島原の遊郭
翌朝、鴨川の死体が発見されると京都の街中が、大騒ぎになった。
殺されたのは、京都でも名高い剣術家の弟子五人。
京都町奉行所は怨恨の殺人と見たが、肝心の剣術家・大江安直自身が道場を畳んで、京都から去ってしまったので、
それ以上の捜索は出来なかった。
しかし町人のほとんどが、また現れるやも知れぬ殺人鬼に不安を感じ初めていた。
一方、喜之助は一月余り、遊んで暮らした。
別にこれと言った目標もなく、日々を暮らしていくのは、けだるい。
真夏の猛暑の中、鴨川の納涼川床で、酒を飲み続ける日が続いた。
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いつものように、酔っ払って歩いていた。
喜之助はいつの間にか、京都でも名高い遊郭、島原を歩いていた。
何人かの春をひさぐ女郎が、喜之助に話しかけてきた。
「ねえ、お侍さ~ん、あたいと遊んでかなあ~い?」
何人もの女が同じような謳い文句を言って、悩殺してきた。
女たちは腰から正国を帯刀している喜之助を見て、サムライだと勘違いしてきた。
初めのうちは無視していたが、段々と女性の甘言に誘われるようになってきた。
まだ喜之助は、女を抱いた事さえ無かった。
ついに童貞を捨てる時がきた、と喜之助は思った。
ある一人の遊女に誘われるまま、女郎部屋へと入った。
その夜、喜之助は初めて女を抱いた。
美代以外の女と、初めて触れたのだ。
京女をの肌は余りにも白く、柔らか過ぎる。
その日から喜之助は、毎日遊郭に足を運ぶようになった。
島原の遊女に会う度、美代を思い出すようになった。
もしかすると、美代は女郎部屋に売られたのではないか。
それが島原であるならば、美代に会えるかも知れない。
そんな考えがふと、頭の中をよぎった。
そう思い込んだら、納得行くまでやらないと気が済まない。
喜之助は片っ端から、島原の遊女を見て回った。
それも、一人でも多く。
しかし結果は、無残なものとなった。
美代と似たような女すら、いない。
絶望に打ちひしがれ、うつむき加減で歩いて帰る喜之助に
一人の遊女が声をかけてきた。
「どうしたのお、おサムライさーん。
何かイヤな事でもあったの?
あたいと遊んでけば、きっと心のウサも晴れて上機嫌になっちゃうわよ~」
落ち込んでる時に陽気に話しかけられ、喜之助は少しは心が軽くなった。
「そなたは名は何と申す?」
「あたい?あたいは、りく。
名前なんか聞いて、どうすんのさ?」
「りく、か。よき名じゃ」
喜之助は、立ち去ろうとした。
だがりくは諦めずに、後ろから喜之助の腕を引っ張った。
「どう、若旦那?そんな冷たい態度取らなくてもいいじゃない?
お安くしとくわよ」
りくは片腕を喜之助の腕に回し、恋人のように連れ添った。
「楽しいひと時を過ごさせてあげる・・・」
りくは耳元で息を吹き掛け、挑発的なセリフを言った。
喜之助も気晴らしに、この女と遊んでみるか、という気持ちになった。
りくに誘われるまま、女郎部屋に入った。
二階にある部屋は、蚊帳張りになっている。
「悪いけど、その蚊帳の中で着物を脱いで待っていてちょうだい。
あたいは下でちょっと、少用を足してくるから」
りくはそう言うと、階下へ降りようとした。
喜之助は言われるまま蚊帳の中に入り、着物を脱ごうとした。
その時に、気づいた。
あるはずの財布がない。
「りく、待て」
喜之助は、りくを呼び止めた。
りくはギクッとして、立ち止まった。
「一体、何なのさ?」
りくは喜之助の方を振り向かず、背を見せたまま言った。
「こっちを向け」
りくは、振り向かない。
りくが振り向かないので、喜之助はりくがいる階段の所まで行くと、振り向かせた。
「何すんのさ?!」
りくの言葉使いは、荒くなってきだした。
喜之助は無理矢理、りくの着物の懐に手を入れると、自分の財布を取り返した。
「見事な手練の技よ。
拙者も完全に気づかなかったわ」
喜之助は知らぬ間に抜き取られた財布を、りくの目の前でチラつかせながら、言った。
りくは、観念した様子だ。
「ふん、バレたんなら仕方ない。
あたいはねえ、あんたの財布だけ盗んで、やっちゃう前にトンズラするつもりだったって分けよ」
「それにしても、いつ盗んだ?
階段を上がる時か?その時その方、わしの腰に手を回していたな?」
「早々、そん時にね。でもあんたはすぐ、気づいた。
あたいが今までスッてきた男たちと違って、上出来だね」
りくはせせら笑いながら、答えた。
「でも考えても、ごらんよ。冷静になってさ。
あんたみたいな浮浪者同然のサムライなんかと、あたいがやっちゃうとでも思った分け?
思い上がりも、いい加減にしときなよ。
あんたにはこのあたいよりかは、メス豚とやった方がお似合いだよ」
りくは喜之助を完全に、バカにしていた。
「言いたいゴタクは終わったか?お前はここ島原で会った女の中で、一番最低の女じゃ」
喜之助は片腕で、りくののど元をつかんだ。
苦しむりくを、徐々に上へ持ち上げていく。
「この魚住喜之助、人を殺すのに相手が女子供と言えど一切、容赦いたさぬ」
ついに、りくの両足は宙に浮いた。
りくは苦しさの余り、両足をバタバタさせた。
大声を出そうにも、首を絞められているので、出しようがない。
りくは目をカッと見開いて喜之助を見ると、息絶えた。
喜之助はりくの死体を布団の中に隠すと、女郎部屋を出た。
もう二度と、遊女のお誘いには乗らない。
喜之助はその決意の元、島原を去った。




