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喜之助の結婚

ある日の事。

夕暮れ時、喜之助が稲刈りを終えて、帰り支度を始めていた。

そこへ、権兵衛がやって来た。

「喜之助、相変わらず仕事に精が出るな」

呼ばれて喜之助も、権兵衛の方を向いた。

「この無骨者のわしには、百姓仕事しか情熱を傾ける物は無いんじゃ。

それよりも、こんな終わり頃にきて何の用じゃ」

道具を片付けながら、喜之助は聞いた。

「村の長老殿が、お前を呼んどるぞ」

「長老殿?勘兵衛か?何の用で?」

「そこまでは、聞いとらん。

ただ、喜之助を呼んでこいと頼まれただけじゃ」

喜之助は、道具を片付けるのを止めた。

「何の用かは知らんが、行ってみる」


   ―――――――――――――――――――――――――――


喜之助は日が沈む間際、長老の小屋まで歩いて行った。

村の長(おさ)、勘兵衛は権兵衛よりも五歳年上の村一番の年寄りだった。

若い頃から近辺の田畑を開墾(かいこん)し続け、現在の村の領域を広げた人物である。

村一番の功労者と言っても、過言ではない。

喜之助は勘兵衛の一軒屋の前で、止まった。

勘兵衛の妻、たよが出迎えてくれた。

「喜之助でござる。

勘兵衛殿が何か私に用があると聞き、こちらに伺わせて頂きました」

「どうぞ、喜之助さん。こっちへお上がり下さい」

たよは喜之助を、一番広い座敷に案内した。

「今、主人を呼んで参りますゆえ、おくつろぎになってお待ち下さいませ」

喜之助が腰を下ろすと、たよは勘兵衛を呼びに座敷を出た。

わしに何の用があると言うのだ?

もしや過去の事が、バレてしまったのか?

いや、そんなはずはない。

もしそうなら、こんな所に丁寧(ていねい)に呼びつけたりなどするものか。

喜之助は動かず、息が上がった。

しばらくして、勘兵衛が現れた。

「喜之助、こんな時間に呼び出して悪かったのう」

「いえ、別に仕事は終わった事ですし。

これから帰った所で、何もする事はございません。

それはさておき、用事とは何にございましょうか」

行灯(あんどん)の火のさす薄暗い座敷の中央に、勘兵衛は座った。

「この村にきて、どれくらいになる?」

喜之助は早く真意を申せ、と言いたかったがそれは腹の内で我慢した。

「一年半になりましょうか」

「そうか。もうそんなになるか」

「思い起こせば、死に損ないの私を助けてくれ、ここまで動けるようになったのも皆、村の皆様のお陰にございます」

「実は折り入って、その方に頼みがあるのじゃ」

「頼み?この私で良ければ、何なりと引き受けましょう」

「そなたは今年でいくつになる?」

「数えで二十歳になりましょうや」 

「二十か。二十ならば、もう家庭を持ってもよい頃じゃ」

喜之助は勘兵衛が次に何を言おうとしているのか、分かってきた。

勘兵衛には、孫娘の綾音(あやね)というのがいた。

まだ近くで綾音をハッキリと見た事は無かったが、わしと綾音を引き合わせるつもりなのか。

「結婚ですか・・・。

結婚するという事は極論すれば、子孫を残すため。

産んだからには、子供は幸せにしてやらねばなりますい。

しかし私には、子供を幸せに育てていく自信という物がありませぬ。

それが今まで、結婚に踏み切れなかった所存にございます」

「お主は物事を深く考え過ぎじゃ。

子供を育てると言う事は、そんなに難しい事ではないぞ。

喜之助、わしの孫の綾音には、まだ会うた事は無かったの?」

「ありませぬ」

「それは良かった。

実は顔を合わせる前からお互いよく知っていては、興ざめがすると思っておったからじゃ。

綾音、もう入ってよいぞ」

勘兵衛は、隣の部屋に向かって呼びかけた。

すると障子戸が開き、中から一人の女が入ってきた。

「改めて、紹介しよう。

これがわしの孫娘、綾音じゃ」

綾音は畳に両手をつき、頭を下げた。

そして次に顔を上げた時、喜之助は綾音の美しさに心を奪われた。

こんな美しい娘は、見た事がない。

このような娘が村にいたとは、この村もまんざら捨てた物ではなかった。

「この綾音も、喜之助と同じで二十歳じゃ。

ちょいと、年は食ったがの。

まあ、売れ残りじゃ」

昔は女性は16~19で結婚するのが、相場だった。

「頼み、とは正にこの綾音の事じゃ。

喜之助、ぜひ孫の綾音と婚姻を願いたい」

喜之助は、我が耳を疑った。

こんな美人と殺人鬼のわしが?

豚に真珠も、いい所だ。

「何故、私を?」

「そう言うだろう、と思っておった。

喜之助、お前はこの村の生まれではないからと言って、自分を卑下(ひげ)し過ぎとるぞ。

お前はこれまで、立派に働いてくれた。

言わば、村一番の担い手じゃ。

それにお前にした理由は、後二つある。

一つは村の者同士で結婚し合っては、いい子孫は残せぬ。

外来の種を運んでこそ、優れた子孫を残せると言うものじゃ」







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