吊り橋の対決
もちろん、断る理由などない。
隣近所の村々では生活物資が不足すると、お互いに助け合う協定があった。
その荷物を運ぶ役目を、藤吉が受け合っていた。
「お安い御用だ。
午後の山歩きには、持ってこいの日だからな」
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よく晴れた日の正午に、藤吉と喜之助は食糧を背負って出発した。
一番近い隣村でも、山を一つ超えて行かねばならない距離にあった。
二人は汗をダラダラ流しながら、峠を登って行った。
喜之助は藤吉がいつの間にか、遠回りのルートを通っているのに気づいた。
「藤吉、この道を通るのは遠回りじゃ。
お主も隣村の道はよく、知っておるであろう?」
喜之助が聞いたが、前を歩いている藤吉は振り返らない。
「わざと通ってるんだ。
たまには気分転換のために、別の道を通ってもいいだろうが」
藤吉のぶっきらぼうな返答に、喜之助は違和感を感じた。
まるで質問などしてくれるな、と言うようだ。
いつもはそんな風に、受け答えするような奴ではない。
二人は吊り橋の所まできた。
この吊り橋を渡れば、もっと遠くなる。
喜之助は足を止めて、渡ろうとしなかった。
「藤吉、何のつもりだ?余計遠くなるぞ」
「いいから渡れや。
向こう側に、お前に見せたいもんがあるんや」
藤吉は手でお先にどうぞ、合図した。
喜之助は疑いながらも、吊り橋を渡った。
吊り橋の下には川が流れ、所々に露出した岩がある。
川まで数十間は、離れている。
喜之助は吊り橋の両端の縄を持って、進んで行った。
不意に背後が、気になった。
藤吉を、先に行かすべきだ。
その事を言おうと、振り返った。
後ろにいる藤吉は道端に落ちていた石を拾って、今正に喜之助の頭を打たんと腕を振り上げていた所だった。
「ちっ、見つかったか!」
藤吉は急いで喜之助の額に石をぶつけようとしたが、喜之助によけられた。
喜之助は藤吉の腹を、思い切り殴った。
藤吉は痛さの余り、前かがみになった。
その隙に喜之助は藤吉の背後に回り、片手をねじり上げた。
藤吉の手から岩石が落ち、下の川に落ちた。
「放せ、この野郎!」
藤吉は抵抗した。
「何故わしを殺そうとした?!
隣の村に食糧を運ぶというのも、ここまでおびきだすための口実だな?!
言わんと腕を折るぞ!」
藤吉は見つからぬよう、袖から隠し持っていた先端が鋭く尖った竹串を出し、喜之助の腕に突き刺した。
喜之助の力が緩むと、藤吉は殴りかかった。
喜之助は腕から竹串を引き抜くと、負けずに藤吉に殴り返した。
二人の殴り合いで、吊り橋がフラフラと揺れる。
はずみで、藤吉はバランスを崩した。
その隙に喜之助の拳が藤吉の顔面に当たり、吊り橋の縄を超えて落ちそうになった。
だが、藤吉は落ちなかった。
喜之助が、片足をつかんでいたのだ。
「藤吉、さっきの話の続きじゃ。
言わねば、貴様は真っ逆さまに落ちるぞ」
鼻血をポタポタと下に垂らしながら、藤吉は何も言わなかった。
「強情を張るでない。言えば助けてやるぞ」
「本当か?!命は助けるのだな?!」
「二言はない。
それに第一、お前を死なせたらどう言い訳すればいいのじゃ?」
藤吉はあきらめ切って、淡々と話し始めた。
「お前を殺そうとした理由は・・・、綾音じゃ」
なるほど、と喜之助は思った。
わしと綾音が仲睦まじく歩く姿を見て、この男は怒りに燃えていたに違いない。
「お前と綾音が結ばれるのが、許せなかった。
お前よりもわしの方が、付き合いが長い。
綾音の事を、もっとよく知っておる。
子供の頃から、鬼ゴッコよコマを回して遊んだ仲じゃ。
それを、きてまだ日も浅いお前に横取りされるとなると、どうにも我慢出来なかった。
だがもはや、そんな事はどうでもいい。
早く手を放して、冥土へ送らせろ」
「そうはいかぬ。
わしは決して、人は殺さぬと決めたのだ。
例え、わしを殺そうとした奴でもな」
「何を呑気な事を言ってやがる。
わしは、お前を殺そうとしたんだぞ。
そんな事を言ってる場合か」
「お前は村の同胞。わしの仲間じゃ。
金だけの関係ではない、真の仲間じゃ。
そんな奴を殺すとでも、思っておるのか?」
喜之助は藤吉を殺さず、引っ張り上げた。
藤吉はもう、喜之助とやり合うつもりはなかった。
「藤吉、お主はわしが綾音と結婚すると思っておるのじゃろう?」
「そうじゃないのか?」
「喜ぶがよい。
わしには、綾音は似合わぬ。
結婚など、もっての他じゃ」
「そうか・・・、それは良かった」
藤吉は、安堵のため息をついた。
「藤吉、お主の方こそ綾音に婚約をもうしこんだらどうなのじゃ?」
「そんなもの、とっくの昔に申しておる」
「何と言われた?」
「あんたのような馬ヅラは嫌だと」
喜之助は思わず、吹き出しそうになった。
確かに藤吉のツラは細長く、馬に似ている。
「喜之助、このわしが憎いだろう?」
藤吉は、申し訳なさそうに言った。
「お主といつまでも討論していれば、日が暮れる。
村に帰るぞ、藤吉」
喜之助は藤吉に背を見せると、吊り橋を渡って村の方向に
歩いて行った。
「待ってくれ、喜之助!置いてきぼりにしないでくれ!」
藤吉は喜之助の寛容さに恥じ入りながらも、遅れまいと走って追いかけた。
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勘兵衛と綾音には結婚出来ない旨を、正直に打ち明けた。
勘兵衛は深追いしなかった。
しかし綾音の方は、凄まじい落胆だった。
「何故でございます?
私のどこに、女として欠けている部分がありましょうか?」
綾音は信じられない、と言った表情をした。
私よりいい女を求めるのは不可能ですぞ、といった顔つきで。
「別に綾音殿が気に入らない、と言っているのではありません。
ただ私には分に合わず、高貴な方過ぎたのです」




