九 メイド服を着た道化と人工のカラス
「……え、えぇ……見当たらないんですけど」
僕はツァウの制止を振り切り、憧れのメイドの先輩に会えることで胸を高鳴らせつつ、光の穴へと突入しました。
穴の先に広がっていたのは先程と大して変わらぬ暗黒空間。それはまだいいとしても、憧れのメイドの先輩……ユーングさんがどこにも見当たりません。あれ、僕って入るところ間違えました?
いえ、ちゃんと光の穴を通ったはず。そう思いたいです。
「……ここで止まっていても仕方ありませんね。あんまり疲れていませんし、少し歩くぐらいならいいですかね」
「いや、動かなくていいよー」
「はい」
じゃあ、動かないでおきますね。
……ん、今の誰の声でしょうか。ここには私以外に誰かいましたっけ? ツァウ……の声には聞こえませんでしたが。
驚きつつ振り返ると、そこには道化を思わせる奇抜な意匠のメイド服を着用した変人が僕に向けて笑顔で話しかけていました。
……ちょっと待ってください。もしかして……この人が?
「どうもー、ユーング・フロイリヒートでーす。さっきの記憶塊を投げてきた黒い奴は俺だよ。黒い姿だと思った? 実はツァウのおかげで元に戻れたんだよね。ビックリだよ。あ、俺の名前はー……いや、俺の本の愛読者だし、自己紹介しなくても知ってるか。知っているという前提で話させてもらうよ。じゃあ……」
「え、ええ……ちょ、ちょっと待ってください。あなたは、本当にユーングさんですか? え、想像と違いすぎるんですけど」
またまた困惑です……
確かにこの人が本当にユーングさんなのだとしたら、ツァウが不快になると言っていた気持ちも少しはわかる気がしますね。
少し言葉を聞いただけですが、正直に言いますとこういう人はちょっとだけ苦手です。嫌い、ではないんですけどね……
「なんで嘘だと思うの? 逆にー」
「いやいやいやいやいや、ユーングさんはメイドであれば、誰もが理想とするほどの伝説の大メイド……あなたのような奇人がそうだと言われても信じられるわけないと思うんですけど」
ユーングさん(?)は僕の言葉を聞き、「信じられない」とでも言いたげな表情のまま硬直。
え、自分がおかしいことに気づいてらっしゃらない?
「口調は……確かにメイドらしくないかもねー。きちんと敬語で話した方がよかった?」
口調以外もメイドらしくないですよ! その服装が本当にメイドに相応しいと思っているのでしょうか。
「……話せるのなら、話してください。服装も気になりますが、ここで脱げとは言えないのでまあいいです」
「かしこまりました、イスヴァ様……こーんな感じ?」
「確かに気品を感じる話し方でメイドらしいと思いました。まあ、一瞬だけですけどね!!」
なんで戻してしまうのでしょうか。
「……もう、俺に仕えるべきご主人様はいないんでね。許してくれないかな? やっと、この話し方にも慣れてきたんだよ」
仕えるべきご主人様はいない? この話し方に慣れてきた?
「それはどうい……」
「おっとーう、言えないよ」
ユーングさん(?)は僕の唇に右手の人差し指で蓋をしました。その動作はやけに美麗で、それまで目の前でおちゃらけていた人物と同一人物とは思えません。聖人が乗り移ったかのようでした。
「メイドは無闇矢鱈に主人のことを他言するものじゃない。君もそれをわかっているはずだ」
本を読んだなら……ってことですか……
この人は、本当にユーングさんなのかもしれない。今の動作と言葉でそう思わされてしまいました。
「申し訳ございません。愚かでした」
先程、黒いローブの女性に自分が同じような言葉を吐いていたことを思い出し、少し恥ずかしくなります。
「気にしないでくれーい。えっと、じゃあ……話していい?」
そういえば、先程は何か言いたげでしたね。すっかり忘れてしまっていました。
僕は首肯。
それを見たユーングさんはニッコリと笑い、話し始めます。
「色々とあるんだけどさ。君はメイドだから、ご主人様の安否が知りたいと思うんだよー。まず、それを最初に教えるね」
「知っているんですか!?」
知っているとは思わなくて、驚きが隠せません。黒いローブの女性や僕の体のことも気になりますが、今はご主人様のことを早く知りたいです!!
はぁ……はぁ、落ち着きましょう。落ち着かねば……!
「……俺から説明するのはやめておこうかな」
え、俺から説明しない? ユーングさんが説明しないってこと、ですか? なら、誰が説明を……
僕が怪訝な表情になったのと同時に、虚空から突如一羽のカラスが飛来してきました。
そのカラスは僕の肩に止まってきました。なんです?
なんか、こうやって肩に鳥を乗せている人っていましたよね。歴史上の人物だとは思うんですけど。少し、カッコいい?
そう思った時につつかれます。なんですか。このカラス? 少し、調子に乗ったくらいでつつくのはやめてくれます?
イライラして、睨もうとしたところでそのカラスは僕に向かってとんでもないことを言い放つのでした。
「テメーノシュジン、シンデッゾ」
テメーノシュジン? 僕のご主人様のことでしょうか? シンデッゾ……死んでるってことですか?
「おおーう、それだけかい!! ちゃんと説明しろやい!! あ、紹介するよ。こいつは俺が飼ってる人工カラスのキュンストリッヒェ。キュンくんとでも呼んでくれーい。一応、男の子だから」
メイドなので、くん付けで呼ぶことには抵抗がありますね……
「人工ってことは……」
「そう。人の手で作られたってことだね。あ、ちなみに作ったのは俺だよー。俺ね、俺。大変だったなぁ。今はカタコトだし、完全に言う通りにはならないけど、改良を重ねていったら、まあ……じきに流暢になるんじゃないかな……と思うよ」
そんなこともできるとか……多彩なんですね。すごい。
「ほぅ……って突然何ですか?」
……感嘆する僕のことをユーングさんとキュンが見つめてきます。何でしょうか。何がしたいんですか?
「いまいち信じていないようだからさー。信じられるようにとあるものを観せようと思ってね」
「とあるもの、とは?」
僕のその言葉に反応し、キュンが飛翔して僕の頭に止まります。
「や、やめてください!」
重いですし、痒くもあります。肩なら構いませんが、頭は割と不快だから、嫌ですね。
振り払おうかと思ったところで、ユーングさんが僕……いえ、僕の頭の上のキュンに何か指示を出します。
すると、頭の上のキュンが突然鳴き始めました。そして、虚空に向けて光を射出しました。一体何を……
……多分、あれはキュンの口から出ていますね。パカッという音がしましたから。あの音は口が開く時の音です。
「何ですか、これ? 人が映って……」
光の中に人間が映っています。ただの光ではないようです。
……あれ、ここに映っている人ってもしかして……僕のメイドの先輩であるゾンマー先輩なのでは……?
「今、虚空に映し出されているのは君が転移させられた後の君のご主人様のお屋敷の『映像』ねー。キュンに監視させてた」
「『エイゾウ』とは? それと監視していたってどういうことですか? 勝手に侵入していたってことですか!?」
疑問符が頭の中から、いくつも湧き出てくるのを感じます。
「キュンは元々は監視用の人工カラス。自分が見た景色を脳内に記録し、他者に『映像』で観せられる。すごくないかーい?」
ユーングさんはメイドのような気品のある所作で、道化のような語調で私へと語りかけます。
「……君のご主人様がどんな目にあったのか、一度これを観て知るといいよ! 君が気になるにはその後に答えよう!」
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