江戸での騒動
次は江戸へ目指す事に、喜之助は決めた。
幼い頃から、父に教えられていた。
江戸は将軍様のお膝元、日本国最大の人口規模を持つ城下町だ、と。
それを自分の目で、確かめる時がきたのだ。
数週間後、ようやく江戸日本橋へとたどり着いた。
旅の費用は元定の部屋に忍び込んだ時に頂いた高価な壺を、質屋に売った金を使った。
日本橋の中央に立ち、周囲をグルリと見回してみた。
京都と同様、ここにはたくさんの人がうごめいている。
周りを通り過ぎる人は皆、急用があるかのように足早に去って行く。
江戸の町人は、誰もがあんなに慌ただしく動き回るのだろうか。
喜之助は江戸だけが、時が早く動いているように感じた。
同時に自分が田舎者である事に、劣等感を感じた。
わしは江戸にくるべきでは、なかったのだろうか?
しかし遠路はるばるやってきて、とんぼ返りする分けにもいくまい。
まずは江戸の町がどんなものか、じっくり見物するとしよう。
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江戸の町に住み着いて、数週間がたった。
喜之助は金が無くなると、京都と同様、辻斬りを犯した。
雇ってもらえる場所もなく、かと言って食わぬ分けにも往かない。
しかしまた、お縄になるのだけは避けたい。
今度ばかりは、捕まる分けにはいかない。
ある日、喜之助は奪った金で昼間から酒場で酒を飲んでいた。
いつまでこんな目標もない生活が、続くのだろうか?
そう考えている内に無性に腹が立ち、酒を飲まずにはいられなかった。
酔いが回ってきたが、それでも酒を注文し続けるのをやめなかった。
「親父、お代わりをくれ」
喜之助は空になった徳利を、酒場の店主に渡した。
店主はこれで十杯目となるが、店に大量に金を落としていく上客にケチはつけず、酒を注いだ。
その喜之助の豪勢な金の振る舞いに、一目置く人物が奥の席に座っていた。
浪人である、伊丹重蔵という男である。
重蔵は大金をばらまいて酒を飲んでいる喜之助のおこぼれに預かろうと、隣の席に座った。
「旦那、えらく羽振りがいいじゃねえか。
恵まれない俺にも、一杯おごってくれ」
重蔵は喜之助に、馴れ馴れしく近づいた。
おごろうがおごるまいが、喜之助に近づき、所持金の量を確かめるつもりだった。
「親父、二杯追加だ」
重蔵は喜之助に代わって、店の親父に注文した。
「一杯だけ、追加だ」
喜之助は徳利を店の親父に差し出しながら、訂正した。
「見知らぬ顔だが、どこからきた?
見た所、お主も浪人のようだな」
重蔵は喜之助に、聞いた。
だが、喜之助は答えなかった。
話すつもりはない。
差し出された徳利を飲みほすと、財布から金を出した。
「親父、お愛想だ」
喜之助は十分なぐらいの小判を出すと、席を立って酒場から去った。重蔵は喜之助の後ろ姿を見て、決めた。
あいつはたんまりと、金を持っている。
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北風が吹く中、喜之助は歩いていた。
酒場では妙な奴にからまれ、安心して飲む事も出来なかった。
これから、飲み直しだ。
喜之助が別の酒場の暖簾をくぐろうとした直前、誰かに声をかけられた。
「おい、そこの若えの。
ちょいと待ちな」
喜之助は声のする方を、ギロリと見た。
そこには先程の伊丹重蔵と、三人の浪人らしき者が立っていた。
「貴様、よくも我らが伊丹重蔵様を愚弄してくれたな。
この代償は高くつくぞ」
重蔵の仲間の一人が言った。
「貴様のような風来坊、他人の縄張りを入ってきてデケえツラはさせやしねえ」
別の仲間が言った。
いつの間にか、喜之助は自分の周りを取り囲まれていた。
こいうらは、わしに因縁をつけてきてやがる。
「何が言いたいのだ?用向きをハッキリと言え」
連中に向かって、堂々と喋った。
ここはケンカは避けられそうにない。
「言いか、さっき貴様が重蔵様に無礼を働いた事を、地面に額をつけて詫びてもらおうか。
それがイヤなら・・・」
五人の浪人たちは、一斉に刀を抜いた。
通りには、たちまち人が集まって騒動見物になった。
重蔵ら浪人衆は、喜之助を徹底的に震え上がらせるつもりだった。
そして喜之助に群衆の前で土下座させた後、金を置いていけば命は助けてやると、命令する。
喜之助は慌てふためいて、尻尾を巻いて逃げる。
そう言う筋書きだった。
しかし、彼らは誤算をしていた。
誰だって、命が惜しいはずである。
だが今、彼らが相手にしているのは、命が惜しい人間ではない。
実際、喜之助は生きていて幸せだと感じた事はなかった。




