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京都に行った喜之助

京都の町は、雅やかだった。     

人がたくさんいるのは、驚いた。

山の中で常に一人だった喜之助は、その光景を見て面食らった。

何故なのだろうか。

山に住んでいた頃は、あれ程人が大勢いる場所にいきたい、としきりに思っていたではないか。

だが町中で生活している内に、徐々に慣れて行った。

人がたくさんいる場所は、大きな安心感を生む。

やはり、京都にきて良かった。

もうあんな山の中で暮らすのは、懲り懲りだ。

珍しげに道を歩いている喜之助の目に、大きな看板が止まった。

「玄月流剣術道場」とある。

剣道の道場である。

面白い。

ここでなら、今まで自分が培ってきた剣の腕がどれぐらいなのか分かる。

まずは入門生として入るのが、妥当だろう。

最初は門を、くぐる事だ。


   ―――――――――――――――――――――――――


喜之助は一家全員を惨殺して奪った金を渡すと、簡単に門下生になれた。

すぐ試合をやらせてくるると思ったら、延々と木刀を使っての素振りである。

しかしこれには、ウンザリさせられた。

木刀を振り回すだけで、何が稽古だ。

実際に敵と対決しなければ、自分の実力など分かるはずがない。

基本が何事にも、大事な分けではない。

喜之助は道場主である玄月徹心に、目を向けた。

道場主の実力は、いかほどのものか。

ただ座して稽古を毎日眺めてるだけの姿を見ても、実力は分からない。

喜之助は道場主に、直談判する事に決めた。

道場主は白いアゴ髭を伸ばし切った仙人のような感じの老人である。

喜之助は道場主の一歩前に進み出て、片ヒザをついた。

「恐れながら、お師匠様に申し上げたき儀がございます」

それを聞いた道場主が、細い目を開いた。

「この不肖、魚住喜之助と一本お相手願いまする」

この一言で、傍らで木刀で素振りをしていた門下生全員の手の動きが止まった。

見かねた門下生の一人が言った。

「何たる分に過ぎた戯言。

よくも新入りが道場主に向かって、そんな口がきけるな」

道場内はシーンと、静まり返った。

おもむろに、道場主は立ち上がった。

「よろしい。入って三日目の若造にそこまで請われるのであらば、このわしも引き下がる分けにも行くまい」

道場主は、竹刀をつかんだ。

一方、喜之助も竹刀を持って、道場中央に進んだ。

門下生、師範全員が輪になって取り囲み、勝負の成り行きを見守っている。

喜之助は道場主に軽く一礼すると、言った。

「参ります」

次に喜之助は竹刀を構え、道場主に突きを入れてきた。

だが喜之助の突きは、アッサリとかわされた。 

喜之助は勢い余って前進し過ぎ、道場主に背中を見せてしまった。

たわいもない。

ここが戦場であるならば、この男は間違いなく死んでおる。

道場主は内心そう思った。

喜之助の肩を後ろから叩き、思い上がりを打ち砕くつもりだった。

しかし喜之助は道場主が竹刀を振り上げるよりも早く振り向き、両手を思い切り上げて振り向き、竹刀を道場主の鼻先の寸前で止めた。

道場主と喜之助、そして見守っている門下生、師範全員の動きが止まった。

道場主は手から、竹刀をポロッと落とした。

そしてすかさず正座し、「参りました!」と降参の音(ね)を吐いた。

喜之助も床に竹刀を置き、道場主の前に片ヒザをついた。

「お手をお上げ下さい。

実の所、私の方もこう簡単に勝負がつくとは思いませんでした」

喜之助にそう言われると、道場主は顔を上げた。

喜之助は道場主の顔をのぞきこみながら、「しかしお師匠様。

ここが戦場であったならば、今頃は脳天をかち割られて死んでいた事にございましょう」と、皮肉たっぷりに言った。

師匠がこんなザマなら、ここに居ても仕方ない。

もっと自分と対等に渡り合えるか、もしくはもっと強い相手を探すまでだ。

「では拙者は、これにてご免」

喜之助はその道場を、後にした。

これで自分の実力が、少なからずつかめた。

だが、世の中はまだまだ広い。

自分が一番だとうぬぼれるつもりはないが、もっともっと強い相手がいるはずだ。

別の道場を探すとしよう。


   ――――――――――――――――――――――――――――


喜之助は、他の道場を見つけた。

まずは、入門生として道場内に入った。

いずれ師匠に勝負を挑むにせよ、道場破りのような無作法な真似はするつもりはない。

二、三週間バカらしくなる程素振りの練習をさせられた後、道場主に試合の催促の話を持ちかけた。

ところが喜之助は、またしても勝ってしまった。

二回も続けて勝ってしまうとは、自分が強いのか、相手が

弱すぎるのか。

帰り際に道場主が土下座して、平服しながら聞いてきた。

「どうか、何卒お教え下さい。

いかようにすれば、貴方様のように強くなれるのでしょうか?」

喜之助は問われて、面食らった。

強くなれる秘訣とは・・・?

「それはじゃな、拙者の勝負は常に生きるか死ぬかの、二つに一つだからじゃ。

お主が教えているのは、ただの道場剣法。

わしの殺人剣法とは、大分違うのじゃ」

喜之助はそう言い残して、去った。

それぐらいの言葉しか、見つからなかったのだ。

修羅場をくぐり抜けてもいない者が道場を開くなど、笑止千万だ。

次も他の道場をあたろうか。

しかしいくら何でも、三回も勝てるとは思わぬ。

だが万が一にでも勝ったら、道場破りのような真似事はやめよう。

喜之助はそう考えながら、三つ目の道場を見つけた。

信じられない事に、ここでも喜之助は勝ってしまった。

仕方がない。

これでもう、道場を見つけるのは終わりだ。

喜之助の帰り際に、またしても道場主が懇願してきた。

「頼む。先代から受け継いだ時限流の看板だけは持って行くのはやめてくれ」

それを聞いた喜之助は、大声で笑った。

わしは道場破りではない。

「何を申されます。

お弟子方は誰も見て降りませぬゆえ、そなたもわしに負けたなどとは、一切口外せぬ事だ」

それだけ言うと、喜之助は去った。


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