が教えなくては。何度でも、何度でもだ。君が、この世界に居続ける限り────」
彼の言葉は聞いてはいけない言葉だった。
問い質す様な言葉から始まったそれを、イーリスは耳を塞ぐことなく聞いてしまった。
なんて酷い事を言うのだろう、この人は。
なんて自分勝手な事を言うのだろう、この人は。
気にしたら駄目、考えたら駄目。
けれど、彼のその言葉は、嫌な程耳に、頭に、ぐるぐると残って。
今日一日の出来事もまた、彼の言葉に重なるように思い出されてしまって──。
イーリスの心には、剣が深く、深く、突き刺る。




