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綾音との生活

綾音の得意な仕事と言えば、機(はた)織りだった。

機織り機の前に座り、機を織っていく後ろ姿は優雅であり、かつ華麗だった。

喜之助はその綾音の姿を、後ろで見させてもらった。

綾音には、大人の女の色香を感じる。

綾音に比べれば、茜などしょせん田舎娘のように感じる。

綾音は機を織り終わると、出来上がった反物(たんもの)を喜之助に見せた。

「何とまあ、口では言い表せないような見事な出来栄えですなあ」

喜之助は反物を手に取り、直に目を近づけて言った。

「それはアヤニシキと言って、反物の中では上等な物なんです。

出来た織物は毎回、毎市場へ持って行くのだけれど、今回は喜之助さんと一緒に行って売ってみたい」

綾音は、目を輝かせている。

「喜んで、お供します綾音殿」


 ―――――――――――――――――――――――――――


翌朝早くから、喜之助は町に出かける準備をした。

町まで行くには山を二つ超えて行かねばならないので、一日仕事だった。

綾音と仲良く、山を登って行った。

綾音の方が足が遅いので、喜之助はわざとゆっくり歩かねばならなかった。

「きっ、喜之助さん、ここら辺で休憩はさらない?」

綾音は早くも山を登るのに、疲れきった状態である。

綾音は、大きな岩の上に

腰かけた。

「喜之助さんは山の中で、迷子になった事はありませんの?

喜之助さんは山のどこにいても、迷わず目的地まで行ける。どうしてなの?」

綾音は素朴な疑問を、投げかけた。

「山暮らしが長かったせいでな。

山は言わば、庭のようなもの。

自分の庭で、迷うはずがありません」

喜之助の体は方位磁石のように、今自分がいる場所がどこなのか、いつの間にか分かるようになっていた。

綾音はしばし休憩して、立ち上がろうとした。

その時喜之助の野性的な感覚は、何か危険な物が近づいているのを感じた。

「綾音殿、動くな」

喜之助は、綾音に命令した。

綾音はいきなり言われて、分からずにキョトンとしている。

綾音の背後にある木の枝から、一匹の毒ヘビが出てきた。

綾音の首筋に、噛みつこうとしている。

毒蛇が噛みつく寸前に、喜之助は素早く毒蛇をつかむと、自分に手繰り寄せた。

綾音は黄色のまだら模様の毒蛇を、喜之助がむしり取ったのを見て、目を丸くして驚いた。

「そ、それは?!」

「蛇でござる」

「それぐらい、分かります!」

「綾音殿の首に噛む所じゃった」

喜之助は毒蛇を、草むらに投げ捨てた。

「どうして分かったの?!」

「なあに、拙者は野獣から身を守るのは慣れているのでござる」

喜之助は何事も無かったかのように歩き始め、綾音も遅れまいと後に続き、後に続き町を目指した。


   ―――――――――――――――――――――――


町へ着くと、呉服問屋が軒を連ねて立っていた。

綾音の織った反物は、高い値で買ってもらえた。

二人は町へきたついでに、買い出しをした後、帰路についた。

帰り道の途中で、綾音が喋ってきた。

「ねえ、喜之助さん。

噂に聞いた所に寄ると、あなたは彫刻を彫るのがお好きなんですってねえ」

「まあ、家宅に戻れば何体かの彫像が置いてあります」

「どんな物なのか、ぜひ見てみたい。

明日、喜之助さんのお宅に伺ってもよろしいかしら?」

「どうぞ。お待ち申し上げております。

綾音殿がご来訪して下さるとは、この上ない喜びにござる」

二人は日暮れまでには無事、村に着いた。


   ――――――――――――――――――――――――


喜之助は半年前、暇潰しに木彫りをするようになった。

山から木を切り倒してきて丸太を持ち帰り、さらに細かく切り、ノミで形を整えていった。

何故木彫りをするようになったのかと言うと、佐渡金山に送り込まれた時にノミで動物の形を整えながら作業していたからだ。

喜之助は暇さえあると、彫刻に精を出した。

まず最初に作ったのが、「熊」だった。

木を彫る事が、喜之助の唯一の趣味となっていた。



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