二十二 ゾンマーの殺意
道の先からやってきたゾンマー先輩……はクロノ様に一瞬だけ視線を向けた後、僕の方を見ながら怒鳴ります。
「イスヴァ!! これからお前のことを殺した後に……お前の大切な奴のことも全っ力でぶっ殺してやるよ」
「……っえ?」
彼は、そんなことを言わないので少し驚きました。
……物騒なこと自体はご主人様がいない時にこっそりと僕に対して言うこともありました。
でも、こんな酷いことを……彼は言う人じゃない。『大切な奴をぶっ殺す』なんて酷いことを。
僕は偽物だと判断し、すぐに睨みつけました……が、その顔はすぐに別の表情に変わることとなります。
「今だからバラす! お前が拾ってご主人様に届けようとした汚ねぇもんを全部捨てたのはこの俺だよ!」
「……!?」
その一言で僕の顔は青ざめ、過去になくなったものの記憶が思い起こされていきました。
あれは、僕が失くしたわけじゃなく……彼が……捨てていたってそういうことを……もしかして……
……違う、彼はそんなことをしません。嘘です。それか幻覚です。彼は……そんなことを……
現実から目を逸らしたくて、僕が視線を向けたのは彼の足元。
それは彼とのたまの外出時に何度も目にしていた、真面目さの表れである綺麗な靴。この洞窟は決して綺麗ではありません。それなのに、靴は前に見た時に限りなく近い綺麗な状態でした。
似ているだけ。そう思いたかった……しかし、現実は非情。
その靴には彼が職人に作ってもらったことがわかる。綺麗な鳥の意匠が入っていたのです。
「ああ……」
震えた唇から言葉が洩れます。
先程、まずいモグラを食べていたことの記憶など、とっくに忘却の彼方に飛び去っていました。
今の僕の頭にあるのは、目の前にいる人物が尊敬したあの人ではないと否定する自分の心の声。横から、クロノ様が声をかけていましたが、僕は振り向きませんでした。余裕がないのです。
「……い!! ……ぇるか! ……ヴァ!」
「違う、違います。だって、こんな洞窟に行く人じゃない。彼はこんなところに行きませんから……」
ここに来るのはおかしいのです。だってここは、ご主人様を殺したアルッディのいる洞窟で……そういえば、先程この人はアルッディと何度も言っていました……あのアルッディという男は僕が観た『エイゾウ』で自己紹介しませんでした。知らないはず。
やはり、偽物……っ!
そう思おうとしました……ですが、次の瞬間に再び放たれるいつもの怒りのこもった声……言葉で、僕は理解してしまいました。
「失礼すぎるな。さすがはイスヴァだ。そんな失礼なことを先輩に対して言えるメイドの後輩なんてそういない。いや、全くいないかな。洞窟ぐらい行くっての。シュバーイン様の付き添いでなぁ」
……彼は、正真正銘ゾンマー先輩であるということを。
「仕事は人一倍できず、教えたことも覚えず、おまけにあんな危険な魔法を平気でご主人様の庭で使おうとするッ!! それなのにッ……それなのにッ、何でお前がご主人様に人一倍可愛がられてんだ!! おかしいッ! おかしいんだよッッ!」
魔法を見られていたことは知りませんでした。衝撃的で普通なら驚くようなことのはず。
でも、この時の僕はそのことなど全く気になりませんでした。
「昔の話だと思ってるだろ。昔だからいいと思うなよ」
「ああ……」
「聞けよ……聞けよッッ!!」
怒号が飛びます……が、僕の頭は……耳は、その言葉を受けつけませんでした。耳を抑えていたわけじゃないのに。
「聞いてねぇのムカつくなぁ! あのなぁ。お前の一番悪いと思うところ、実はまだ言ってないんだよ。それはちゃんと聞けよ? おい、お前ら。そっちにいる【終焉皇】と使い魔っぽい隣の被甲目を拘束しろ。あ、後者は殺しても構わねぇからな」
「……私とこいつは邪魔だから拘束すると?」
「ああ、俺とそこの馬鹿との話にあんたとそれは邪魔なんでね」
「はぁ……そうか」
クロノ様は失意に暮れる僕の真横を通過したモグラの魔物によって、難なく拘束されてしまいました。
手が小さいのにどう拘束するのかと思ったら、手が肥大化してそれで拘束していました。爪も肥大化しています。
視線だけ向けて、確認しました。
「じゃあ、話すから、耳を澄ましてきちんと聞けッ!」
ゾンマー先輩……はクロノ様が拘束されたことで、安心したのかこちらへと早足で怒りを込めて歩いてきます。表情は未だ暗く……殺意もまだ消えてはいませんけどね……
「お前の一番悪いところはッ! ご主人様が危険な時にいつだってそばにいないところだ!! お前の部屋は最もご主人様の部屋に近い。であるのにも関わらずッ、病気の時も過労で倒れた時もッ……屋敷にやってきた侵入者によって亡くなられた時もッ! いなかったッ! なんで近くにいねぇんだよッッ!」
「……っ!?」
僕の頭が……耳が……彼の言葉をきちんと理解します。
……理解、させられます。それは、とても気持ちがこもっていて、僕の罪悪感を刺激する言葉だったから。
「……申し訳、ございませんでした」
深く深く頭を下げました。頭がポロッと落ちることも厭いません。そのつもりで下げています。
ゾンマー先輩が僕の後頭部の自身の踵を振り下ろしました。それにより、僕の頭は地面へとめりこみました。
被甲目は隣のクロノ様が動かないのを不思議に思うような顔で見つめ……その後に僕を見ながら、自身を拘束しているモグラの魔物の手から逃れようとします。
ですが、失敗。やはり、非力なのです。
「何を余所見してんだ!!」
被甲目の方を少し見てしまったことでゾンマー先輩に蹴り上げられ、僕は後方へ吹っ飛びます。ちゃんとクロノ様と被甲目のもとへ飛んでしまわないように考えたんでしょうか。
被甲目とクロノ様の手がどうやっても伸ばせないギリギリのところまで僕は飛んだのです。
「申し訳ございません」
まだまだダメですね。怒られているというのに、余所見など。どうしても気になったものを見てしまう性分は直さねば。
「喋ることも許してねぇよ!!」
頭が踏み潰されたことにより、更に床に沈みました。
吹き飛ばされたことで地面には軽く亀裂が生まれていましたが、踏み潰されたことでその亀裂は更に広がっていきます。
洞窟がこれで壊れたらどうなるでしょう。
もしも、先程の蹴りがクロノ様たちのもとへ飛ばないように計算されたものだとするなら、洞窟の強度についても、その前に考えていると思いますし大丈夫でしょうね。多分……
「ご主人様はもう帰ってこねぇ。だから、お前を殺すこと、そしてお前の大事な人も殺して大事なもんも全て潰すんだ。それで、お前のことを許す気分にやっとなれると思うからさぁ!」
「……ゾンマー先輩」
「あ!? だから、喋るなって!」
踏み潰そうとしますが、当たりません。
この人はその際にいちいち足を高く振り上げるんですよ。なので、避けることは容易なんですよね。
手を使って地面から抜け出した後、僕はクロノ様たちの方へ向かってコロコロと転がっていきます。
クロノ様に助けてほしいわけでも、彼女に何故わざと捕まったのか聞きたいわけでもありません。
そもそも、今は彼女に何かする気もしてもらう気もありません。
ゾンマー先輩に言いたいことがあるので、抜け出したのです。それが失敗した場合にクロノ様がいた方が助かると思い、近くに寄っただけ。できるなら、彼女に力を借りずに何とかしたいです。
「ゾンマー先輩、僕を殺すことは構いません。ですが、僕の大切なものまで全て殺そうとするのはやめていただけませんか? お願いします。僕の死後の体は好きに扱っていいですから」
僕の大切なもの……それはご主人様とシュバーイン邸のメイドの先輩の方々……だけではありません。僕は孤児だった時があるので、彼は僕が孤児だった時の仲間を殺すつもりなんだと思います。前に一度孤児に関する話をしたことがありますからね。
「あ? お前からの頼みなんて聞くわけねぇだろ。もう決めたんだよ。お前の大切なもんの全てが気に入らない。他のメイドに関してはどうでもいいから、それ以外は全部殺す」
「……」
これは……どうすればいいのでしょう。僕は、どうするのが正解なのでしょうか。ここで僕が無理やりに結界で閉じこめて言い聞かせ続けても、この人は変わる気がしません。
……試してませんが、僕が何を言っても聞いてくれる未来が浮かびません。なので、言いたくありません。
言って……彼の殺意が更に増してしまったら……そう思うと、怖い。ダメですね、こういうところもメイド失格なんですよ……
僕に向かって、ゾンマー先輩は殴りかかろうとします。ああ、ダメだ。最悪です。最悪すぎます。
悲しみに顔を伏せた瞬間に僕の横を、風……いえ、風と同じような速さのクロノ様が通り過ぎていきました。
そして、僕が顔を上げた瞬間にはゾンマー先輩は膝から下に崩れ落ちていました。何が起きたのかわかりません。
よく見ると、クロノ様は殴りかかってきたと思われるゾンマー先輩の手を外側に捻っていました。
……何らかの格闘術……でしょうか。
「イスヴァ、君はそこで待っていろ」
「て、てめぇ……ッ!」
立ち上がろうとしたゾンマー先輩の手を再びクロノ様が捻ります。それにより、彼は我慢できなくて悲鳴をあげました。
「がぁぁぁぁ!」
クロノ様に格闘術の心得もあるんですね。本当にすごい方だ。
「ゾンマー……くんだったかな。イスヴァとはもう十分話したろ。また後で話していいけど、先に私と話そうよ」
彼の手を捻ったまま、クロノ様はそう言うのでした。
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