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第二の人生

明くる日の朝。

ここは大井川下流近くの村である。

人口は五十戸ほどで、田畑を耕しながら細々と生活をしている。

今日も朝早くから、村人たちは農作業をしていた。

そんな中、年は十二の少女が川で洗濯をしていた。

少女は川から、異様な物が流れてきたのを見た。

それは人だった。

恐れおののいた少女はすぐさま逃げ出そうとしたが、ふと足を止めた。

生きているのだろうか、それとも死んでいるのだろうか。

それは自分の手で、確かめねばならない。

今は真冬だし、川の水の温度はかなり冷たい。

そんな所に居続ければ、凍死するかも知れない。

少女は好奇心にかられてソロソロと仰向けに流れてきた喜之助に近づき、手を取った。

まだ脈はあった。

と言う事はまだ、この男は生きている。

少女はすぐ喜之助の手を取り、岸へ引っ張り上げた。

よく見ると、男の腹の辺りは血で染まっている。

すぐに応急措置をしなければ、この男は死ぬ!

少女は駆け足で村にたどり着くと、連中に向かって叫んだ。

「川で見知らぬ男が倒れている!」


    ――――――――――――――――――――――――――――


どれくらい、眠っていただろうか。

自分でも見当がつかない。

喜之助は、静かに目を開けた。

茅葺き屋根の天井が見える。

ここは屋内なのか。

ひょっとすると、俺は死んだのかもしれない。

死んだのなら、俺は確実に地獄行きだ。

しかし喜之助の周りは常人が想像しうる、亡者の悲鳴が飛び交う地獄の様相とは異なっていた。

やはりここは地獄ではない。

この世なのだ。

だが誰が一体、わざわざ俺を助けてくれたのだろうか?

こんな助ける価値のない、極悪非道な男を。

その時、脇腹に激痛が走った。

思わず腹を抱え込むと、腹には包帯が巻かれてあった。

どこと誰だかも分からぬ俺を、介抱してくれたのか。

まったく、皮肉なもんだな。

今までさんざん人を殺してきた鬼畜が、今度は手厚く保護されるとは。

喜之助のうめき声を聞いて、一人の少女が駆けつけてきた。

「大丈夫?!目が覚めた?」

まだ年端もいかぬ子供だったが、親切に声をかけられて喜之助は嬉しくなった。

いかん、いかん。

こんな子供なんぞを、好きになってはならんのだ。

俺はお尋ね者の魚住喜之助なのだからな。

「ずっと長く眠ってたね、おじさん」

人なつっこそうな少女が、また話しかけてきた。

「ここは何処なんだ?」

喜之助は初めて口を開いた。

だがその声は、かすれた声だった。

声を出すだけで、腹がズキズキと痛む。

「ここはね、大井川の河口近くの村。

下ノ庄村って言うの。

あたしが川で洗濯していたら、おじさんが流れてきたんで助けたんだ」

「そうだったのか。まあ、礼を言っておこう」

「おじさんが目を覚ましたから、村の者を呼んでくるね」

「待ってくれ」

喜之助は呼びとめたが、少女は小走りで行ってしまった。

少女がいなくなった間に、喜之助は深く考え込んだ。

何故あんなガキに惚れちまったんだ?

確かに俺はカマイタチの連中と徒党を組んだが、常に警戒していた。

いつか利用されて捨てられると、思っていた。

だから俺は心の安らぎを求めていた。

本当に信頼出来る相手と本音で話し合いたいと、切望していた。

だからあの小娘に会って、妙な安堵感を覚えたのも無理はない。


    ――――――――――――――――――――――――――――


それからすぐに村人たちが十人ほど、喜之助の元に集まってきた。

「お主、腹に傷があったが一体どうされたのじゃ?」

村人たちは寝ている喜之助の回りを取り囲むようにして、座った。

「旅の途中、盗賊どもに襲われたのです。

今世間を騒がしているカマイタチに相違ありません」

聞いた途端、村人たちからどよめきの声が起こった。

まさか自分たちの住む村の近くにまで、出没していたとは。

「拙者はカマイタチの連中に崖まで追い詰められて斬られ、谷底に落ちました。

賊どもはその時に拙者が死んだと思い込み、それ以上は捜索しなかったのです。

それから二日二晩、地を這いずり回って川に落ち、このけなげな娘殿に助けてもらい、九死に一生を得る事が出来ました。

本当に何と礼を言ってよいのやら・・・」

嘘も方便とはこの事か。

喜之助は咄嗟(とっさ)に口から、でまかせを言った。

しかし、これはあながちでまかせでもない。

事実、喜之助はカマイタチの連中に斬られたのだから。

「ううーむ、あの忌々(いまいま)しいカマイタチめ!

まったく持って、許す分けには行かぬ!」

村人の一人は、憤(いきどお)った。

「それよりもお主、腹が減ったじゃろう。

今、粥(かゆ)を持ってきてやるからな」

その通りだった。

三日間、何も口にしていない。

少女が粥を運んできてくれた。

「おじさんは寝たままでいいよ。

あたしが食べさせてあげる」

村人が全員部屋を出ると、少女は匙(さじ)で粥を喜之助の口元に持っていってやった。

「一つ、聞いてもよいかな?」

喜之助は誰もいなくなって、自分と少女の二人きりになると安心してしゃべった。

「何なの?」

「とうしてそんなに親切にしてくれるのじゃ?」

誰も助けてくれない状況下に育った喜之助は、少女の行動が疑問だった。

「そりゃあ、おじさんと仲良くなりたいから・・・」

少女の頬に、うっすらと赤みが出てきた。

一方、喜之助もそれを見て、うっすらと笑みを浮かべた。

「こんな名も知らぬ無頼の男を・・・。

そうじゃな、まだ名も名乗ってなかったな。

拙者の名は、魚住喜之助。

そなたの名は何と申す?」

「あたしは茜。おじさんは何処からきたの?」

「いいから、おじさんはやめろ。喜之助、でいい」

「ふーん、じゃあ、おじさんもあたしの事を茜って呼んでね」

「本当か。茜と呼んで構わぬのじゃな?」

茜は、うなずいた。

「茜、わしはそなたに聞きたい事がある。

わしはいつまでここにおる事が、出来るのじゃ?」

「おじさんの傷が治って、ちゃんと歩けるまででいいよ」

喜之助は目から涙がこぼれ落ちるほど、感激した。

これが本当の、人の真心と言うものか。

「茜、わしはそなたにどう礼を申してよいか、分からぬ・・・」

茜はクスッと笑った。

「別に気にする事はないよ。

おじさんの傷が治って、体がよくなるまでは誰も出て行けなんていいやしないから」

「ご両親はおられるのか?」

「ええ、父がいます」

「おっ母さんはどうしたのじゃ?」

「母はまだあたしが赤ん坊の頃に、病気で死んじゃったんだ」

「そうか、済まぬ事を聞いたな」

「いえ、別に。

喜之助のご両親は?」

「わしのか。わしの両親はわしが茜ぐらいの年頃に、両方死んでしもうての」

「あたしも悪い事を聞いたわ」

喜之助は布団から手を出して、粥を口元に運ぼうとする茜の手を止めた。

「茜、今日は色々とすまなかった。

粥はこれぐらいでいい」

茜は粥の器と匙を、畳の上に置いた。

「じゃあ、あたしはまだ畑仕事が残ってるから戻るね。

何かあったら、裏の畑にいるから呼んでちょうだい」

茜は喜之助に微笑むと、出て行こうとした。

その時、喜之助は茜に顔を向けて言った。

「茜、わしはお前のようなおなごに会えて、幸せじゃ」

茜は何か言いたげだったが、障子戸を閉めて出て行った。


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