十四 虎、猪……蜘蛛に襲われて
この森は実は『ヴァシルトの森』という正式な名前がある。私はそれをきちんと呼ぶことはないけどね。
森の名前が嫌いなわけでも、森自体が嫌いなわけでもない。ただ、面倒だという理由で今まであまり呼ぶ機会がなかった。
今度からはもっと呼んでみよう。何となく。意味はない。
「あと、少しだな」
ここまで二分かかっているんじゃないかな。普通なら、多分二十分ぐらいはかかるけど、本気を出しているから二分で入口に近いここまで来れている。動体視力の優れた動物や魔物が見ても、恐らく今の私の姿を正確に視界に捉えることは難しいんじゃないかな。
「……」
それにしても、全速力で走れるのはいいね。
森の主であるツヴァイドが仕掛けた目覚まし時計は既に全損しているし、ツヴァイドは私の結界内にいてこちらに何かをしてくる心配はないし、動物も避難させているから心配いらず。
イスヴァが眠っているベッドなら、走っても振り落とされないように走り始めて数秒のところで棺桶の形に変化させておいたし、こうやって全速力で森の中を駆けても、全く問題がないんだ。
本っ当に気持ちいい。これは森の中だからこその気持ちよさだ。一分間で着いてしまうから、少ししか楽しめないのが残念。まあ、イスヴァのこともあるから、速度を落とす気はないが。
「……道に魔物?」
ここから少し先の方の道に十匹ほど魔物がいる。虎の魔物ティーガが一匹、猪の魔物エーバも一匹、そして何故か虫である蜘蛛の魔物、スピーネが二匹。どれも通常個体より大きい。私の身長は百六十五……ぐらいで、そのうちのティーガ、エーバは二倍の近くの大きさだ。
ちなみにスピーネは本来、それらの二種と比べたら大幅に小さいはずの魔物……しかもここにいる二種は特殊個体で通常より大きいというのに、それらをゆうに超えてしまうほどの異常な大きさを有している化け物蜘蛛だった。正直あれが一番厄介だろう。
大きさも気になるが、出現場所も気になる。
本来、この三種類の魔物はこのような場所にやってこない。住処とする場所がここから遥か遠くにあるからね。
その上、私はまだ魔物を含めた全ての動物を能力で遠くまで避難させている。ここまで来るのは、どう考えてもおかしい。
「誰かが故意にここまで移動させたとしか思えない。誰だ?」
森の入り口はもう結構近い。そんな場所にいることから、私に敵意を持つ者が私をヴァシルトの森から出さないために呼び寄せたんだと推測した。敵意の持つ者……先程ツヴァイドが言っていたアルッディという輩かな……
「魔物を呼び寄せる力を持っている? ヤバ」
もしそういう力をアルッディという輩が持っていたとして、ツヴァイドがそれを伝えなかったのは何故だろう。
知らなかった? 伝え忘れていた? 知っているけども、何か事情があって敢えて言わないでいた? なんだ……?
何であれ、殺すつもりはない。それは時間も魔力も微量とはいえ消費してしまうことだからね。
私は脚力も人一倍あるが、それでもあの数のヤバい魔物の上を足だけで飛び越えるのは容易ではない。だから、ツヴァイドとの戦闘でもやったが、風属性の魔力を利用していくことにしよう。
私はそう思ってからすぐに魔力を地面にいくつも放つ。できるだけ高く飛ぶためだ。
ちなみに、ツヴァイドの時より高い。高くしないと、ああいった魔力に敏感そうな魔物はすぐこちらに気づいてしまうから。
「……っ!?」
蜘蛛の魔物であるスピーネの一匹が長く……細く……その上強靭で……粘性も非常に高い糸を私の足に巻きつけていたことに気づく。焼き切ろうとしたところで私の両腕が別の糸により拘束されてしまう。ノロノロと動いていたわけではないが、あまりに糸が速かった。地上から伸ばしたとは思えない。
確認するのはすぐにはできない。両腕を拘束されているし、それによりイスヴァが入った棺桶が落下してしまったからだ。
結界にて覆われているし、棺桶自体も丈夫だから心配ないのかもしれないが、それでもやはり心配になってしまうな。
拘束されたことで手から魔力が出せなくなった私は地面へ向かって落下中。足で魔力を放つしかないか。足も拘束されているが、手と違って地面の方を向いているから問題ない。
「……っお」
下にはティーガとエーバが待ち構えていた。スピーネが強いし、あれらも強いと考えていいだろう。
「……っやはりか。うるさ……っ」
地上に近づこうとしたところで、突如ティーガが咆哮。これのせいで私は空中で体を動かせなくなる。いや……それがなくても糸のせいでほとんど動けていなかったけどね。ヤバいわ。
そのまま落ちたら、ティーガに食われるか、エーバに突進されるよね。はぁ……エーバの方がマシだな。こんな状態で食われたら、脱出は容易ではない。食われて死ぬことはないだろうが、それでも森から出るのがあと数十分は遅れてしまうだろうよ。
エーバに突進される方を選び……
「……あー……いや、称号使うか。使えば大丈夫だな、うん」
あれの力により、私の身体には再び活動の自由が与えられる。彼らに迫るまでおよそ数メートルといったところで、痺れる足から何とか風属性魔力を出すことに成功。滞空時間が増える。
その後、高濃度の火属性魔力で腕と足の糸を焼き切り、真下にあるティーガとエーバに向けて闇属性の上級魔法、『強闇球』を濃縮させてニ発放った。威力に変動はなし。
濃縮させたのは単純に森に被害が出ないようにするため。もちろん……放つ場所は選んだ。同じ場所に二発放つべきではないとは思っているよ。威力は上がるが、爆風も大きくなるしね。
そう思っているから、私の体を狙って大きく移動したエーバに対して、しめたと思いつつ先に一発。エーバがやられた後に離れた場所のティーガにもう一発。といった感じだ。
危なかったな。あの場所だと打ち間違えてしまった場合には近くの木に当たっていただろう。
「あ、ヤバ……」
木のことより、イスヴァの入った棺桶のことを心配すべきだった。何故に気づかなかったんだ。私はダメダメだな。結界が強いおかげで無傷だったからいいが……
結界の強さを再確認して自分を叱咤するための頬叩きも済ませてから、一言。
「早く降りよう」
私は別に空中戦が得意というわけではない。むしろ、苦手だ。
……何度か、空中で戦った経験があるということと、私自身の能力などが高いことによって、何とかこうして戦えてはいるのだが、地上の方が自身の力を活用できる自信がある。
完全に接地するまでの間に地上での衝突の痛みを軽減できるように闇の魔力でイスヴァのものより、大きめのベッドを地上に創ろうとしたのだが、残念ながら直前で私の死角にいたと思しきスピーネが吐いた毒を体に浴びてしまって、失敗してしまう。これは先程、私に糸を巻きつけてきた個体とは別のものだと思う。根拠はない。完全な勘だが、この勘は当たっている気がするんだよね。
もう地面は近かったため、何かをする間もなく地面に激突。体が硬いため傷はないが、ローブが汚れてしまったな。
私は汚れてしまったローブを軽く手で叩く。本当なら脱ぎたいところだが、これは正体を隠すには必須。脱げない。
「はぁ……」
ため息と同時に称号の影響により、毒素が勝手に体内で自動分解される。毒による倦怠感などは消滅した。
……全部の魔物がどうなのかはわからないが……少なくとも、私に攻撃してきた二匹のスピーネは絶対に強化されているな。あんなヤバい強さのスピーネには未だかつて出会ったことがない。
「早く仕留めて、イスヴァを連れて街へ向かって逃げねば……っ」
棺桶へと視線を向ける。無事だ。
その後、スピーネを探すために視線をあちこちへと向ける。
「よし」
発見した、二匹とも。一匹は森に隠れている。毒を吐いた方だね。もう一匹は空中。やはり、私の勘は当たっていたようだ。後者が空中にて、私の四肢を拘束したものだろう。
私は先に、死角から毒を吐いてきたスピーネを目指す。全速力で走るだけでは足りない。称号利用により、更に速く……
一匹は木の上に身を隠しているのが厄介だな。草木に被害を出したくないため、素手で仕留めたい。
あ、この程度の毒なら体内で自動分解できることが判明している。どこに入っても問題はない。
瞬時に接近した私は奴に気づかれる前に奴の全身を自分の硬化させた手刀により、バラバラに切断。知覚できないほどに高速だったので、奴は何もわからぬまま死んだんじゃないだろうか。
バラバラになって、木から緑色の血を垂らしながら落ちていくスピーネを一瞥後、もう一匹の方も仕留めに行く。
こちらも素手だ。同様の速さでの接近だったので、こちらも知覚はされていないはず。あちらより強そうだったので、もしもの時のために左手に風属性魔力を溜めた状態で手刀を放った。
無問題。意外に硬くなかったようだ。
私は溜めた風属性魔力を消すと、地上に静かに降り立つ。
なんか二匹とも斬り心地が悪かったのは少し気になるが……まあ、それを気にするのはやめておこう。
早く、イスヴァが入った棺桶を背負って街に行きたいからな。彼が助からなくなっては困る。
「……はっ……気持ち悪い」
死んでいながらも口を震わせ、気味の悪い音を出すスピーネに対し、冷ややかな視線を向けた後に、私はイスヴァの入った棺桶を背負って、再び入口目指して走るのだった。
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