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見破り

刑部が見ると、源三郎が急いで部屋に上がってきた。

「一体、何が大変じゃと言うのじゃ?!」

聞いたのは、重蔵だった。

源三郎は話す前に、息を整えてからしゃべった。

「いいですか、心確かに聞いて下さいよ。

あっしはこの目で見たんです。

あいつが生きてて、ちゃんと歩いているのを。

確かに足はあった。幽霊なんかじゃねえ」

源三郎のなかなか本題に入らない口調に、刑部は腹が立った。

「どこの誰を見たというのじゃ?

お主の口ぶりじゃと、さも死んだ人間が生き返ったように聞こえるぞ」

「へい、それは・・・魚住喜之助の野郎でございます」

一瞬、刑部と重蔵は言葉を失った。

そんなバカな事があってたまるか。

「それは誠か?人違いではないのか?」と重蔵。

「いやあ、人違いなんかじゃありやせん。

さっきこの通りの大黒屋に女と二人で入ったのを、見やした」

刑部はしばらく腕組みをして、考え込んだ。

「源三郎の言う事が確かなれば、これは一大事じゃ。

我らの素性を知るあ奴を、生かしておく分けにはいかぬ」

「ですが奴が谷に落ちたのは、どうなるんです?!

あんな所から落ちて、生きていられるはずがない」

重蔵が、話を遮った。

「死んだ、と思い込んでいたのが我々の間違いじゃ。」

「しかし、信じられない・・・」

「死体を見たのか?

当てずっぽうは危険だぞ。

谷の底がどうなってるのかも知らずに、引き返したのだからな。

もしかすると、谷の下には川が流れていたのかも知れん。

他には我々が想像しとったよりも、遥かに谷底が浅かったとかな」

「そうだ、層に違いねえ」

源三郎が刑部の仮説に、賛同した。

「しかし一応、わしの目でじかに見んと信じられん。

明日、奴が宿を出たら、しかとこの目で確かめようぞ」


  ――――――――――――――――――――――――――――


明日の朝。

喜之助と茜は、旅籠を出ようとしていた。

店の主人が、出ようと支度している茜に言った。

「お客さん、朝早いのにご苦労な事ですねえ。

これから、お帰りですかい?」

「ええ。明日には帰り路になるの」

「どこから来られたんですかい?」

「大井川の下流近くの、下ノ庄村って所よ」

しゃべっている茜に、暖簾(のれん)をくぐろうとする喜之助が言った。

「茜、もう出発するぞ」

茜は店の主人に別れの挨拶をすると、二人は宿を出た。

仲良く歩いて出る喜之助と茜を、民家の物陰から眺めている人物が三人いた。

刑部、重蔵、源三郎の三人である。

喜之助と茜が歩き去ってしまうと、まず重蔵がしゃべった。

「間違いない。

源三郎の言う通り、奴は正真正銘の喜之助だ。

刑部はどう思う?」

「うむ。わしもあの男は、喜之助と見える。

あれは、他人のそら似なんかではない。

喜之助なら、あれ程の深手を負おうとも、山の奥から脱出する事は可能じゃ」

「で、どうします?

今から追いかけて行って、殺しますか?」と重蔵。

「まあ、待て。焦る事はない。

それよりも、わしにいい考えがある。ついてこい」

刑部は重蔵と源三郎を連れて、大黒屋に入った。

「いらっしゃい、今からお泊まりですか?」

宿に入ると、主人が愛想よく話しかけてきた。

「いや、泊まりにきたのではない。

実は少々、お聞きしたい事があってな・・・」

刑部は主人に、聞いてきた。

「ヘエ、何でございやしょう?」

「先程若い男女がこの宿から出て行ったのを見たのじゃが、実はわしの知り合いなのかも知れん。

数年来、音信不通での。

話しかけようにも、人違いでは困る。

そこで折り入って頼みなんじゃが、宿帳を拝見させてくれんかのう。

もちろん、タダでとは言わぬ」

刑部は財布から大判を三枚取り出し、主人の前の机に置いた。

「頼む。見せてくれれば、知人かどうか分かる」

主人は大金に、呆気に取られた。

だがすぐに大判を懐にしまうと、宿帳を見せた。

刑部ら三人は、確かに見た。

昨日の日付の場所に、宿泊者の直筆で名が書かれてあった。


魚住喜之助  妻 茜


三人は確信した。

これで奴は、魚住喜之助だとハッキリした。

それにしても連れの女が、女房だとは。

奴は結婚しているのか。

ならば、子供もいるかも知れない。

「ご主人、さっきの男は他に何か言ってなかったか?

例えば、住んでいる場所とか」

刑部が、主人に聞いた。

「へえ、それなら大井川下流近くの村・・・、ええと何て言ったかな。

ああ、そうそう思い出した。

下ノ庄村って言ってましたがね」

「それだけ聞けば十分だ。

世話になったな」

刑部はまた大判を取り出し、主人の前に置くと重蔵と源三郎を従えて宿を出た。

歩く最中、重蔵がしゃべりかけてきた。 

「まだ遠くには行っておりやせん。

喜之助を見つけ次第、息の根を止めてやりやしょう」

早く殺したくて、重蔵がウズウズして言った。

だがそれから数歩も歩かないうちに、三人の足は止まった。

喜之助がいたのだ。

そして、横には女が。

喜之助と茜は、土産物屋で買い物をしていた。

茜が風車を取り、息を吹いて喜之助の前で風車の羽を回転させた。

「これ、いいんじゃない?

志及のはこれで決まりね」

喜之助と茜を遠くから眺めながら、重蔵がしゃべった。

「あの女の顔はよく、覚えておけ。

いざと言う時に人質にしておけば、奴も身動き出来まい」

「とすると、今喜之助を殺しちまねえんで?」

「たわけ。

こんな人通りが多い中、そんな事が出来るか。

奴の住んでいる場所は、分かっておる。

そこで奴の家族全員を、皆殺しにする。

喜之助の目の前で可愛い子供らを一人ずつ、ぶった斬っていく。

奴にとっては、自分の身を斬られるよりも痛いであろうがな。

それが、わしの筋書きじゃ。

皆、相分かったな?」

「合点です」

重蔵と源三郎は、同時に言った。

「重蔵、貴様は駿府に行って、ありったけの浪人仲間を集めてこい。

数は多い方がいい」

「腕に覚えのある者を、連れて参ります。

全員で喜之助の五体、八つ裂きにするのですね」

「分かったら、早く行け」

刑部の命令を実行するために、重蔵は元きた道を引き返した。

「源三郎、貴様はあの二人が無事村まで戻るかどうか、後をつけて参れ。

ただし、見つからんようにな」

「へい、承知しました」

「それにしても我らがこれ程までに近くにいても、全く気づかぬとは。

六年の歳月は、奴の嗅覚までも麻痺させたようだな」

刑部は近づいただけでも、喜之助がすぐ察知していたのを思い出して言った。

「きっと、あの女が出来て骨抜きにされたんですぜ」

刑部と源三郎の存在に気づかずに、喜之助は茜と買い物を済ませたようだった。






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