二十三 馬鹿たち
「ぐぅッ……ッ……話、だと……?」
ゾンマーは呻きながら、そう言って睨む。手を捻るという行為により、憎悪の感情が私にも向けられたのがわかるね。
「ああ、そうだ。こちらとしてはそんなに長く話をするつもりはないよ。ま、君の対応次第で長引く可能性はあるがね」
「何を……勝手に手前で決めてるんだ。この馬鹿女が!!」
……ピクッ……と、私の額に青筋が浮くのがわかった。一つだ。まだ一つだが、この子の次の発言次第でもっと浮くことになる。
「馬鹿女と……君は今、確かに言ったな。訂正してほしい。無駄に他者に怒りを向けるつもりはないんだ」
「……訂正? ハッ、訂正するわけねぇだろ。馬鹿女。俺は基本的に一度口に出した言葉は引っ込めねぇ! お前は馬鹿女だ。腹立たせることが目的だし、何ならもっとたく……ッ!?」
私はゾンマーの腕を掴み、その体を持ち上げて……槌のように振り下ろした。ちなみにこれは片手でやっている。右手ね。
森の主も、スピーネたちも、アルッディも、この子も……今日は本当に私を苛立たせる存在と遭遇することが多いな!!
青筋は二倍……つまり、二つ……だった。ゾンマーの発言の直後はね。だが、その後に森の主などのことを思い出したせいで、私の青筋は両手で数え切れないほどに増えた。そして……
……堪忍袋の緒は完全に切れ、私は自身でも制御困難なほどに体が暴走状態に入ってしまった。
思わず、振り下ろした後に再び手を捻ってしまったからね。
「クロノ様っ!」
「……はっ!」
目が覚めた。ヤバい。殺してしまうところだった。恥ずかしい。
そうやってイスヴァの全力の声が耳に届き、自身の暴走状態に気づいた時には、ゾンマーはボロ雑巾と化していた。
手捻り二回目の後にどうやら、再び地面に叩きつけていたらしい。完全に無意識下で行っていたな。
イスヴァは私の手を握り、止めようとしていた。あんなことを言った……あんなことを行った人物をよく庇えるな。
「くっ、はははッ……わかった、お前」
ゾンマーは立ち上がって笑う。ボロボロだが、何故か余裕があるな。なんだ、何を思った。
「お前ってさ、俺以上に煽り耐性のない馬鹿だろ。わかったよ、呼び方改める。陰気女、な。これでいいかぁ?」
「……」
「お前みたいにキレると暴走する陰気な奴ってごく稀にいるんだよね。俺もキレてるけどさ。お前とは理由が違ぇし、お前ほど暴走もしてねぇからさ。どうか、一緒にすんのはやめてくれよな」
「……」
「……笑えるわぁ」
ゾンマーは怒りの感情はそのまま。だが、顔面には喜色が浮かんでいるな。殺意も今ので弱まった。
……私の暴走も無意味ではなかったな。
「……そうだな、陰気ということも馬鹿ということも認めよう。ありがとう、こうやってすぐ怒りに我を忘れて暴走してしまうところは本っ当に早く直していくべき領分だな」
「……あ?」
「私はヤバいな。煽り耐性がなんでこんなになくなってしまったのか。冒険者を引退する前はもっとマシだった気がするんだが」
私はそう言うと、冷静にゾンマーを結界で閉じこめる。森の主に使用したものと同じものだ。
マオルヴルフが何故に助けにこないかって? それは後ろを見たらわかる。イスヴァが全部黒魔法で駆除済みだ。
「……なんだ、これ……結界?」
「これでやっと、冷静に話ができるな」
私はコホン、と軽く咳をするとその場に立って話を始めた。咳をしたのは気持ちを完全に入れ替えるためだ。
「私はまず、君に聞いておきたい。先程のイスヴァとのやり取りを聞くだに屋敷がアルッディに襲われたようだが、その襲われた時に君と君たちのご主人様以外にその場にいた者はいるか?」
「……は? いないよ」
「そうか。では、何故に他のメイドを責めない? 君のご主人様のお屋敷には君とイスヴァ以外のメイドはいないのかい?」
「……ッ」
ゾンマーは思い切り、私を睨みつける。ただ、身動きは取れない。
私の力は弱まっていないようで安心安心。
「いるのなら、君はイスヴァ以外も責めるべきだ。ちゃんと責めたのかい? 正直に言ってほしい。責めないのは理不尽だからね。イスヴァがあまりに可哀想だと私は思うんだよ」
「はっ……なんでお前に正直に……」
「ゾンマー先輩!」
おお、イスヴァか。反応してくるか。
「お願いですっ! クロノ様のお話を聞いてくださいっ!」
「お前の頼みなんて聞くわけねぇってんだよ! てか、なんでこんな煽り耐性のない能無し馬鹿女に『様』付けしてんだ!!」
「クロノ様は能無し馬鹿女などではありません。先輩に対して失礼なことは承知しておりますが、そのような蔑称を他者に使うのはメイドとしては不適切と思われるので、お控えするべきかと」
「お前のことだから勘違いしてそうだな。女性蔑視じゃねぇぞ。こいつを馬鹿にしてんだ。この馬鹿女を」
人を指ささないでもらいたいな。あ、私は称号を持っているせいで人じゃなくなってるんだったな、ははは……
……悲しい。
……まあ、何でもいいけど、感情を持つ者に対して指をさすのは不快だからよくないよね。私も他人にやりそうになるから、あんまり強くは言えなかったりするんだけどさ。
「別に女性蔑視してるとは思っていません。あなたのその発言はクロノ様に失礼であり、メイドとして不適切であるのでやめるべきだと進言しているのです。聞き入れていただけませんか?」
イスヴァからとんでもない魔力が出ている。だが、それは無意識だろう。間違いなくね。彼がこんな状況で尊敬する先輩にそんな威圧するようなことを意識的にするとは思えないから……
「……っはぁー……うるっさいなッ……わかったよ。確かにな。確かに……ご主人様の品位を下げるような発言だった。そこは悪かったな。だが……俺はそれ以外については謝らない。やることも変わらない。俺はお前やお前の大切な奴をぶっ殺す」
「やめましょう、ゾンマー先輩」
「……ッ」
「あなたは、本来とても優しい人。悪人のように自らなりにいく必要なんてないんですよ」
「……ッ……あッ!?」
ゾンマーの視線が鋭くなる。
「あなたが僕の大事な人を殺したいのは、もうよーくわかりました。やめて……いただけませんか?」
「……」
ゾンマーの今の視線は……それだけで人を殺せそうな……そんな印象を受けるほどに鋭かった。
「ここで殺してしまったら、あなたは堕ちていってしまう気がする。単純に僕にとって大切な人たちだからやめてほしいというのもありますが、あなたに堕ちてほしくないとも思います。だから……お願いです……やめて、いただくことはできませんか?」
「ッはぁー……ッなん……ッなんだよ……ッ。お前はッ……」
ゾンマーは拳を握っている。瞳も未だとがっている。だが、今ので殺意はほぼなくなっているね。
「ゾンマー先輩、もう一度謝りますね」
イスヴァは少しだけ近くに寄った後に謝罪の言葉と共に首を下げた。まあ、遠くでやると見えないしよくないよね。
「僕は、クロノ様のように他のメイドの方々を責めてほしいとは思っていません。僕はあなたに僕の大切な人を殺してほしくないだけ。そう誓っていただけるのなら、僕はあなたとご主人様に謝罪した後に自害します。嘘じゃありませんよ」
イスヴァはそう言うと、手に黒の魔力で剣を生成する。中級……だとするなら、『黒剣』……それで胸を……?
「……はッ!?」
私も同じ反応だ。声は出なかったけど、あまりの驚きに大きく口を開けて息を吸い込んでしまった。
動くべきなのに、体が硬直してしまっていたように思う。
冗談だと思っていた。本気で……本気で、死ぬ気なのか? こいつ、どうした……ヤバいぞ、これは。
「本当に……死ぬべきですよね。僕は」
「おいッ……! お前ッ、何してんだ!」
「死ぬんですよ。自分で。先程言ったでしょう?」
「……わ、わかったッ!! お前の大切なもんまでは殺さねぇ! だから、死ぬなッ! お前は俺が殺し……ッ!?」
ゾンマーの呼びかけに答えた後、イスヴァは彼から目を離し……自身の心臓部に『黒剣』を突き立て、思い切り……
「よかったです。その一言が聞けて」
「……あ……ッ」
貫通、させた。血と共に彼の体が地面に虚しく横たわる。
血の道ができ、それが呆然とする私のもとへ流れてくる。ゾンマーはそれを見て、私と同じように呆然としていた。
この場には今、状況を受け入れられずに呆然とする……二つの馬鹿だけが生きていた。
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