十 『エイゾウ』の中のご主人様
『エイゾウ』の中では最初、お屋敷の廊下を一人で歩いているゾンマー先輩が映っていました。
なんでご主人様ではなく、ゾンマー先輩なのでしょう。
ご主人様が亡くなる瞬間を捉えているというわけですよね? おかしくないですか? ゾンマー先輩がご主人様に何かしたということでしょうか? 僕と同じくご主人様を敬愛するゾンマー先輩ですから、ご主人様に危害を加えることはないと思いますが……
「あ、君のご主人様の部屋の前に来たね。あれは……ノックしてるのかな」
「ハイルゾ! ヘヤニ! ハイルゾ!」
なんか、横でユーングさんとキュンがうるさく実況しているので、少しだけイライラしています。
ゾンマー先輩が扉をノックした後、数秒遅れて室内から低めの男性の声が聞こえています。『エイゾウ』越しなのでわかりにくくはありますが、あれはご主人様の声です。今までご主人様のお声は間近で何度も聞いているので、間違いありません。
「部屋の中の『エイゾウ』はどうするのか気になるだろー? 部屋の中はね、キュンくんの弟である透明化させた量産型監視カラスに任せてる。そいつが『撮影』した『映像』に切り替えるから、少しだけ待ってね。遅くても五秒で切り替わると思う」
……映りました!
本当に五秒だったので、少し驚きます。
「ご主人様の部屋を勝手に覗くのは少し罪悪感がありますね」
「そう思うなら、『映像』が切り替わる前に俺かキュンくんに言うべきだったんじゃなーい?」
「その通りですね。返す言葉もありません」
軽く首を下げます。
「ご主人様の部屋を覗くことに罪悪感があるのは悪いことではない。むしろ、感じるべきだ。メイドなんだから」
「では、何故にそんな場面を?」
「部屋の中に侵入者がやってくるんだよ。侵入者の姿を見ることができないなら、何の意味もないだろー? それとも、ご主人様の部屋の扉をじっと見ていたかったの? それなら、さっきのキュンくんが『撮影』した『映像』の方に戻してあげる」
「いえいえ、そのままでお願いします。変なことを聞いてしまいましたね。言うべきではありませんでした」
反省して、ユーングさんから『エイゾウ』へと視線を戻します。
こちらに配慮したユーングさんが止めてくださっていたようで驚きました。『エイゾウ』って止められるんですね。
『お待たせしました、ご主人様』
『エイゾウ』の中のゾンマー先輩が喋り出したので、少し驚き。ただ、声を出すとゾンマー先輩のお言葉を聞き逃してしまうので、自分で口を抑えて画面をじっと見つめます。
その様子を見て、一人と一匹が笑っていますが無視。
『別に待っていない。まだ時間はあるからな』
『ああ、まだ時間はあるんですね』
えっ……これ、どこか聞き逃してます?
まだ時間はあるという言葉がどういうことなのかわからず、困惑しつつも僕は『エイゾウ』を観続けました。
『……私はユーングという人物に一昨日会った』
ユーングさんの名前が突然登場してビクッとします。まさか、ご主人様の口からその名前が出てくるとは……
『……』
『私が元は平民だということは知っているよな? あいつは私が平民だった頃にたまたま会った奴でな。当時は普通のどこにでもいるメイドという感じだったんだが、今はメイドを辞めてとある場所で神の手伝いとやらをしているらしい。最初は驚いたよ。ふざけているのかとも思った。でも、本当だとあいつは真剣に言った』
ご主人様が元々は平民だったという情報にも驚かされました……ですが、ユーングさんが神の手伝いをしているという情報やそれを真剣に伝えたということの方が格段に驚かされました。
『あいつは冗談を言う時にあんな顔をしない。俄には信じ難い話だが、信じることにした』
『……』
『あいつに色々な話を聞いたが、もうすぐ侵入者が来るだろうから、特に言いたいことだけを言う。私はイスヴァだけを転移させるというユーングの考えに賛同したが、それはお前らを見捨てたわけじゃない。私は自身の命を犠牲にして、お前たちのことを確実に救ってやる。途中で逃げ出すなんてことはしない』
えっ、ユーングさんが僕をあの森へと転移させたのですか……?
僕の怒りを察したのか、ユーングさんが『エイゾウ』を止めます。
「ごめんごめーん。君だけを森に転移させたのには理由があるんだ。許してほしい!!」
「理由……?」
「君が冥土王の息子だからだよ。俺が使う転移穴は他人が通れないように、冥土王の血縁と俺しか使えないようになっている。これで納得できる? 俺だって君のご主人様やメイドを助けてやりたいけど、どうやっても無理なんだよね。悪い」
僕が「……わかりましたよ」と頷いて、『エイゾウ』の方に視線を戻すと、ユーングさんはホッと息を吐いた後に『エイゾウ』を再生させます。それ、聞こえてますからね?
『そんな……ッ……!! いけません。ご主人様が何かをする必要など一つもあり……!?』
ゾンマー先輩が懸命に止めようというところで、唐突に部屋の四方から轟音が鳴り響いてきます。あまりの音に『エイゾウ』を観ているだけの僕も咄嗟に耳を塞いでしまいました。
後ろのユーングさんとキュンくんを見ると、二人は平然としていました。人工カラスのキュンくんはともかく、なんでユーングさんはそんなに平然としていられるんですか……?
『エイゾウ』では、それから三秒ほど轟音が続きました。
……そして、その三秒後にゾンマー先輩が立っていた場所からほんの少しだけ離れた棚に置いてあった花瓶が何かに操られるようにご主人様の後頭部へと真っ直ぐに飛んでいきました。
避けました……?
……いえ、完全には避けられず、少しだけ食らったみたいです。頭から血のようなものが少し出ているのが見えます。
それほど速いわけではありませんでしたが、轟音のせいで耳がやられていたこともありますからね。
あれは僕でも知覚が遅れると思います。
『ご主人様!!』
よろけるご主人様を観て、『エイゾウ』の中のゾンマー先輩は必死な形相でご主人様に駆け寄ります。
そんなゾンマー先輩の後頭部に無慈悲にも押し寄せる花瓶……
いえ、あれは美術品ですね……! 絵画や謎の彫刻です。先程より速かったので、一瞬何なのかわかりませんでした。
ただ、ゾンマー先輩はそれにいち早く気づいて、寸前でご主人様を抱き寄せつつ、見事に二人で避けることに成功します。あんなに沢山の美術品が押し寄せていたのに、ご主人様をきちんと抱き寄せつつ避けられるなんて……やはり、ゾンマー先輩はすごいです。
『ご主人様、早くここを脱出しましょう!! まだ美術品などは残っています。このままだと私たちどちらも命がありません!』
『出させてもらえないと思うぞ』
『え……』
ゾンマー先輩の言葉とほぼ同時に扉が開けられ、誰か入ってくる音が聞こえてきます。
量産型人工カラスは軽く鳴き声を出した後、入ってきた人物を映すために飛翔してくれました。
まさか、天井ではなく扉から入るとは思っていませんでした。多分、僕だけでなくゾンマー先輩もそう思っているでしょう。
『あ、三回ノックと『失礼します』って言葉を言い忘れていたよね。礼儀知らずでごめんね』
藍色の髪をした十五歳ぐらいの細身で童顔な男ですね。笑顔ですが、その裏に狂気を感じます。ご主人様にもゾンマー先輩にも近づいてほしくないですね。
『……花瓶をご主人様に当てたのはお前か?』
ゾンマー先輩は睨みつつ一言。僕もよく睨まれますが、普段はあれほど鋭くありませんし、殺意はこもっていません。それだけ敵意があるということでしょう。
『あー、うん。そだよね。ま、でもそれに関する話は後にしてほしいんだよね』
『は?』
『ボクの言いたいことはただ一つなんだよね』
さすがに我慢ができなかったのかもしれません。話の途中でゾンマー先輩が侵入者に掴みかかろうとします。
ですが、あえなく撃沈……先程の花瓶のように簡単に浮かせられ、壁まで飛ばされていってしまいました。
死んではいないでしょうが、気絶しているでしょう。あそこまでする必要ないでしょう。不快ですね。
『……言いたいこととはなんだ? 早く言え』
ご主人様は『エイゾウ』を観ている僕と同じように眉根をひそめながら、そう言いました。
すると、それに侵入者は笑いながら……こう答えるのでした。
『冥土王の血縁と【終焉皇】はどこにいるか知りたいんだよね。答えなかったら、この部屋の物全てをお前に当てるよ? それ以外は求めないし、簡潔でいいからさ。話してよ。ね?』
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