喜之助の目標
一週間後。
喜之助の体は、ほぼ完全に回復した。
今後どうするかについては、色々迷ったが
村にとどまる事に決めた。
今まで無償で面倒を見てくれた村に対して、何か役立つ事をしたい、そう思ったからである。
そしてもう1つ、茜から離れたくない、というのもあった。
茜の笑顔を見るだけでも、生きる勇気が湧いて出る。
死に急ぐばかりを考えていたが、生きる目標も見つかった。
生まれ替わった気持ちで喜之助は、まず村の農作業から手伝う事に決めた。
村の周辺には一面、田畑が広がっている。
農家の裏には、里芋の畑があった。
里芋畑か。
それなら、俺に打ってつけだ。
喜之助は早速畑を耕しにかかったが、それを見た茜の父・六兵衛が慌てて飛んできた。
「喜之助、畑仕事を手伝うのはええが、やった事はあるのか?
聞く所によれば伊勢の国、安農津藩の浪人らしいが、武士であったなら鍬さえも持った事もあるまい」
「いや、畑仕事なら手前、幼少の頃より経験済みでござる」
喜之助はそう言い切ると、里芋の種を植えにかかった。
その慣れた手作業に、茜と六兵衛は驚いた顔で見ていた。
里芋畑が終わると次はナス畑、レンコン畑に取りかかった。
ここでも喜之助は誰からにでも教わる分けではなく、1人でこなした。
喜之助の作業が終わった時、茜が駆け寄ってきた。
「喜之助さん、すごいね。ひょっとしたら農家の育ちじゃないの?」
「まあ、言ってみればそうかもしれぬ」
茜は分けが分からない、という顔をした。
「どういう意味なの、それ?」
「武家に生まれて、農家の育ちと言えば説明がつくじゃろうか?」
茜は突然、笑い出した。
「喜之助さんの言ってる事、よく分からない。
時々、おかしな事を言うんだから」
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喜之助は茜と一緒に、よく田植えをした。
水田に苗を植えていくのだが、茜が何も教えなくても喜之助は慣れた手さばきで植えて行った。
「喜之助さんの得意な事って、畑仕事だけかと思ったけど田んぼも得意なのね。
茜、おじさんを見直しちゃった」
喜之助は照れ笑いをしながら、苗を植えていった。
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三ヶ月後。
村に台風が襲った。
一週間降り続いた長雨のせいで、大井川が氾濫した。
村は当然の如く、損害を被った。
大井川から溢れた濁流で、農家の家屋は倒壊・半倒壊してしまった。
茜の小屋も例外ではなく、水浸しになった。
増水が引いてから数日後、茜は喜之助と共に崩れた家の残骸を見つめた。
「喜之助さん、あたしと父の家、無くなっちゃったよ」
「弱音を吐くな、茜。家と言うもの自体、壊れたらまた作り直せばよいのじゃ」
喜之助はそう言うと、斧とノコギリを持って山に出掛けて行った。
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数時間後。
喜之助が荷車に、山から切ってきた木を持ち帰ってきたのを茜は見た。
喜之助はその後繰り返し山に行って、大量の木を切り倒していった。
驚いた事に喜之助は、持ち帰ってきた木で粗末ながらにも
小さな小屋を建ててしまったのだ。
「喜ぶ通い、茜よ。仮設ではあるが、そなたの小屋が出来たぞ」
喜之助は出来上がった掘っ立て小屋を、茜に自慢気に見せた。
当分は仮の小屋として、十分住めれる出来映えだ。
「茜、喜之助さんが大好き!」
茜は嬉しくなって、喜之助に抱きついた。
「茜、もう放せ。まだやらねばならぬ事が残っておる」
喜之助は茜から放れると、また山に行って木を切り倒してきた。
今度は一週間かけて、大きな家を作り上げた。
その間、村の家を失った連中は喜之助の一挙一同を見守っていた。
出来上がった家には、村一番の年寄りを住まわせた。
それを見た村の若い者たちが、口々に叫んだ。
「喜之助、是非わしらのうちを建ててくれ!」
「喜之助さん、あたいらのうちも作ってちょうだい!」
家を失った連中が、次々に叫んできた。
喜之助は皆の要望に応え、一軒ずつ建てていった。
村の若い者たちの手も借りて、三ヶ月後には村は台風前の状況とあまりにも変わらなくなった。
これがきっかけで、喜之助の名は村中に知れ渡り、誰からも愛されるようになった。
五十人ぐらいの小さな村だが、今では誰とも気軽に話せるるようになった。
喜之助の顔にはカマイタチにいた頃の冷酷非情な顔つきとは打って変わり、笑顔が戻っていた。
喜之助自身、人から愛される事によって自分の存在価値を取り戻していったのだ。
だが、1つだけ不満があった。
自分が本当の招待状を、村の者に欺いているという事である。
いくら善人の皮を被ろうとも、俺の本性は人殺しなのだ。
特に茜には、その思いが強かった。
茜と話せば話すほど、その思いは強くなっていった。
茜だけには本心を打ち明けたい。
その思いは、日増しに積み重なっていった。




