喜之助の復活
喜之助はその晩、布団の中に潜って泣いた。
何故布団をすっぽりと被ったかと言うと、隣の部屋に様子を見に来てくれた村人たちに、泣き声を聞かれたくなかったからである。
俺は何てバカな事を、やってきたのだろうか。
人殺しなんて事は、人間のする最悪の所業だ。
村人たちの親切さに心を打たれ、喜之助は今までやった悪事を初めて後悔した。
そして自分という人間が、心底情けなくなってしまった。
しかし殺してしまった人間は、生き返らない。
せめてこれからは真の人間として、生き直そう。
そう固い誓いの元、喜之助は深い眠りに落ちた。
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半年後。
喜之助は何とか自力で歩けるようになった。
だがまだ杖をつかねば、歩けない状態だ。
喜之助はヨロヨロとふらつきながらも、表に出た。
太陽の光が、まぶしくて、目を細めた。
こうして再び、太陽の光を眺める事が出来るとはな。
喜之助はよろけずに、小屋の外に出た。
辺りは田園風景が広がる、のどかな光景だ。
ちょうど、田植えの時期だった。
村人たちの大半は、もんぺ姿で苗を植えている。
その中には、茜の姿もあった。
父親と一緒に苗を植えるのに夢中で、喜之助には気づいていない。
喜之助は少しでも茜の近くに行こうと急ぎすぎ、拍子につまづいて、こけてしまった。
その音に気づいて、茜は顔を上げた。
茜は手を止めると、急いで喜之助の元に走り寄った。
「おじさん、大丈夫?」
茜は倒れている喜之助の手を取り、助けてやった。
「茜、今日はもう仕事は休んでいいぞ」
茜の父、六兵衛が言った。
あの男が外でうろついていては、茜も仕事に集中出来まい。
そういう六兵衛の配慮だった。
「ではこの御仁と一緒に、しばらく散歩に行って参ります」
茜は喜之助がまた倒れてしまわないよう、しっかり腕に手を回した。
「まだこの村の周辺は、よく知らないよね。
あたしが教えてあげる」
二人は仲良く、一緒に歩き出した。
歩きながら、喜之助は気まずそうに言った。
「茜、度々迷惑をかけてしまって、かたじけない」
「別に礼なんて、見返りを求めてる分けじゃないよ。
でも期待するとあらば、おじさんがいつまでもこの村に居てくれる事かな」
「その願いならば、答えられるかもしれぬ。
実はわしは身寄りもなく、天涯孤独なのじゃ。
帰るべき場所はない」
「じゃあ、これで決まりだね。
あたし、何だか嬉しくなってきた」
「わしが村に居続けるのは構わぬが、わしのようなよそ者を村の者が仲間じゃと思うてくれるじゃろうか?
のけ者にされたりせぬじゃろうか?
わしにはそれが一番気がかりなのじゃ」
「心配する必要はないよ。
この村には、そんな悪い人はいないから」
「そうだと良いのじゃが・・・」
茜は喜之助の手を取り、村から少し離れた場所に連れて行った。
「ここが喜之助の流れてきた川よ」
茜の足が止まり、それに連れて喜之助の足も止今はまった。
茜の言うとおり、川幅が広い川が目の前に流れている。
喜之助が落ちた時とは打って変わって、今は静かに川が流れていた。
「茜、しばらく一人で歩いてみたい。
手を離してくれ」
茜は不安げに、手を離してやった。
喜之助は杖なしで、一人で川沿いに歩いた。
まだ頼りなげな足取りだったが、何とか歩けた。
この調子なら、茜の手は借りずとも歩ける。
喜之助は、茜に振り向いて言った。
「茜、もう大丈夫だ。一人でこんなに歩け・・・」
喜之助は絶句した。
何故ならそこに立っている人物は、茜ではなく生き別れになった姉の美代だったからだ。
喜之助は全身を雷で打たれたような感覚を覚え、ヘナヘナと地面に両膝をついた。
「急にどうしたの?!」
驚いた茜が、そばへ駆け寄ってきた。
信じられない表情で喜之助が顔を上げると、自分の目の前にいるのは姉の美代ではなく、茜だった。
茜が美代の幻覚に見えたのか。
未だに美代の事が忘れられぬ証拠だ。
茜は喜之助の腰に手を当て、立たせてやった。
「済まぬ、茜。そなたが一瞬、死んだ姉のように見えてな」
「お姉さんて死んだの・・・?」
「いや、死んだかどうかは定かではない。
行方不明と言った方がいいじゃろう。
もし仮に生きておったとしても、満足な暮らしはしておらぬと思うが・・・」
「教えて、喜之助。
何故お姉さんは行方不明になったの?」
茜は食い下がった。
「話せば長きに渡る事よ」
「時間はたっぷりあるわ」
「今は話しとうないんじゃ。
どうか、分かってくれ」
喜之助は過去の事は話したくなさそうだった。
茜は喜之助の心情を理解したらしく、それ以上は言及しなかった。




