喜之助と綾音
「後一つと言うのは?」
喜之助が聞いたが、答えたのは勘兵衛ではなく綾音の方だった。
「それはこの私の口から、申し上げます。
実は嫁入り時のこの私には、なかなか納得出来る婿が見つかりませんでした。
わがままを言い過ぎ、それでこの年になるまで、結婚が出遅れてしまったのです。
でも私はついに、納得出来る相手を見つける事が出来ました。
その相手とは・・・、喜之助様なのです」
今、喜之助の心情は喜んでいいのか、さっぱり分からなかった。
「喜之助様を一目見た時から、私の腹は決まりました。
私と赤い糸で結ばれてあるのは、喜之助様に違いないと。
私はこの一年の間、喜之助様の行動をつぶさに観察し続けました。
そして、ついに確信致しました。
喜之助様は、私の理想の男に間違いないと」
「そうですかな?
綾音殿、人を外見や仕草だけで判断すると、後でとんでもない間違いを犯す事になりますぞ」
喜之助は綾音に教えこむように言った。
綾音はわしを、好青年と思っているのだろう。
それは、大きな誤りだ。
茜と同じく、わしは人殺しだと言ってやりたかった。
だが勘兵衛が目の前にいる以上、そうは出来ぬ。
「例え、間違っていようとも私は後悔致しませぬ。
喜之助殿が私が追い続けてきた、理想像なのです」
次は理想像、ときたか。
それは外見だけだ。
「勘兵衛殿、綾音殿。
お心使い、大変に嬉しゅうございます。
しかし、私めには茜というおなごと一緒に住んでいるのはご存じにござりましょう。
今さら綾音殿と一緒になれ、と申されましても私には茜にどう申し開きをすればよいのやら」
喜之助は綾音から視線を外すと、考え込んだ。
「喜之助、その方まさか茜と結婚するつもりか?
茜はまだ十三の子供じゃぞ。
この綾音となら、年も一緒じゃし、正に熟れごろ。
お似合いの夫婦じゃ」
勘兵衛の言う通り、わしと茜とでは年が離れ過ぎている。
そんな茜と今すぐ結婚する、と言う分けにも行くまい。
思案している最中に、綾音が割り込んできた。
「喜之助殿、私の貴方様に対する思いは、日に日につのっていくばかりにございます。
その意志の強そうな眉、表現力豊かな二重のマブタ、喜之助殿に心底惹かれました。
どうか、この綾音を妻に娶ってもらえませぬか?」
こんな美女にそこまで請われるのであれば、男冥利に尽きるというものだ。
「いや、綾音殿。
私も貴女のような類い稀は美しきお方に、そこまで誉められて嬉しゅうなかろうはずがありません」
喜之助の言葉を聞いて、綾音は脈があるのかと思い、ぐっと身を乗り出してきた。
「では、この綾音と・・・?」
喜之助は片手を上げ、綾音の話を途中で遮った。
「そのご返事、今すぐと申されましても困りまする。
やはり結婚という物、軽々しく考えてはなりませぬ。
人の一生を左右する、壮大な儀式にござる。
ここしばらく決心がつくかどうか、改めさせてもらえませぬか」
綾音も勘兵衛も急に呼び出して、すぐに返事を聞こうと思っていたのではない。
喜之助の言う事が最もな事だと、二人は了解した。
「それもそうであろう。
このわしとていきなり結婚相手を紹介されて即答せよ、と言われても余計悩むだけじゃ」
「五日、五日頂ければ十分でしょう。
それぐらい、じっくり考える余裕がなければなりません」
勘兵衛は綾音の肩に、ポンと手の平を置いた。
「どうじゃな、その五日の間この綾音と共に夫婦のように暮らしてみては。
そうすれば、お互いの長所短所も分かり合えるというもの」
綾音もそれはいい考えだと言わんばかりに、祖父の方を見た。
「至極ごもっともに、ございます。
その方が安直に結論を出すよりかは、いい結果になりましゃうや」
「では、決まりましたな。
拙者はこれにて、失礼致し申す」
喜之助はそう言うと、不安まじりの勘兵衛宅から出た。
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次の日から、喜之助と綾音はいつも二人で行動するようになった。
喜之助は茜の事が、気がかりだった。
綾音とおしどり夫婦のように歩き回って、嫉妬でもしないのかと内心ヒヤヒヤしていた。
だが茜は、喜之助と綾音が一緒の所を見ても、別段いつもと変わりはなかった。
茜自身、自分はまだ子供だと言う事をわきまえていたからだ。
喜之助には子供である自分よりも、大人の女の方が似合うであろうと。
そんぬ茜の様子を見て、喜之助は心配した事が考え過ぎに終わったと感じた。




