三十一 トドメの『終焉』
私は全力を出す気はない。
……でも、あの称号を解放する気とあの能力を使用する気はある。あれらは強さが六段階あるのだが、どちらも第一段階にする。
「……っ」
アルッディは私の体を爪で拘束して、床を引きずり回していた。この時点で奴の左腕は大蛇のようになっていた。ヤバ。
……『大蛇のように』というのは長さと太さがそうだというわけではない。肌に蛇の鱗のようなものがいくつもあるように見えるからそう言ったのだ。時間が経つにつれ、それは増えているので、あと数分もないうちに奴の左腕は完全に大蛇となるだろう。
あんなに年老いたのにも関わらず、よくあんな腕を振り回せるよね……と思ったが、よく見ると少し辛そうにしているように見えないこともない。無理をして、振り回していたのか。
「……っ」
引きずり回す速度が異常なので、このままだと私は耐えられず、気絶してしまうかもしれない。
結界を張りたいが、ここで魔力を使ってしまったら、後に体がどうなってしまうかわからないので、仕方なく我慢する。
「……くっ、イスヴァ!」
「クロノ様!?」
私の唐突な呼名に驚き、未だアルッディのせいで壁にめりこんでいるイスヴァは、こちらを見て目を丸くしていた。
「その、箒は……私には使えないのかっ!? 使えるのなら、私の腕まで飛ばしてもらえないか?」
「つ、使えないと思います……あと、箒の浮遊は現在できません……魔力を流しこんでいたから、一時的に浮遊させられていましたが、手から離れて数分経ってもう魔力は残っていないと思うので。残っていたとしても少ししか使えないんじゃないかと」
「そ、そうなの……お、おお……かっ!?」
話してる途中で壁に再び叩きつけられる。槌のように。
魔力を高める効果があるのは見ていてわかったからな。これなら能力を使わずともアルッディを殺せると思ったんだが……
まあ、いい。普通に称号の力を解放することとしよう。
解放のために口を開こうとして二秒……イスヴァがアルッディの腕を吹き飛ばしたからビックリした。
そんなことができるなら、最初からやろうよ……
イスヴァは爪から逃れた後、アルッディに一発魔法を食らわせて、倒れそうになるアルッディを黒魔法の結界で閉じこめた後に、私の元へとトタタと駆け寄ってきた。まだ元気そうだな。
出会った時と違い、メイドらしい気品は感じるがな。スカートの裾が汚れないよう持ち上げて走っているのも好感度は高い……が。
それを褒めてやるより先に聞きたいことがある。
「……あの、なんで今の捕まった時にやらなかったの?」
「……かっこいい啖呵を切られていたので、何かするのは無粋かと。結局、心配になってこうして脱出してしまいましたが」
「別にそんなこと気にしなくていいの……に。ちょっと待って……え、今……もしかして、私のことを『ご主人様』って言った?」
私の今の言葉で自身が何を言ったのか自覚したらしきイスヴァはかわいらしく頬を赤らめ、口を手で抑えた後、否定する。
「ち、違います! えっと、聞き間違いです!」
「別にいいんだよ。気にしなくて。それより、こいつへのトドメは私が刺していいかな? あんなこと言ったしね」
照れるイスヴァを見ていると微笑みそうになるが、そんなことしている暇はないんだよね。早く殺さないと。
……褒めるのもやめた。
「ええと……はい……どうぞ!」
少し躊躇うあたり、本当に優しいんだな。
「……っふうー」
魔法は使わない。もう、素手で殺す。これ以上、魔力を使いたくない。あそこまで老衰していれば、簡単だろう。
目前というところでイスヴァに結界を解除してもらい、私のアルッディの顔面タコ殴り時間は始まった……
……かに思えた。
「……ダメだ。立ってられない」
こいつ、結界解除と同時に蛇を……
自分の下半身を見てわかった。こいつは一瞬で完全に腕を大蛇に変質させ、それで私の下半身に噛みついたんだ。
まるで感覚がない。
倒れた私の上半身に蛇と化した腕が噛みつこうとしたので、すんでのところで私は結界を張る。
だが、正直弱いので数秒しか耐えられないだろうな。
結界が破壊されて噛みつかれる前に、私は首を動かしてイスヴァを見た。どうなっているのか知りたかったのだ。
当然だろう。私がこうやって噛まれているのに、彼が無反応でいるはずがない。
「……そっちもかよ」
アルッディは右腕も大蛇になっていた。それに噛みつかれたことでイスヴァは動けなくなっていた。そこまで強いのか。
「……ゲブッ……オエッ……グフッ」
胃液、血……その二つを苦しそうにアルッディは吐き出す。ま、こんなことしたらそうなるよね。
「ガハッ……グエッ」
もう一度、胃液と血が口から吐き出される。こちらはアルッディ自身の口ではなく、奴の蛇と化した腕の方にある小さな口だ。あの蛇はちゃんと生きて呼吸をしていたのだな。
「……ヤバ」
私は結界を破壊され、自身の右腕に噛みつかれてしまう。
まだ意識はあるからいいけどね。
……もう、躊躇わずに称号の力を解放しないと、私もイスヴァも命はないだろうな。やろう。
痺れる口を無理に動かし……私は詠唱を口にした。
「『解』ノ【壱】……『ゲフライウング』……【終焉皇】」
その詠唱と同時に私の魔力、筋力などといった全ての力が総じて膨れ上がる。第一段階とはいえ、力が十倍になるのだから、それなりにすごいよね。ダサいのが少しだけ気になるが。
私は自身の右腕を地面に叩きつけた。腕に噛みついた蛇を殺すためだ。地面に大きな窪みを作りたくなかったのでなるべく力をいれないようにしたつもりだったが、失敗。
蛇はあっという間に絶命し、地面に大きな窪みができる。竜の足跡の二倍ぐらいだな。自分で言うけど。
絶命した蛇は先程のモグラのようにゾンビになっては困ると判断し、『強闇刃』にてバラバラにしておく。
「……ッチッッッ」
それから、窪みを土属性魔力にて修正しようとした段階で左腕を失ったアルッディが駆けてきた。
馬鹿め。老衰してボケたか。
「……ッアアアッ!!」
アルッディの咆哮、そして……
「……ッチッッッ!!!」
また舌打ち。過去一番の音だ。私を挑発するというよりは、自身を鼓舞するため、あと身体能力強化のためにやったように感じた。
「……」
私は跳躍してアルッディの眼前に着地すると、彼の顔面に裏拳をかましてやる。ちなみに物凄い弱く打ったよ。これは奴の顔面を傷つけることが目的であって、殺すつもりはないから。
「……ッアッ」
イスヴァが見てないとはいえ、顔面を崩壊させるほどまでやるつもりはない。
私は奴の顔面にいい感じの殴打痕が一つできたことを確認した後、これ以上顔への攻撃は必要はないと感じ……
トドメの一撃を見舞う体勢になる。トドメとは言っても洞窟を壊すわけにはいかないから、多少は手加減する気だ。
「……あー」
地面に倒れて気絶しかけているので、下半身の急所を蹴り上げる。なんかムカついた。
それにより、ビクンっと魚のように跳ねたところへ今度は飛び蹴りをかました。物凄い表情で壁まで飛んでいったな。
ダメだダメだ。トドメを刺さないとね。こんな弱い攻撃ばかりじゃ、力を解放したのが無駄になる。
私はイスヴァを軽く確認した後、アルッディにトドメを刺すための一撃……その準備のために深く息を吸い込んだ。
左右の口端から白い息が漏れ……それとほぼ同じ瞬間に周囲の時間が一時的に停止する。
現在、ここは私だけが声を発することのでき、私だけが自由に行動することが可能な空間と化した。
「……」
私は虚空で無様に停止する哀れな男に望み通りの解放した力の……その一端を見せてやる気分になった。
称号を解放したことで、この能力に必要な時間は短縮された。今すぐ使うことができる。
これを使っても私は死ぬわけではないから、別に問題はない。イスヴァに関しても気絶しているから、死なないはず。これは、意識のあるもの全てに害のある能力であると思うから、イスヴァが起きている間には使えないんだよね。使うなら今のうち。
「満足だよね? アルッディ」
なんてね。聞いてないか。聞こえなくても私のやることはもう変わらないから、何とも思わないのだけれど。
「……何も知覚することができない状態で、静かに『終ワレ』……『グンウイラフゲ』……【壱】の『終焉』」
……途端、アルッディの体は崩壊する。時間が止まっていても、この崩壊が止まることは決してない。
「本当に醜い顔で死ぬものだな」
六、五、四、三、ニ、一……欠片も残さず消えるその前に、私は奴の身体の一欠片を握りしめ……
……砕いた。
「熱いな。ヤバい」
身体中が熱くなる……
詠唱が恥ずかしくなったとかではなく、称号の解放と能力の使用を短時間で行った代償なんだと思う。
凍ったかのようにも感じられる何もかもが止まった空間のはずだが、この身体の熱のせいでどうも静かに感じられない。
「……早く、イスヴァと……最深部に行かないとな」
身体の熱を無視し、私はイスヴァの方へと歩み寄った。
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