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本当の喜之助

ある日、喜之助は茜と一緒に山に薪(たきぎ)を取りに登った。

薪を取り終わると、茜を山の一番見晴らしの良い場所へと連れて行った。

その場所からは遠く赤石山脈が眺められ、眼下には駿河湾が望めた。

茜はその光景を見るなり、前へ進み出た。

「素晴らしい景色ねえ。

あたしたちの住んでる村が、あんなに小さく見えるなんて。

でも富士のお山の方向には、雲がかかってて見えないのが残念だけど」

茜は振り向いて言った。

喜之助自身、山の眺めがいい場所から下を見下ろすのが好きだった。

美しく雄大な景色を見ると、少しは気分がなごむ。

喜之助は、決心した。

今、茜といるのは自分1人だ。

誰にも聞かれる心配はない。

茜は黙ったままの喜之助に聞いた。

「ねえ、何とか言ってよ。

道を知ってたみたいだけど、前にも登った事はあるの?」

喜之助は、口を開いた。

「茜、わしはお前にだけはウソはつきとうない。

本当の己を知ってもらいたいのだ」

「本当の己?何が言いたいの?」

茜は喜之助の不可解な発言に戸惑いながら、聞き返した。

「茜、そなたはこのわしをどう思うておる?」

「村の役に立つ、親切な人よ」

「茜、この魚住喜之助、そなたが思うておる好人物などではない」

「また分けの分からない事を言い始めて・・・、じゃあ、どういう人間だって言うの!?」

「人の物を盗み、人の命を殺(あや)める修羅外道。

人間の風上にもおけぬ男よ」

「どういう意味?!」

「わしは伊勢、安農津藩の浪人などではない。

人殺しじゃ。全国の奉行所のお尋ね者なのじゃ」

「そんな事、あたしが本気で信じると思ってるの?!」

「よいか、真実を申すぞ。

わしはカマイタチに襲われたのではない。

わしがカマイタチの徒党なのじゃ」

「でも、腹に傷が・・・」

「あの傷は、仲間に刺された時の傷じゃ。

実はわしは金銭を巡って、仲間に裏切られたのじゃ。

谷底に落とされ、川に落ちて気を失った所を茜に助けられたという分けよ」

茜もようやく、喜之助の言わんとする所の意味が分かってきた。 

「何となく、喜之助の言う事が分かってきたよ。

実際には喜之助はカマイタチの仲間で、殺されそうになったって事ね」

「恐ろしゅうはないか、茜。

数え切れぬほど、人を殺してきた極悪非道を目の前にして」

「いえ、全然・・・。

だってそんな風には見えないもの」

「その方、心変わりあるならば、村の皆にわしの素性を告げてもよいのじゃぞ」

「どうしてそんな事をする必要があるの?」

茜はキッパリと、言い切った。

「それよりも喜之助、教えてちょうだい。

何故カマイタチの仲間に加わらなければならなかったのか。

何故、大勢の人を殺さねばならなかったのか。

喜之助には、正当な理由があるはずよ」

喜之助は深く考え混んでいたが、茜の頼みに耳を傾けた。

自分の過去を知ってもらいたかったのだ。

「ならば、教えてしんぜよう。拙者の血塗られた過去を・・・」


  ―――――――――――――――――――――


これより、喜之助の物語は過去に遡(さかのぼ)る。

喜之助は伊勢・津藩士、魚住吉右衛門の家に生まれた。

母はお栓、姉が一人いて美代と言った。

美代と喜之助は年が十も離れていたが、喜之助にとっては面倒を見てくれる、良い姉であった。

美代は町でも、評判の美人だった。

吉右衛門の所に、美代に求婚を願う若侍も多くいたが、

吉右衛門は全部それを断った。

自分が納得いく若侍でなければ、美代を嫁がせぬつもりだった。 

吉右衛門は中級武士であったが、武芸には秀でていた。

息子の喜之助には、幼少の頃から剣術の手ほどきをした。

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