十六 道化メイドと真面目執事との別れ
高確率で再び死ぬ、とはどういうことでしょう。
アルッディという者に負けて殺されるということでしょうか? そこまでアルッディという奴は強いんですかね。
「あなたがこれから出会うと思われるアルッディという輩が強いというのもありますが、それだけではありません」
「それだけではない……?」
「はい、あなたのような【冥土王の使徒】……略して【冥徒】は仕えるべき相手がいないと数日で絶命する呪いの称号なのです。その仕えるべき相手というのは誰でもいいわけではありません。一部の称号所有者だけなのです。【終焉皇】クロノは私が今言った一部に含まれるのですよ。仕えないとあなたはあと一週間足らずで亡くなってしまうので、森に戻ったらお早めに忠誠を」
お早めに忠誠を、って……すごい言葉ですね……あと、彼女の名前を今サラッと言ってましたね。彼女は『クロノ』と言うのですか。あまり聞かないような名前に感じます。
「『ご主人様』と呼ぶ必要はありません。イスヴァ様がそう呼びたくないことは重々承知しておりますから。『ご主人様』として扱えばよいので、彼女の名前『クロノ』に『様』を付け、『クロノ様』と呼ぶことをおすすめいたします」
「彼女をそう呼ぶのは構いませんが、彼女に仕えることは拒否させていただきます。死にたいわけではありませんが、彼女に仕える道しかないのなら僕は死を選びますよ」
僕は断言します。この身は永遠にシュバーイン様に捧げると誓いました。例えもうこの世にいないんだとしても……
「……わかりました。イスヴァ様。では……洞窟にいる間だけ、彼女のメイドになってください。外に出たら、やめていいので」
「……え、えぇ……」
まあ、でも……洞窟にいる間だけって言ってますしね。
嫌です……嫌ですけど……うーん……
……うーん……うーん。
そうして三分ほど悩んで悩んで……唸って唸った末に、承諾しました。本当は……嫌ですけど。まあ、洞窟の中だけなら。
「イスヴァ様。もうすぐ帰るべき時間になりますが、それでもまだ質問の時間ぐらいは残っております。何かありますか?」
僕が『何か他にやらないといけないことはありますか』と聞いてみようと思ったところで、ツァウがそう切り出してきました。ちょ、ちょっとビックリしてしまいましたね。
「ええっと……質問はあります。ツァウでなくユーングさんに聞きたいのですが、ツァウの話が本当で僕が再び死ぬ可能性が高いなら、何故それを先程お伝えしてくださらなかったのですか?」
ユーングさんに視線を合わせて、真剣に問います。ツァウが知ってて一緒にいたこの人が知らないはずはないと思うのです。
何か、意図があるのかもしれないので話が進む前に聞かねば、と思い聞いた次第です。
「……はは」
微笑みながら、視線を僕から逸らすユーングさんの姿を僕も……ツァウも見逃しはしませんでした。
僕が何かをするより前にツァウはユーングさんの顔を無理やりに掴んで、耳元で何かを囁きました。
「……っひ!?」
どんなことを囁いたのかは不明……ですが、ユーングさんの顔が青ざめ、額から少量とはいえ冷や汗のようなものが流れていることから、何やら恐ろしいことを言われたんだろうな、という想像はつきますね。「後で路地に来い」とでも言われたんですかね?
いや、そんな古典的なわけないでしょ。しかも、この空間に路地なんてないでしょうし。はは……それより……
「教えてください、ユーングさん! 何故ですか?」
「はは、ええ……そうだねー。えっと、君が森に戻る直前で話そうかなって思ってたかなー……」
……キュンのくちばしがユーングさんの頬を直撃。確実にツァウの指示でしょうね。見ずとも自明。
「嘘じゃないぞ」
ユーングさんがそう言って……
「ウソジャナイゾ」
キュンもそれを真似するように言います。
「いや、嘘でしょう。というか、嘘じゃなくてもダメですね、それは。直前に話す内容じゃありませんから」
「くっ……確かに」
「阿呆なのですか? あなたの頭部には脳味噌によく似た塵芥が詰まってらっしゃるのでしょうか? 今から取り除いて差し上げますよ。私はあなたの何倍も優しく、聡明であるので」
「自分で言うな……あと、聡明さ関係ないじゃん」
近距離でよくそんなことを言えますね。その度胸は賞賛に値しますわ。いや、何も考えてなかった可能性もありますかね。
何であれ、僕は黙って終わるのを待つのみです。
「聞こえてますからね、塵芥。次に同様の発言をしたら、あなたの脳味噌は赤い液体により、彩られることになります。塵芥の如き汚い脳味噌もそうなったら、多少はマシだと思いませんか?」
赤い液体などと言い換えてはいますが、それを加味してもあまりに恐ろしい発言。口が悪いのはメイドの先輩であるゾンマー先輩もそうですが、あちらより表現に棘があるように思えます。
「……わっ、わかりましたよ、ツァウ様ー。俺が全面的に悪かったですよ、本当に申し訳ございませんでしたって」
ユーングさんは頬を軽く膨らませてそう言い、キュンを追い払った後に僕の方を見て首を下げてきます。
ちなみに頬を膨らませたのは一瞬だけでした。女性らしい一面というのをそれまでの間で覗かせることが一切なかったので、今ので初めて女性らしさを感じましたね。
それまではずっと、メイドの格好をした女性の道化という印象だったので。はは。女性らしさもいいですが、尊敬していた人物だったので、メイドらしさももう少し見せてほしいです。
「申し訳なかったよ。普通に言い忘れてた」
「別にいいですよ、お気になさらず」
僕は人を責められるほど立派な人間ではありませんし。物事を忘れることなんて、よくありますもの。
「では、イスヴァ様。大変遅くなってしまいましたが、そこの箱をお開けください。今のあなたに必要な物が揃っています」
箱は少し大きめ。しかも、持ってみたところ重くもあります。何かが複数入っているというのは、今のツァウの『揃っています』という発言から推測できますが、振っても特徴的な音がするわけではないので、中身の推測までは無理っぽいですね。
開けてみると、そこには大量の……僕がお屋敷で何度も使用してきたあれらに似た物が入っていました。
「これは、メイド道具ですか?」
「その通り」
「ユーング。今は私が話して……」
ツァウがユーングさんに迫ろうとしますが、ユーングさんはそれに動じず、真剣な顔で言います。
「俺はこれでも元メイドなんだ。メイド道具の解説ぐらいは任せてさー……そこで大人しくしててくれ」
「……わかりました」
ツァウは黙って目をつむり、キュンと共に後退します。後退したのは話をする際に視界にいると邪魔だと思ったとかですかね。
「さーて、お堅い執事さんが視界から消えたとこで解説始めまっすかー。さっきから俺めっちゃ喋ってると思わない? 今日だけで五年分くらい喋ってるよ。本当に」
「あの、早く始めていただけません?」
「そうだな。えっと、まずそれから話すかなー」
ユーングさんが指をさしたのは箒でした。僕が最もお屋敷でのメイド仕事にて使う道具です。心做しか僕が使ってきた箒と持ち手の意匠が似ているように感じますね。
解説によると、これは魔力を流すことのできる特殊な箒らしいです。魔力を流すことによって伸縮、解体と魔法の威力増大が可能なよう。威力を増大させた魔法を放ちたい場合というのは、穂先まで魔力を集中させなくてはならないようですね。
もちろん、普通の掃除用としても使えますが、折角の魔力を流せる箒なので戦闘に使った方がいいかもしれませんね。
流している間は箒の持ち手の意匠が属性を表す色に変化するそうです。火なら赤。水なら青……などと言ったよう魔力を流せますが、あまり大きな魔法は放てないようです。
……ただ、ハタキよりは役立つと感じました。何故なら、これは魔力の色を変えることが可能らしいからです。
何か塗料のような物を使う必要はなく、ただ念じるだけで変色させられるよう。
魔力の色を変えられるのは、相手にどんな魔法を使用しようとしているのかバレなさそうですし、ご主人様に見せていたような一芸にも使えますし、素晴らしいと思うんですよ。
一芸はご主人様がいないのに何故にするのかって? 一芸をすること自体好きだからですよ。えっと……クロノ様にも見せてあげたいですね。あ、先輩のメイドの方々にもまた生きた状態で再会できたなら、見せてあげたいと思っていますよ。
「あとはこの布巾と屑籠らしきものと……なんかこのよくわからないものですか?」
「その布巾は事前設置の魔法罠がある場所を拭くことで無効化できるやつ。魔法罠にしか使えないから、万能じゃないけど普通に役立つと思うわー。先にあげた奴と同じで普通に掃除にも使える。その屑籠は『携帯式魔力屑籠』っていうんだよ。自由に大きさを変えられるし、魔力を中に入れることができる。便利だと思わね?」
「なるほど、確かに便利ですね」
「最後のそれは一般的じゃないからわからんよねー」
「見たことないですし、本にも書いてありませんでした」
本というのはユーングさん著のあの本のことです。あの本にはこういったメイド道具の名称や使い方、歴史なども事細かく記載されていましたからね。そこにこんな物はなかったんです。
「それは『消魔器』っつって魔力暴走した際に使う。そこの取っ手を握って、魔力暴走した人間へ向けた後に取っ手を引っ張る。すると、勝手に魔力が霧によって薄れていくって感じだよ」
「……なるほど」
「ちなみにこれは魔力暴走にも対処できる。優れものだよね。ただ、その場合は暴走が完全に止まるまで噴射しないといけないから手が疲れる。ま、君や【終焉皇】なら大丈夫だろうけどね」
魔力暴走した時にも使えるのは便利ですね。
また、さっきの闘技場の時のように暴走したらこれを噴射……
「クロノ様は滅多に魔力暴走しなさそうですし……もしかしてこれ、僕が使う機会こないのでは……?」
「ははは、そうかもねー。まー、いいっしょ。別に」
ユーングさんは笑っていますが、僕は悲しいですね……少しだけ使ってみたいんですよ。
かといって、何もないところに噴射しても意味ない……それどころか内部の霧の無駄遣いになるかもしれません。
「あ、そういえばこれらはどうやって持っていけばいいですか? あまりに多すぎて持ち歩くのが大変なのでは?」
「大丈夫だよー。そこら辺はきちんと考えてあるとも。さっき見せた『収納の魔眼』ってあるだろー? あれを君に貸与する。意味はわかるな? 貸与だからな。いつか返してもらう」
「あ、はい。ありがとうございます。え……すみません。魔眼ってことは貸与時にもそれなりに気持ち悪くなるのでは?」
なったら、嫌です!
急いで拒否しようと首を振りますが、遅かったようです。
ユーングさんはとてもメイドとは思えない道化のようなおちゃらけた表情で僕の顔を掴んできました。ひああ……
「大丈夫。さっきみたいに倦怠感は持続しないってー」
「だからって、嫌ですからうぅあああえ……おえっ」
胃液が喉まで到達したところで僕は上を向きます。『絶対に吐きたくない吐きたくない吐きたくない』……そう思いつつ。
「……?」
上を向いて数秒、本当に体調が戻ってきました。
「ははは、本当に大丈夫だったろ」
「ぜぇー……はい、まあ……そうですね」
口端の液体を、恥をかくことのないようにできるだけ上品に拭き取ります。あっ、先程いただいた布巾で。
本当なら普段使いしている手布を使えればよかったのですが、どこかでなくなったようで今は持ち合わせていないのです。
『とほほ……』と思いながらも、僕は貸与された『収納の魔眼』を発動させてみます。発動する方は気持ち悪くならないようで、普通に仕舞うことができました。まあ、使う側も気持ち悪くなることはさすがにないですよね。ちょっと……よかったです。
話が終わったと判断したらしきツァウが目を開けてこちらへと戻ってきました。キュンを連れて。
「声が聞こえなくなったので解説などは終わったと判断しました。もうこちらからできることというのはございませんし、【終焉皇】もあなたのお目覚めを待ち望んでいると思いますので……」
「君のご主人様の仇であり、俺たちにとっての邪魔者であるアルッディ。あいつは今も動き続けている。先輩のメイドたちや【終焉皇】に何かが起きるより前に戻ってやんな」
「……っこの塵芥。割り込まないでください」
「別にいいだろ」
「や、やめてください」
「ヤヤヤメテクダサイ!」
また二人による激しい口喧嘩が始まりそうでしたので、それをキュンと共に仲裁したところで穴が開きました。あちら側を見通すことはできませんが、この状況で出てきたということは、森に繋がっていると見て間違いないでしょうね。
僕は二人と近くにいたキュンに手を振ります。もうしばらくは会えないと思うので。
「ツァウもユーングさんも……そしてキュンも本当にありがとうございました。心より感謝しております。また会いましょうね」
「ああ、その魔眼はきちんと有効活用してな」
「はい、お元気で」
「オゲンキデー」
お二人と一匹は快く返事してくれます。ただ、少しだけ言いたいことがあるのでまだ穴をくぐるつもりはありません。
「ツァウ、あまりユーングさんに辛辣な態度を取らないであげてください。ユーングさん、今度はもっとメイドらしいところを見せてくださいね。すぐは無理でもいつかまたここに来ますから。キュンは……まあ、元気で頑張ってくださいね」
「……はい、イスヴァ様。善処……します」
ちょっと口ごもりましたね。本当に嫌いなんだなということがよく伝わってきますよ。まあ、ツァウのことですから、ちゃんと言う通りにしてくれるでしょう。心配は特にいりませんね。
「申し訳ございません、【冥徒】のイスヴァ様。メイドらしきところをお見せすることができなくて」
「モウシワケゴザイマセン!」
「いや、最後に見せようとしなくていいですから」
ユーングさん! 僕は別にそんなすぐにメイドらしいところを見せてほしいとは言ってないんですよ!
……キュンもそんな言葉を真似しなくていいですから。なんでこの子はカラスなのに、こんなに人の言葉を真似するんですかね。さっきツァウに弄られる前はこんなこと言ってませんでしたし、弄られた影響でこうなったんですかね。
あと、【冥徒】って略称はやはり違和感ですね。『徒』は『と』と発音すべき単語なのに『ど』と発音しているわけですし。
……ま、いいですけどね。
似合わない、違和感しかない彼女の珍しい敬語やキュンの言葉、【冥徒】という略称のおかしさを思って笑いながら……僕は最後にもう一度笑顔で手を振り……穴へ入るのでした。
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